憤怒
翌日、僕のアカウントが凍結された。
アカウントが凍結されても、他人のアカウントや投稿は閲覧することができる。僕は偽の僕のアカウントを見に行ってみた。
『凍結できたようです。力になってくれた皆さん、本当にありがとうございました』
などというコメントともに、僕のアカウントの現状が画像で晒し上げられていた。
誰かもわからないアカウントの有象無象から賞賛の嵐だったが、その中に小林の返信もあった。
『ところで、昨日の話は大丈夫だったか?』
『一応病院行ってみたけどなんともなかったw 考え過ぎだったみたい。最近疲れてたせいかも』
偽僕が恰も自分の事のように返信しているのを見て、何だか妙にムカムカしてきた。
どうして未だに小林はこいつをフォローしてるのか。どうしてこいつは昨日の小林との会話を知っているのか。
自分の頭上で自分のことについて話されているのが気に食わない。その上一人は僕を騙っているのだ。
アカウントが停止されてしまった今、やれることはと言えば、精々小林に直談判するくらいである。
僕のアカウントはこれじゃない。凍結されたほうが本物だ。
と、そうはっきり言ってやれば、わかってくれるはずだ。あいつもそれほど物分りの悪い奴ではない。
そうと決まれば善は急げである。
僕は急いで大学に向かった。
大学までやってくると、その足でサークルの部室に歩を進めた。
この時間なら、小林も水本もここにいるはずだ。
扉の前までやってくると、案の定彼らの声が中から聞こえてくる。他にも数名のメンバーが騒がしくくだらない話で盛り上がっている様子が窺える。
自分はこんな目にあっているというのに、そんなことなど知る由もなく愉しげにしているのが余計に苛立たしかった。
僕はその苛々をぶつけるように、扉を叩きつけるようにして開けた。
途端、部室から声が消える。
一斉に部員の目線がこちらに向けられた。一様にぽかんと呆けた表情である。
だがそんなことよりも僕は、小林の対面に座している男――僕そっくりの姿形をした男の存在を視認して、鬼の首を取ったような気分になっていた。
やはりいたのだ。実在したのだ。僕になりすました人間が。これでもう、精神だの脳だのの病気とは言えまい。
何をどうやって彼らを洗脳しているのか知らないが、小林の頬を引っ叩いてやれば、きっと目が覚めて僕が本物であると気付くに違いない。
しかしその前に、こいつには言いたいことが山ほどある。
僕は偽の僕の前に立ち塞がった。
「おいお前! 僕になりすまして、一体何をするつもりだ!」
それは、自分でも驚くほどの低声だった。まるで自分のものとは思えないほど、どすの利いた声だった。
しかし、目の前の偽物は、怯えるどころか惚けたような様子である。お前は一体誰だとでも問いたげな顔で。
それに神経を逆撫でされた僕は、さらに声を張り上げて詰め寄る。
「お前は一体どこの誰だ! どうしてこんなことをする!」
ところが偽物は何も言わず、隣の水本に助けを求めるような目を向けた。いや、何か目配せでもしたようにも見えた。
すると水本がすっくと立ち上がる。上背のある彼を、僕が見上げる格好となった。
「あんたか? こいつに付き纏ってるって野郎は?」
敵対心を顕にして僕を警戒する水本。それはまるで友人とは思えない態度だった。
なんだこいつ……。何もわかっちゃいないじゃないか。
沸々と湧き出てくる怒りが僕を突き進ませる。
「ふざけるな、逆だ逆。僕が本物で、こいつが僕に付き纏ってるんだ! おい小林、なんとか言ってくれよ。お前ならわかるだろう。小学校からの仲なんだからさあ」
しかし急に振られた小林は、困惑した様子であわあわと呂律の回らない舌で喋る。
「い、いや、そう言われましても……。っていうか、どちら様ですか? 申し訳ないんですが、見覚えがなくて……」
どちら様ですか?
その言葉が頭の中をぐるぐると反芻する。
こんな他人行儀な台詞が、今更彼の口から聞かされることになるとは思いもよらなかった。
それに、とても冗談でそう言っているように見えない。彼は本気で僕という存在を未知のものとして排斥しようとしている。
「そんなわけないだろう。つまらない冗談はやめろ!」
「いや、っていうか、見間違えるわけないですよ。小学校からの親友なんだから。どうしてあなたがそれを知ってるのか、知りませんけど」
眩暈がした。足元からさっと血の気が引いていく。
もはやここに自分の居場所はない。
背筋が凍り付くような思いに駆られながらも、奴の顔を窺うと、一言も言葉を発さずに、勝ち誇ったような表情でにやりと口元を緩ませている――ように見えた。
それを見て、僕の中で何かが弾け飛んだ。
「てめえ、何をしやがった! ふざけやがって、この糞野郎が!」
脇目も降らずに奴に飛び掛かる。理性で行動を抑えきれなくなった僕の両手が、倒れた奴の首に巻き付いた。
それでも奴は黙したままで、表情に焦りの一つも感じられなかった。
それをいいことに、僕は奴の頭を床にがんがんと叩き付ける。
「どうして何も喋らない。何とか言ってみたらどうだこの野郎!」
呆気にとられていた部員たちも、その音でやばいと思ったのか、慌ただしく右往左往を始める。
しかし彼らの音は僕には雑音でしかなかった。
誰かが警察と声を上げたような気がしたが、それもまたただの雑音だった。
目の前にある自分を殺らなければ、もはやこの世界に僕の居る場所はないと思った。
それで、ただただ握り締めた両手を床に打ち付けた。
そうして――、
気付けば僕は警察の取調室にいた。




