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楽園物語  作者: 如月瑠宮
第三章 策略
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帰還

 後ろを時々確認しながら、馬を走らせる。本当はもっと速く軍を動かしたいと思うアイアコスだったが、ある程度の規模がある同盟軍を動かすには時間が掛かった。速過ぎれば、遅れる者が現れる。

 アイアコスは考えた。どの隊が一番速く動けるか。

「・・・ディオメデス殿」

 呼び掛けにディオメデスが振り返る。彼が引き連れるクレウテからの隊は動きの速さが際立つ。

 ディオメデスはアイアコスの目を見ただけで彼の考えを理解する。共に過ごした時間は短いものの、彼らは同じなのだ。

 ディオメデスは戸惑いつつも、頷く。自らが率いる隊に指示を出す。

 仲間達が裏切った今、クレウテから来た彼らの立場は悪い。しかし、アイアコスは彼らを使う。

 彼らを信頼しているから。信頼を伝えたいからこそ、使うのだ。

 そして、彼らは応える。ディオメデスの指示に従い、後ろを気にしながらエリシオンに向かう。アイアコスはその背中に希望を見出す。

 そんなアイアコスの眼差しに見送られたディオメデス達は、後ろの彼らが見えなくなった瞬間に速度を上げた。

「一刻も早く、エリシオンに向かう!」

 ディオメデスの声に彼らは従う。クレウテからやって来た彼らだが、彼らはもうクレウテに従う者では無いのだ。彼らは従うべき者に従う。

 今の彼らが従うのは、アイアコスだった。


 アイグレーは走る。少しでも多くの敵を引き付ける為に。敵は弱い者にも、容赦が無い。戦場だから、本能が出る。容赦など、必要が無いのだ。

 全ては「死」に繋がっていく。

 縺れる足を懸命に動かす。彼女が少しでも気を抜けば、彼女の命が失われるのだ。兄と妹が居ない時に、死にたくはなかった。

 必ず、生きて二人を迎えるのだとアイグレーは決めている。その決心が彼女を奮い立たせるのだ。

 たとえ、走る足が痛んでも。剣を振る腕が重くても。

 生き延びる為には、誰かの死さえ望もう。


 ディオメデスの視界にエリシオンの風景が見えた。それは様変わりしていたが、紛れも無くエリシオンなのだ。

 戦火に蹂躙される土地。傷付いた人々。目の前の光景は普段の楽園の姿を保つ事が出来ていない。美しいエリシオンの大地が・・・失われてしまう。それは、許される事だとは思わない。

 ディオメデスは配下の者達に指示を下す。これから、彼らは祖国に刃を向ける。本来ならば、許される事の無い行為。だが、彼らにはそれ以上に許せない事があるのだ。

 美しい楽園をこれ以上汚させない為に。彼らは剣を手にするのだった。


 敵は侵略していく為に進む。足の速い者が屋敷の中に侵入を果たす。屋敷の中に居るのは、負傷した兵達とその兵を治療する者達。そして、病床のアトラス。

 エリシオンの民はアトラスを失っては生きていけない。アトラスを失う事はあってはならないのだ。

 侵入して来た敵に戦う術を知らない者達が斬り掛かる。弱い力の反撃など大した事が無い。敵は簡単に抵抗を無にしてしまう。

 エリテュイアは父の許に急いだ。侵入した敵は恐らく、アトラスを探すだろう。彼を葬る為に。

 彼女の向かう先にあるのは、父の無事な姿か・・・それとも、最悪の状況か。

 エリテュイアは祈る。家族の無事を。

 そして、願うのだ。確かな未来を。

「お父様!」

 慌てて入って来た娘にアトラスは微笑む。堂々としたその態度にエリテュイアは僅かながらにも安堵した。

「お父様・・・どうか、お逃げ下さい」

 娘の言葉にアトラスは苦笑する。

「エリテュイアよ・・・逃げる事など出来ぬ・・・皆が戦っている。そして、戻って来るだろう」

 父の言葉にエリテュイアは目を見開く。アトラスは信じているのだ。同盟軍が戻ると。

「必ず、戻る。彼らは馬鹿では無い。企みなど直ぐに気付く。そして、エリシオン(ここ)を守る」

「・・・お父様」

 アトラスは信頼しているのだ。自身が守るべき民を。自身の息子を。そして、クレウテからやって来た者達までも。

 エリテュイアはクレウテからやって来た将であるディオメデスを思い浮かべる。彼は誠実そうな男だった。そんな彼はどう思うだろう。生まれ育った国の裏切りを。

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