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辺境の暗殺者はハッタリで生き抜きたい〜「神王の遺骸」なんて無いのに三大勢力が攻めてきた。えっ、俺の血が最強の聖遺物!?〜  作者: ユーディ


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第1話:辺境の山守

――神州《アークランド》の最果て、霊峰『白山《ハクサン》』には近づくな。

あそこには、古き神王の遺骸《オリジン・ボーン》が眠っている。そして、それを守る恐るべき番人が、濃霧の中で今日も血の雨を降らせているらしい。

神州《アークランド》の最果てにそびえる霊峰『白山《ハクサン》』。

中腹から上を万年霧に閉ざされたその山は、踏み入る者の方向感覚を狂わせる自然の迷宮であり、古くから人を寄せ付けない絶対の聖域だった。


その第三層――山頂付近にひっそりと佇む古寺、無明院《テンプル・オブ・オブスキュア》。

長きにわたり修繕もされず、半ば腐朽しかけたその本堂の堂内は、外界の喧騒を一切遮断したかのような深く重い静寂と、鼻を突くほど濃い白檀《びゃくだん》の香りに満ちていた。


薄暗闇の中、堂の中央で一人の青年が静かに座禅を組んでいる。

その出立ちは、およそ山寺での修行や祈祷には似つかわしくないものだった。装飾を削ぎ落とし、隠密性と機動力を極限まで高めた漆黒の胴丸《どうまる》。その内側には、わずかな月明かりすらも吸い込むように鈍く光る、特注のミスリル銀で編まれた鎖帷子《チェーンメイル》を着込んでいる。和の鎧と異国の武具を融合させたような、異質にして機能的な軽装甲冑《ライトアーマー》だ。


青年の名は、レオン・バシリカ。

かつてこの列島全土を統べた初代神王の血を引く超名門でありながら、今や歴史の表舞台から完全に姿を消し、辺境の山守にまで没落した「バシリカ本家」の若き当主である。


膝の上には、柄に使い込まれた痕跡のある短剣が無造作に置かれている。

レオンの瞼は深く閉ざされ、その呼吸は堂内に漂う香の煙すら揺らさないほど、限りなく無に近かった。


――ふっ、と。

堂内のわずかな空気の揺らぎ、いや、温度の急激な低下を、レオンの肌が感知した。


(……三、いや。四人か)


拍動のペースは一切崩さぬまま、レオンは心の中でひっそりと舌打ちをした。

目を開ける必要はない。研ぎ澄まされた触覚と魔力感知が、堂内の立体図を脳内に完璧に描き出している。

頭上、古びた天井の太い梁《はり》の陰に二つ。

足元、冷え切った床板の裏側に一つ。

そして正面、和紙が黄ばんだ障子の裏に一つ。


(呼吸音も、衣擦れの音もない。心拍すら魔力で偽装している……。その辺の野盗や流れの傭兵じゃないな)


気配の殺し方は、間違いなく本職のそれだ。

中央の王都で権力を握り、正統な王を名乗ろうと企む叔父――ヴィルヘルムが率いるバシリカ分家《スプリット・ブラッド》が放った、一流の刺客《アサシン》たちである。


(叔父上も暇だな。こんな辺境の薄気味悪い山寺に、ご丁寧にも毎月毎月、よくもまあ飽きずに送り込んでくるもんだ)


彼らの目的はただ一つ。バシリカ本家が代々守り続けているとされる『神王の遺骸《オリジン・ボーン》』の奪取、ならびに目障りな本家当主たるレオンの暗殺だ。


思索を断ち切るように、四つの影が同時に動いた。

梁から音もなく落下する二つの刃。床板を内側から突き破り、下からすくい上げるような刺突。障子を紙屑のように引き裂き、正面から放たれた必殺の凶刃。


寸分の狂いもない同時攻撃。

完全な死角を突いた四方向からの殺意が、座して動かないレオンの首筋、心臓、両脇腹へと到達する、まさにその直前。


レオンは、閉じていた双眸《そうぼう》をゆっくりと開いた。


「――遅い」


凍てつくような呟きが、白檀の香る堂内に落ちた。

刹那、レオンの右手の指先が、ほんのわずかに――まるで琴の弦を弾くかのように、虚空を撫でた。

膝の上に置かれた短剣は、鞘に収まったままだ。抜刀の金属音すら鳴らない。


だが直後、堂内に落ちていた『影』そのものが、形を持った見えない刃となって跳ね上がった。

これぞ、バシリカ本家にのみ一子相伝で受け継がれる一撃必殺の業。魔力によって影や大気を鋭利な凶器へと変貌させ、対象の命を刈り取る『暗殺魔術《アサシン・アーツ》』である。


