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異常

 その翌日。

 休みが終わり、かったるい一限を乗り切って部室に戻ってくると、既に昨日の二人がソファを占領していた。頭を抑えて喋っているが、呂律が回っていない。顔色も優れない様子だった。

 さては、僕と別れた後、二人で朝まで飲んていたのだろう。


「おいおい、大丈夫か?」


 と小林に声をかける。振り向いた顔の口から流れ出る呼気がまだ酒臭い。小林はそれより頭が痛いらしく、眉根を寄せるだけで何も発さなかったが、代わりに水本が、


「ああなんだお前か。お前は二日酔いしてないのか?」


 などと頓珍漢なことを言い出す始末。どうやら酔いのせいで記憶までおかしくなってるらしい。


「いや、僕は昨日飲みに行ってないから。随分飲んだんだなあ。まあ、僕に隠れて飲んだ罰ってとこか?」


 苦しんでいる姿ににやにやしていたが、小林が真剣そのものの顔になって言った。


「は? 何言ってんだよ。お前昨日、銀行から金卸してきたから、やっぱり三人で飲もうって、一緒に朝まで飲んだじゃねえか」


 ……?

 何を言ってる?

 そんなはずはない。僕は昨日、小林たちと別れたあとはそのまま家に帰ってネットで適当に動画漁りしてから風呂に入って軽く飯食って寝ただけだ。一滴たりとも口にしてはいないし、ましてや二人の許に戻ってすらいない。これは確かな記憶だ。家に帰ればデスクトップに履歴が残ってる。何時何分何の動画を見たか。はっきりと。


「いやいやいやいや。そんなことしてないし。昨日はあの後、そのまま直で家に帰ったって。つか、今日一

限あるのに、飲みに行くわけ無いじゃん」


 手も首も勢い良く振って否定する。明らかに二人の記憶違いのはずなのだが、何か嫌な予感がする。訳の分からぬ不安に、心臓がばくばくと脈を打っていた。気持ちの悪い汗がじっとりと滲み出る。


「そんなわけ……。流石に飲み過ぎたか?」


 混乱している水本に、段々と安心が戻ってくる。やはり記憶違いだ。悪酔いで前後の記憶が捏造されただけだ、と。

 しかし小林が急に顔を上げると、スマホをテーブルの上に滑らせ、僕によこした。


「いや、確かにお前と飲んだよ。これ見ろ」


 嫌な予感が再発する。

 そこには、昨日駅前で水本から見せられた、SNS上の僕の偽アカウントが表示されていた。


「いや、だからこれ、僕のなりすましアカウントだって言ったろ」


 なんだ、またこの悪戯か。

 と辟易しながらも、小林のスマホを手に取り、そのアカウントの画面を軽くスクロールした。その時。

 僕は慄然とした。

 スマホを持つ手が震え、口内が異様に乾く。より一層汗が滝のように流れ出た。

 傍から見たら、小林たちと僕と、どちらがアルコールの毒牙に蝕まれているのか、判別がつけられなかっただろう。

 衝撃のあまり、僕は暫く言葉を失っていた。 前後不覚とはこの事を言うんだと、そう思った。

 そこに映っていたのは、居酒屋でジョッキを合わせて乾杯している水本と小林、そして――僕の姿があったのだ。その上、写真に写り込んでいる店の壁にかかった時計は、間違いなく昨日の午後九時頃を差している。投稿時間もその時間だ。

 昔撮った写真の時計の部分を二人が加工したのか。だが、記憶を過去にさかのぼらせてもこんな写真を撮った覚えなどない。

 となれば、昨日二人と飲んだ別の誰かの顔を加工して? しかしそれにしては、CG合成の気持ち悪さのようなものが感じられない。それに何より、時間を見るに、写真が撮られたほぼ直後に投稿されているのだ。加工しているような時間があったとも思えない。

 あるいは、そっくりな誰かと偶々出会したとか……。

 いや、そっくりというか、これはまるで瓜二つ。ほくろの位置や髪に混じった若白髪までそのまま。生き写しである。顔ばかりでなく、昨日着ていた服装までもが細部に至るまで完璧に模写されている。

 薄気味が悪かった。悪戯にしては度が過ぎているようにも思える。

 だが、頭の中でああだこうだと理屈を付けようとするが、どれもしっくりこない。結果、そっくりさんではない、僕自身という存在が、もう一人いる、などというオカルトめいた結論に辿り着いてしまう。

 そんな事あるわけが……。

 頭の中でその結論を否定する。だが、否定したところで、その代わりになるような、全てに説明づけられる結論が導き出せない。

 なんとか喉に詰まった唾を飲み込んで、目の前にある訳の分からぬ現象にすっかり思考停止した脳みそから拙い日本語を捻り出した。


「なんで……。こんな写真が……?」


 しかし対照的に、小林の方はなんとも思っていないようで、口を滑るように単語が出てくる。


「昨日、お前と飲んでるときに、このアカウントが本当のアカウントだって言ったじゃないか。駅前で言っ

てたあれは嘘だって。俺たちをからかって面白がってたって、そう言っただろ」


 勿論、そんな事を言った覚えなどない。あの後二人に会ってすらいないのだから。


「そんなバカな。何かの間違いだろ」


「またそうやってからかってんだろう。もういいよ、こいつの言う事は。大体俺たちは頭が痛いんだ。これ以上痛くさせるようなことすんなよ。お前の言いたいことはわかったから」


 絶対何もわかっていない。

 水本は面倒臭いのが嫌なだけだ。だが小林も今のようにへべれけでは、到底当てにできるものではない。

 飲んでもいないのにこちらまで頭が痛くなってきた。

 これ以上この二人の相手をしても埒が明かないだろう。

 僕はひとまず部室を後にしたが、だからといって何をどうするという考えもなかった。矮小な頭脳で思いついた一手は、取り敢えずあのなりすましアカウントをフォローし、直近の投稿の幾つかにこういう悪戯はやめてくれと返すのと、ダイレクトメッセージを送るくらいのことだった。


『僕になりすますのをやめてください。何が目的かは知りませんが、これ以上続けるようなら、警察に通報することも考慮します』


 それが僕の考えた精一杯の脅し文句だった。

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