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連鎖

 数日後、僕は再び留置場から取調室に連れ込まれた。制服警官に強引に引っ張られる形で。

 だが、文句は言わなかった。代わりに刑事から詫びの一言でも貰えるだろうと、そう信じて。

 小さなテーブルの前にある簡素なパイプ椅子に、押し付けられるように座らせられると、この間の刑事は既に対面に座って書類に目を通していた。


「結果が出た」


「どうです。これでわかったでしょう」


 胸を反らせて言う僕に対して、刑事の態度は実に淡々としている。


「ああ、わかった」


 なんでもないような顔をして応対している。

 だが、その奥に自分の間違いを認める悔しさを必死に隠しているのだろう。


「それで、何か言うべきことがあるでしょう?」


 刑事は手に持っていた書類に目をやりながら、それを僕の方に差し出した。


「すまない」


 それで頭を垂れているつもりらしい。

 だが、確かな一言だ。

 僕の身分、正しさが証明されたのだ。やっと。ついに。

 そのたった一言に、僕は思わず感極まりそうになった。

 発端となった偽アカウント騒ぎから一月余り、短いようだが、僕にはあまりにも長く感じた。


「すまないが、認められなかった。お前と被害者の親との血縁関係」


 停止。

 今の刑事の一言で、完全に僕の中で時空が停止した。

 まず理解できなかった。彼の言っていることが。

 血縁関係がない。僕と、親との間に。

 それの意味するところがわからなくなった。

 いっそこのまま何もわからない痴呆状態にでも陥ったほうが幸せだったかもしれない。

 だが無慈悲なことに、周囲の時流が僕の時空を動かそうと引きずり始める。

 徐々にその力に負けて時が動き出し、脳味噌も回転しだすと、刑事の言葉の意味が解釈できるようになった。なってしまった。

 僕は両親と血が繋がっていない。

 その事実が、今度は頭の中を駆け巡った。耳鳴りがするほどの轟音を撒き散らしながら走り回っている。

 目が回りそうだった。ぐらりと身体が傾いたが、テーブルに肘をついて何とか堪える。

 しかし突き付けられた事実は情け容赦なく、僕の頭を深奥からぐちゃぐちゃに撹拌し続ける。

 僕は両親と血が繋がっていない。

 そんな……。そんなはずは……。

 眼球から血の気が引いて、目の前に靄がかかったように暗くなった。

 両親から見せられたアルバムには、僕の成長の記録が事細かに記録されていた。二十年とちょっとの間、あの家で、家族と一緒に暮らしてきたという僕の記憶がある。

 それらは全て紛い物だったというのか。

 すまないってのは、僕への哀れみか。

 確かに刑事から見たら、今の僕は頭のおかしな可哀そうなやつにしか映らないだろう。あれだけ外聞も気にせずに頼んで、結局事実は覆らなかったのだから。

 はは、なんて滑稽なことだろう。

 その時の光景が想起されて、僕は自分で自分を嘲笑していた。


「つまり、被害者とその親であるという決定的な証明がなされたというわけだ」


 刑事がダメ押しをする。

 あの記録も僕の記憶も全部、あの男のものだったというのか。僕がそれを勘違いしていたのか。

 あの男が僕の両親の本当の息子で、本当の僕なのか。

 ならば――、

 それならば僕は一体――、


「それで……、お前は一体誰なんだ?」


 僕が弾き出すよりも先に、刑事がその禁断の質問を繰り出した。


「僕は……、僕は……」


 脳がショートするというのは、こういうことを言うんだろうと思う。

 自分のことに何一つ自信が持てない。何もわからなくなった。広大な宇宙に放り出されたような孤独感、不安定さ。それらが一気に襲い掛かってくる。

 

「僕は……、僕は誰なんです? 教えてください。知ってるんでしょう。僕は誰です。あいつが僕なら、僕は一体誰なんです。なんという名前なんです。僕の親は? 家族は?」


 壊れてしまった僕の口からは、そんな疑問ばかりが洪水のように溢れ出るだけだった。

 その洪水に歯止めをかける答えが、一介の刑事から出るはずもない。洪水は刑事をも困惑の渦中に巻き込んでしまうだけである。

 それでも僕は、少なくとも自分より頼りになりそうな、目の前の刑事に向かって、ただ疑問とその答えを懇願し、情けない顔で泣き縋ることしかできなかった。

 あまりの取り乱しぶりに、元親と偽物の僕から同情を寄せられたらしく、被害届が取り下げられて、僕は釈放された。

 とはいえ、だからと言って、この社会で自分に居場所などもうなかった。

 家や大学は、既にあの偽物——いや、もう僕の方が偽物なのか——が、占領している。新しく家を借りようにも保証人もいない、身分証明もない僕には何もできない。

 仕事も同じだ。まず探すのが大変である。もはやスマホもパソコンも使えないのだ。コンビニの雑誌や新聞から見つけてみても、連絡の取りようがない。直接出向くにもそんな金ももうない。

 そのうちだんだんと面倒になってくる。別に仕事がなくても、公園のベンチで寝泊まりしていれば、ボランティアの炊き出しがあるし、ゴミ箱を漁れば消費期限が多少切れただけの食糧も手に入ったりする。

 こんなに必死こいて探したところで、どうせまともな仕事には、もう一生就けないのだ。頑張ることに意味を見出すことができない。

 通りすがるかっちりした身なりの別世界の人間たちが羨ましかった。彼らは身分も証明できない僕とは違い、頑張ればそれ相応の会社に入り、それ相応の暮らしをして、それ相応の一生を終えることが出来るのだから。ごみでも見るような見下す視線を貰っても、それでも僕は諦めきれずに彼らを見つめてしまう。

 そうして、公園をねぐらにし、通行人を羨望と嫉妬の入り交じった眼差しでねめつけ、棄てられた食糧を探しに放浪しているうち、行きつけのコンビニでどこかで見たことがあるような雰囲気の浮浪者を見かけた。

 昔からよく知っているような、そんな面影を、ぼさぼさに伸びた髭と、罪悪感からか目深に被った帽子の中から見出したような気がする。

 とはいえ、自信がなかった。あるわけがない。

 自分のことさえ誰だか判然としないような人間が、どうして他人のことを判別できようか。

 それにしても——。

 と、結局話しかけることもなく、話しかけられることもなく、コンビニを後にして当て所なく路上を彷徨い歩き、辺りにちらちらと目を配らせながらふと思う。

 それにしても、最近、本当にやたらとホームレスが目につくようになった。

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