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楽園物語  作者: 如月瑠宮
第三章 策略
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救出

 彼はうろうろと歩いていた。裏切り者である彼は、辺りを見渡す。怯える様子は野心家の器で無い事を示している。事実、彼如きでは野心家になれない。

 だが、彼はなれると思っている。だから、裏切者になったのだ。

 彼は歩を止めた。そして、呟く。その呟きは彼の耳にさえ届かない。

 アイサースは狂った犬の様に動き続けた。彼に救いは無いのだろう。


 ディオメデスが向かうのを見たアイグレーは息を吐き出す。そして、守れた命を見る。これから、成長していく子供。それは希望だ。消えない様にしなければ。アイグレーは少年を守りながら、戦場から遠ざかる。

 きっと、大丈夫だ。アイグレーは安心した。もう、大丈夫なのだと思うのだ。それは確信に近い。

「もう、大丈夫よ」

 少年に話し掛ける。その声は力強い。

 アイグレーは微笑む。その笑顔を少年は見つめた。彼女の笑顔は信頼出来たらしく、少年は安堵した様子である。

 後は、待つだけだ。

「・・・兄様・・・ウルカーヌス」

 彼女は信じている。自分の大切な者達を。


 ナウシカアは目の前に迫る敵に足を止めてしまった。奴隷とは言え、戦闘に参加しない女性であり、アトラスの屋敷で働く彼女は恵まれている。そんな環境で安全に暮らしている彼女に対応は出来なかったのだ。

 振り下ろされ様とする剣に覚悟を決める。抵抗はしない。ただ、四人が笑っている様子を見たかった。戦う術の無い彼女には無理な願いの筈だ。

 しかし、ナウシカアを襲う筈の衝撃はやって来ない。彼女を襲おうとした敵が崩れる。その向こうには、彼が居た。

「・・・・・・」

 名を呼ぼうとしたが、恐怖が喉を凍らせる。彼は倒した敵を脇に寄せると、ナウシカアの前に膝を折る。

「アトラス様は?」

 ナウシカアは問い掛けに答えようとした。しかし、声が出なかった為、震える指でアトラスの部屋がある方を示した。それだけで、伝わったようである。

 ディオメデスは示された方へと向かおうとする。ナウシカアはその背中に手を伸ばす。

「・・・お願い」

 それは小さな声だった。だが、確かに届く。同じ願いを持つ者の声だからだろうか。ディオメデスは力強い一歩を踏み出す。

 向かうのは、示された場所。

 ナウシカアは見つめた。願いを叶えてくれる存在の背中を。彼女自身では叶わない願いを叶えてくれる、同じ願いを持つ者の背中はナウシカアに安寧を与えた。

 今ならば、その命が尽きたとしても、彼女は安らかに眠れるだろう。彼女が願う救いは果たされる。

 ナウシカアに見送られながら、ディオメデスは走った。


 アトラスは近付く脅威に身構える。彼自身はここで終わってしまっても構わなかった。だが、傍らに居るのは大切な娘。たとえ、彼が死んでも守らなければならない存在。

 戻って来るまでは、この命を繋ぐ。それがアトラスの決心。彼の覚悟は揺るがないだろう。

 たとえ目前に敵が迫っていても。その敵が剣を振り上げる。アトラスを見る目には悦びが宿っていた。エリシオンの将軍を葬れる好機チャンスは、敵にとって最高の栄誉を得る権利を手に入れた事と同じなのだから。

 アトラスはエリテュイアを後ろに庇う。降り下ろされた剣を何とか受け止める。立っている事さえも辛い病床の身で、何度それが出来るだろうか。

 荒くなりそうな呼吸を飲み込む。震えそうになる手に歯を噛み締める。アトラスは己に斬り掛かろうとする敵を睨んだ。

 すると、敵は一瞬怯んだが、直ぐに持ち直す。だが、その一瞬だけでもアトラスには充分だった。たとえ、弱っていたとしても。

 最初の敵を屠った時に入って来た影に二人は身構えた。しかし、それが誰か分かると直ぐに安堵の息を吐き出す。入って来たのはディオメデスだった。

 二人はやって来た彼を見た瞬間に、もう大丈夫だと力を抜く。

 それは、救いだった。


 ディオメデスは次々とやって来る敵を薙ぎ払う。彼には二人を救い出せる、確かな実力がある。

 それに、時が経てば経つほど彼にとっては有利となっていく。

 戻って来るのだから。

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