「ガ……ッ!?」

「ひ、ぃ……!」


シュッ、という微かな風切り音だけが響いた。

迫り来ていた四人のうち、三人の刺客の動きが、まるで空中で四肢を見えない杭で縫い留められたかのようにピタリと硬直した。

彼らの急所――眉間、喉笛、そして心臓を、レオンの放った魔術の刃が正確無比に貫いていたのだ。防御も回避も許さない、最小限の魔力出力による完全なる即死の一撃。


次の瞬間、糸の切れた操り人形のように、三つの肉塊がドサリと床へ崩れ落ちた。

どくどくと流れ出す鮮血の匂いが、静謐だった白檀の香りをあっという間に生臭く上書きしていく。


レオンは表情一つ変えることなく、ゆっくりと立ち上がった。

そして、唯一『わざと』急所を外し、刃先を頬に掠めさせるにとどめた最後の刺客――正面の障子から飛び込んできた男を見下ろした。


男は床に尻餅をつき、自身の仲間たちが瞬きする間もなく息絶えた異常な光景に、ガタガタと全身を震わせている。暗殺者としての訓練を積み、死線を潜り抜けてきたはずの男の目には、明らかな『絶望』が浮かんでいた。


「……聖域《サンクチュアリ》を荒らすなと、あれほど言ったはずだ」


氷のように冷ややかな、絶対者の声だった。

レオンの黒い双眸《そうぼう》の奥には、底知れぬ魔力の残滓が揺らめいている。その視線で射抜かれただけで、生き残った刺客は喉の奥が干上がり、声すら発せなくなった。歯の根が合わず、カチカチと無様な音を鳴らすことしかできない。

圧倒的な、生物としての格の違い。蛇に睨まれた蛙すら生温い、死神に魅入られた矮小な命。


レオンは男の恐怖を煽るように、あえて無防備に背を向け、冷酷な響きを乗せて言い放った。


「分家の犬め。ヴィルヘルムに伝えろ」


その言葉は、本堂の冷たい空気を震わせ、刺客の鼓膜へと容赦なく突き刺さる。


「我が一族に眠る『神王の遺骸《オリジン・ボーン》』の怒りに触れたくば、このような小細工はやめろと。……次に来るなら、暗殺者などではなく大軍でも連れてくることだな。この霊峰ごと、俺が相手をしてやる」


「ヒッ……!! あ、あぁぁっ……!!」


大軍を相手にするという傲慢極まりない宣言。しかし、たった今、人知を超えた業を見せつけられた刺客にとって、それは決して虚勢には聞こえなかった。


もはや武器を拾うことすら忘れ、男は四つん這いになりながら後ずさる。そして、恐怖に顔を引きつらせたまま、転がるようにして本堂から逃げ出していった。

静寂を取り戻した堂内には、血の広がる微かな音と、遠ざかっていく情けない足音だけが残された。


急ぎ足で急勾配の石段を転がり下りていく刺客の足音が、深い霧の向こうへと完全に遠ざかったのを確認して。

ピーンと張り詰めていた堂内の空気が、ふっと弛緩した。


レオンは大きく肩をすくめると、先ほどまでの威風堂々とした立ち姿から一転、緊張の糸が切れたようにその場にどっこいしょと胡座《あぐら》をかいた。


「…………あーーーっ、怖かった!!」


絶対者のオーラなど跡形もない。レオンは漆黒の軽装甲冑《ライトアーマー》の首元を緩め、頭をガシガシと乱暴に掻きむしりながら、本堂の天井に向かって盛大なため息を吐き出した。


