炎上
あのメッセージが効いたのか、あれからぱったりと偽アカウントの動きはなくなった。
それでも最初の二、三日は警戒を続けていた。こんな些細な抵抗では、こういう事をする奴は止められない。自分でやっておきながらも、そう予想していたからだ。
だがその意に反して、更に四日、五日と過ぎ、これは本当に諦めたのかもしれないと思い始めた。
あの小林たちとの幻の飲み会のことについては未だに納得の行く説明がつけられていない。そのもやもやしたものはあるが、逆にその不可解さが相まって、どこか現実感が薄れてきていた。
一旦そうなると、真実の追及などどうでもよくなる。
やっぱり、二人が勘違いしていただけなんだ。もしくは二人が僕を嵌めようとしていたのではないか。写真はCG合成か何かだろう。
多少腑に落ちないところがあろうとも、この結論をもって終結させる。それ以上深く考えようともしなくなっていた。
そして一週間が過ぎた頃には、もう既にそのことを過去のこととして消化しつつあった。誰かに指摘されたら思い出すだろうが、普段の生活の表層に自ら浮き出てくることはない。そんな人畜無害な存在へと。
ある日の朝、僕はスマホの鳴動で目が覚めた。
目覚ましをかけた覚えはなく、画面をつけてもそれらしきアプリが動いているわけではなかった。
が、代わりにその原因がわかって、寝惚け眼の僕は完全に覚醒させられた。
がばりと身体を引き起こす。
引っ切り無しに通知欄が更新されている。何かと思って詳細を見てみると、どうもSNSアカウントの方から来ているらしい。
なんだ、一体何があったんだ。
普段こんなことなど起こったことがない。止まらないスマホの震えに、既に酷く焦燥し、動悸が激しくなっていたが、SNSのアプリを起動してアカウントのホーム画面を見て愕然とした。
次から次へと、僕の投稿に対して返信が飛んできている。
どこの誰かもわからないアカウントの数々から、『気色悪い』だの『通報しました』だの『ストーカー野郎』だの。散々な書き込みである。
謂れのない誹謗中傷に、まず頭の中が疑問でいっぱいになってしまった。
何がどうなってる? こんな炎上するようなこと、僕が何かしたか?
最近の投稿を確認してみるも、殊更書き連ねるような必要もないような、大したことない愚痴である。やれ課題が面倒だ、朝起きるのが辛い、歩いて大学行くのがかったるい。そんなことばかりである。こんなことで逐一炎上していたら、登録しているすべてのアカウントが燃えて、SNSが焼け野原である。
その時、あの偽アカウントの存在が記憶の底から発掘された。
まさかと思い、そのアカウントのホーム画面を見に行ってみる。すると、やはりそこにあった投稿の一つが、この波紋を呼んでいる元凶であった。
『なんか最近変な垢に粘着されてます。気持ち悪いので警察に相談してみようかな』
その文章とともに、画像が添付されていた。僕が送った悪戯をやめてくれという返信、ダイレクトメッセージの内容がキャプチャされた画像が。
そんな……。
自分の行動を悔恨している間にも、みるみるうちにその投稿は拡散されていく。返信も数多くついており、そのどれもがこの投稿に対して同情するようなものだった。
『早く通報しましょう』
『うっわ、何これきも』
『警察だと動いてくれないと思うので弁護士とかがいいと思います』
その中には、小林と水本のアカウントからの返信まである。
『ちょ、おま、有名人じゃんwww』
『なりすましがどうのって言ってた奴、これのことか。面倒な奴に絡まれたなあw』
などと、二人ともこのアカウントの投稿を真に受けているようだ。
こっちは偽物だって言ったのに! やっぱりあいつら、何もわかっちゃいない。
そうしているうちにも鳴り止まない通知がスマホを震わせ続ける。鬱陶しいので切っておくが、そんなものは所詮ただの気休めでしかない。
実際には広大なネット上で次々に自分のことが拡散され続けているし、その結果が僕のアカウントに対する罵詈雑言として返ってきている。その一つ一つに目を通していると、それだけで気が滅入りそうになったので、僕は画面を消して手で顔を覆った。
力なくベッドに倒れ込むと、自然と溜息が口から漏れる。
何でこんなことに……。
先に自分があのアカウントを晒しておけば、相手を牽制することができたかもしれないのに、その発想ができなかった。いや、全く浮かばなかったわけではない。あまり大事にしたくないという遠慮が、その選択肢を勝手に除去してしまったのだ。
そしてその事なかれ主義の産んだ無駄な遠慮が、今まさに自分の首を締めているのである。
自分の浅はかさに涙が出そうになった。
しかし、今日も大学では講義があるのを思い出し、僕は慌てて起き上がった。
こんなことでしょげている場合じゃない。炎上しているとはいえ、たかがSNSである。現実世界じゃない。なりすましアカウントのアイコンは僕の顔なのだ。とどのつまり僕が被害者という図式は変わらない。実生活で誰かにとやかく後ろ指を指される心配はない。
手早く着替えを済ませ、僕は急いで大学に向かった。




