輝石
目の前で倒れた者に駆け寄る。その者はディオメデスの呼び掛けに応える事無く、息を引き取った。
虚しさを感じる光景だ。しかし、落ち込む暇など無い。ディオメデスは直ぐ様、その場を立ち去る。まだ、彼らの役目は終わっていないのだから。
目前に迫る敵を斬る。そこに容赦は無かった。
辺り一面が戦場となっている。それは戦争ならば、当たり前の光景。しかし、ディオメデスは思うのだ。エリシオンには相応しく無い光景だと。
「・・・・・・」
相応しいのは、皆が笑い合う温かな光景だ。彼はそれが壊れるのは厭だった。思い出すのは、アイアコスの瞳。信頼を感じる眼差しをくれたのだ。そんな彼の信頼を裏切る事はしない。
それがディオメデスの誠意。彼が尽くせる誠だった。
ティフォン族の好む戦い方はエリシオンでは出来ない。川を渡って来た為、戦車を使えないのだ。それだけは良かった点と言えるだろう。状況は極めて悪いが。
敵が幼い子供を襲う。まだ幼い子供に自身を守る術は無い。急いで向かおうとしたディオメデスの目に映ったのは、金色だった。
その金はアイアコスの持つ色と同じ輝き。
ディオメデスは叫びを上げそうになった。それを堪え、彼女の手助けをしに行く。
彼女・・・アイグレーはディオメデスが敵に向かうのを見て、子供に駆け寄る。
「大丈夫だった?」
アイグレーが話し掛けると子供は泣き出した。彼女は子供を抱き締める。小さな命を守る様に。
騒ぎが聞こえてくる。恐らく、アトラスを探しているのだ。殆んどの者が出払っている今、自分達では抵抗出来ないだろう。息を潜めるしか出来ない状況でも、アトラスは力強く娘の肩を抱いていた。
戦う術の無いエリテュイアは病に倒れて尚も頼りになる父の温かな手に身を委ねていた。緊迫した現状でさえも、父を信じ切る事が出来たのだ。
彼女は衰えた父の身体を見る。もう既に前線を退くべき存在だったのだ。なのに、アトラスは退かなかった。それは、末の妹の為。
ヘスペリエは何処に居るのだろう。死んではいない筈だ。彼女への贈り物が生きている事を証明したのだから。
騒ぎが近くなった気がした。助かるかも分からない。
それでも信じようと彼女は思う。それが彼女に出来る事だから。
でも、ただ待つ事は辛い。恐怖が迫る中で、息を潜めて何もしないのは。迫る何かに怯える。僅かな動きにも気を配らなければならない。それは神経を削る。
だから、願う。
奇跡を。
アイアコスは速度を上げる。後ろに迫っていた敵は既に居ない。殿を任せたウルカーヌスがしっかりと役割を果たしているのだろう。
彼の脳裏にはエリシオンの美しい景色がある。だが、それは失われているかもしれない。戦場となったなら、それが当たり前だ。もっと早く気付いていればと、後悔する。
もしも、大切なものが失われていたなら、彼は自身がどうなるか分からなかった。分かるのは、失われたら戻らないという事だ。その事実がアイアコスを突き動かす。そして、望む。
奇跡を。
ウルカーヌスは残る敵を倒していく。それが彼の役割。楽園を守る為に薙ぎ払う。
楽園を、大切なものを守る為ならば、彼は敵の命程、軽い物は無いと思った。今まで、自身の命がそうであった様に。
苦笑が浮かぶ。ウルカーヌスは軽かった自身の命よりも軽い物を作ってしまった。その事実が彼に確かな自我を生み出した証拠でもあったのだ。彼は兄王の道具であり続けた。それはこれからも同じだっただろう。
しかし、彼は知る事が出来た。だから、信じる。
奇跡を。
皆が願い、望み、信じる。僅かな輝きを手にする為に。