「マジで死ぬかと思ったわ……! なんだよあの動き、分家の連中また腕上げただろ! あと一秒魔力の発動が遅れてたら、間違いなく俺の首飛んでたぞ!」


冷や汗を拭いながら愚痴をこぼすその姿は、凄腕の暗殺者というよりも、理不尽な厄介事に巻き込まれたただの青年のそれだった。


「お見事なハッタリでしたよ、当主様」


あきれたような、しかしどこか温かみのあるため息と共に、本堂の奥――仏像の裏手から一人の少女が姿を現した。

動きやすいように丈を詰めた修道女《シスター》の衣服を身に纏い、腰には刃を黒く塗ったクナイを帯びた少女、シノだ。バシリカ本家に代々仕えるくノ一であり、レオンの身の回りの世話から山寺の罠の保守までをこなす、彼の最大の理解者である。

彼女の小さな手には、三つの死体から流れ出た血を拭き取るための雑巾と、水の張られた木桶がしっかりと握られていた。


「シノ……お前、俺が殺されかけてたのにずっと裏で見てたのかよ」

「当主様の『暗殺魔術《アサシン・アーツ》』があれば後れを取るはずがないと信じておりましたので。それに、私の出番はこういう後始末の時だけですから」


シノは淡々と答えながら、手際よく血溜まりに雑巾を投げ入れ、床板の汚れを拭き取り始める。


「ハッタリでもかまさないとキリがないんだよ。まったく……神王の遺骸《オリジン・ボーン》なんて、そんな大層なもんウチにあるわけないのになんで毎月来るんだよアイツら。分家の当主サマは夢見がちにも程があるぜ」


レオンは膝の上の短剣を床に置き、やれやれと首を振った。

彼にとって、初代神王の力が封印されているという伝説など、外敵から身を守るために先祖がでっち上げた都合の良いホラ話に過ぎない。守るべき宝など最初から存在しないのだ。


「でも、レオン様。あんな挑発をしたら、ヴィルヘルム様が本当に大軍を率いて攻めてくるのではありませんか?」


血を絞りながら、シノが心配そうに小首を傾げる。

だが、レオンは血溜まりを避けながら立ち上がり、ふははと得意げに笑ってみせた。


「来ない来ない。あの手の権力に執着する連中は、『未知の呪い』とか『古代の力』って言葉に一番ビビるんだ。万が一、大軍を動かして山を更地にした結果『何もありませんでした』じゃ、他国に隙を見せる大損だからな」


レオンは自らの完璧な論理に満足げに頷き、腕を組む。


「あいつらの猜疑心を利用した、我ながら完璧なブラフだ。これで最低でも半年……いや、一年は分家も気味が悪くてちょっかいを出してこないはずだ。ようやくこの辺境にも、静かで平和なスローライフが戻ってくるってわけさ」

「……本当に、そうだと良いのですが」

「大丈夫だって! さて、暗殺者の死体の片付け、俺も手伝うよ。裏山に埋めるか?」

「いえ、第一層の『迷いの樹海』に吊るしておきましょう。獣避けと、次に来る者への警告になりますから」

「お前、時々俺よりエグいこと言うよな……」


軽妙なやり取りを交わしながら、レオンの顔には、辺境での平穏な生活を自らの知略で守り抜いたという確かな安堵が浮かんでいた。

そう、すべては彼が平穏に暮らすためについた『見え透いた嘘』であり、誰もが信じないであろう安直なハッタリだった。

こうして、神州の歴史を揺るがす狂った歯車は回り始めた。

この時のレオンは知る由もなかったのだ。


自らがその場しのぎでついた「見え透いた嘘」が、やがて分家の大軍だけでなく、新型火器を操る覇王軍、さらには海の向こうから押し寄せる大帝国軍までをも、同時にこの霊峰へ呼び寄せる引き金となることを。


そして――他でもない自分自身の血脈にこそ、世界をひっくり返すほどの恐るべき『神王の力』が眠っているということを。


(後世に編纂された歴史書『神州崩壊異聞』第一章・序文より)

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