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楽園物語  作者: 如月瑠宮
第三章 策略
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初陣

「お父様!アイグレーを戦場に出すなど・・・お止め下さい!」

 エリテュイアの叫びにアトラスは目を伏せる。

「・・・アイグレーは駄目だと言っても、戦場に立つだろう。それを止められる者は居ない」

 アトラスの言葉にエリテュイアは眉を寄せた。妹の決意に満ちた瞳を見ているのだ。止められない事は直ぐに理解する。

「・・・アイグレーが出るのならば、私も出ます」

 エリテュイアの声はただ静かにアトラスの耳に入って来た。彼女に目を向ければ、そこにあるのはアイグレーと同じ瞳。

 アトラスはただ、強い娘達に笑うしかないのだった。


「そう・・・それはあちらに。運ばれてくる者達は・・・」

 姉が支持する様子をアイグレーは見た。エリテュイアは武芸を嗜んでいない為、負傷兵の手当てを手伝う事になった。

 アイグレーはそれを聞き、ほっとした。自分と同じ様に戦場に立ったなら、美しい姉はどんな目に合うか分からない。少しでも、戦場から離れた場所に居てくれる。少しは安心出来た。

「アイグレー」

 彼女の視線に気付いたエリテュイアが声を掛ける。

「・・・怖い?」

 妹を労わる声色。眼差しは優しく見つめる。その優しさの中に包まれていられたら、どんなに心地良いのだろう。

 アイグレーはその心地良さを想像した。幸せだろう、きっと。この命を焼き尽くされる時まで。

 でも、それはアイグレーの望む世界では無い。

「姉様・・・怖いです。でも、守れないのも怖いんです」

「そう・・・なら、分かるでしょう?」

 アイグレーを見つめる姉の目は優しさに満ちている。これからも、変わらず見つめてくれる。そう、アイグレーは信じた。

 そして、戦いが始まる。


 舌打ちしたい気持ちを抑えて、目の前の敵を倒す。ウルカーヌスは頼まれた殿しんがりの役割を果たす為に、敵を充分に引き付けていた。

 それでも、敵も気付いたのだろう。こちらが、あちらの策略に気付いた事を。

「・・・・・・」

 ウルカーヌスはただ敵を倒していく。守りたい者がその先にあるから。

 疲れなど、感じなかった。それはウルカーヌスと共に残った者達も同じだった。守りたいという心が同じなのだ。

「ウルカーヌス!下がろう。もう充分だ」

 共に戦う傭兵仲間が叫ぶ。確かに、もう充分に引き留められた。次にすべき事を彼は分かっている。

 ウルカーヌスは指示を出した。


 身体が震える。初めての戦場はアイグレーには冷たかった。恐怖で身体が動かなくなる。

 そんな身体を叱責して、アイグレーは何とか戦場に立っていた。守りたいものがあるのだ。止まってはいられなかった。

「くっ・・・」

 歯を食いしばる彼女に刃が振り下ろされる。無情な男性の力にアイグレーの腕は痺れる。

 圧倒的に弱い。それを知らしめる力の差に彼女は泣きそうだった。もっと、強かったなら。

 振り下ろされた刃を何とか受け止め、身体を横に動かす。逃げる事は恥では無いのだと、教えてくれた兄の言葉の通りに動けた身体を誉めたい。それでも、縺れてしまった足は体制を整える前に崩れる。

 再び振り下ろされる刃をアイグレーは受け止められないだろう。痛みを覚悟した彼女は目を閉じる。

 しかし、斬られる痛みはやって来ない。代わりに降り注ぐ生温い水。

 それが水では無いと気付いたアイグレーは直ぐ様、目を開いた。目の前で斬られた老兵。誰かの大切な人。

 アイグレーは自分の代わりに息絶えた彼に礼と謝罪を呟く。もう届かない言葉だったが、言わなければ彼女が耐えられなかった。

 彼女は柄を握り締め、自分の身代わりとなった老兵を殺した敵を斬る。敵の胸から吹き出す血。それは先程、彼女に降り注いだ物とは違う様に見えた。


 腕から血を流すのは、まだ幼さを宿す顔立ちの少年。エリシオンでは本来ならば、まだ戦場に立つ事は無い筈だった存在だ。彼の呻き声は両親を呼んでいる。

 血に染まっていく布にエリテュイアは焦った。このままでは、彼が死んでしまう。しかし、エリテュイアに医療の知識は無い。今、彼女がしているのは、あくまで応急処置なのだ。

 周りを見渡す彼女の目に映るのは忙しなく動く人々。

「・・・・・・」

 命が終わる瞬間を幾度か見た。戦場とはそういう物なのだと、彼女は目の当たりにする。命を奪い、奪われる。そして、勝敗を決めるのだ。

 誰かの帰りを待つとは・・・誰かの死を待つのと同じだった。それでも、エリテュイアは願う。

「・・・帰って来て」

 大切な家族の帰りを。

 彼女は少年の血に染まる布を新しい物に変えた。少年の命が零れない様に。少年が大切な人の所へ帰れる様に願いながら。

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