二度目の交戦
戦場でも、冷静さを欠くのは得策では無い。それを充分に知るウルカーヌスは冷静に周りを見ていた。
違和感を感じながら。
「おかしい・・・」
彼の呟きは死への叫びに掻き消される。先の交戦とは全く違う。
ウルカーヌスはアイアコスの姿を探す。恐らくは、彼も気付いているだろう。彼の姿を探せる程の余裕があるのだ。
迫る敵を斬りつける。簡単に倒れる敵。
違和感が膨れ上がる。それはウルカーヌスだけのものでは無い。
アイアコスは倒れていく敵の不気味な笑みに気付いた。背筋を走る悪寒に眉を寄せる。本能が警告を鳴らす。
不気味な違和感の正体に気付く頃には、もう準備は整っていた。
ディオメデスは敵の一人の胸倉を掴む。
「何を、企んでいる?」
敵であるティフォン族は残忍な者が多い。しかし、ディオメデスの気迫はそれを上回った。
そのティフォン族は彼らの中でも、気弱だった様でディオメデスの気迫に呑まれた。
彼は返事を聞くと、アイアコスを探す。
「アイアコス殿!」
呼ばれた彼はディオメデスの焦った表情を見て、理解した。こんな時は回転の速い頭が恨めしい。
舌打ちと共に目の前の敵を倒す。直ぐ様引き返したくなるが、アイアコスは指揮を任されているのだ。周囲を顧みない行動は出来ない。
「・・・ウルカーヌス」
「はい」
「殿を頼めるか」
アイアコスの頼み、それは指示とほぼ同義なのだ。ウルカーヌスは頷く。
「・・・必ず、戻れ」
同盟軍が出発してから、アイグレーは彼らが鍛錬を行う場所に座り込んでいた。見つめる先は兵達が汗を流した場所。アイグレーにとっても、大切になった場所である。
「・・・・・・」
彼女は思い出す。この場での日々を。そして、思うのだ。
「・・・皆、帰って来て」
アイグレーは共に汗を流した人達を失いたくは無い。もう、失う悲しみを味わうのは嫌だった。
彼女は手にある槍を握り締める。出発した同盟軍が居なくても、彼女は鍛錬をしようと持って来た物だが、いざ来てみるとやる気が出ない。
どうしようかとアイグレーが悩んでいると、足音が近付いて来た。
「アイグレー様」
掛けられた声はナウシカアの物だ。アイグレーが彼女を見るとその手には籠がある。籠の中身は数種類の果実。
アイグレーは苦笑する。中身が全て、アイグレーの好物だから。
「ありがとう、ナウシカア」
ナウシカアは柔らかな笑みを浮かべて、アイグレーの傍らに腰を下ろす。アイグレーが籠から葡萄を取る。
アトラスやエリテュイアは酒で飲むのが好きだが、アイグレーはあまり酒を好まない。生のまま、葡萄を一粒口に入れる。
アイグレーが豊潤な甘さに微笑む。そんな彼女の笑顔にナウシカアは安堵した。
「今年のは特に良い物だそうですよ」
「そうなんだ・・・食べて欲しかったな」
誰にとは言わない。言ってしまえば、悲しみが募るのが分かっている。
アイグレーは次々と葡萄を口の中に放り込んだ。紛らわす為の行動だったが、口内に甘みが広がるだけで・・・少しも気は紛れない。
「・・・ねぇ、ナウシカアは寂しい?」
突然の主の娘からの問い掛けにナウシカアは首を傾げた。
「ナウシカアは親友でいてくれたわよね?悲しんでくれたよね・・・?」
アイグレーの必死な様にナウシカアは目を丸くする。彼女にとって、アイグレーの疑問は当たり前の事であり過ぎたのだ。
ナウシカアは今でも、ヘスペリエを親友だと思っている。それは、ヘスペリエがアトラスの娘であっても、奴隷であったからこそ、生み出された感情。
「アイグレー様。私は薄情な人間にはなりません」
ナウシカアが手入れはあまりされていないが、働く事を知らない、武芸を習い始めたばかりの手を包み込む。それに対して、ナウシカアの手は働く者の手だった。
アイグレーは伝わる温もりにヘスペリエを思い出す。
「・・・そうね」
ナウシカアは優しい。こうして、その人の好物を、その時に必要な物を用意する気遣いが出来る。アトラスに仕える奴隷の中でも重用されていた。
そんな彼女はその出生から遠巻きに見られていたヘスペリエにも優しさを向けたのだ。効率良く仕事をする術を教え、アトラスの前では自らが率先してヘスペリエの仕事を奪う。全て、さりげない行動で。
アイグレーは微笑む。
その時。
「・・・今のは」
彼女の耳に届いた音。
「悲鳴、に聞こえましたが・・・」
ナウシカアの耳にも届いていた。アイグレーは耳が良く、僅かな音も拾うが、ナウシカアは違う。
その彼女の耳にさえ入る程の声は悲鳴だった。アイグレーは急いで立ち上がる。
走り出した彼女をナウシカアは必死に追い掛けた。
アイグレーが立ち止まる。そこは辺りを見渡せる場所だ。追い付いたナウシカアは呆然とするアイグレーの視線の先を見た。
立ち上る煙。燃え上がる幾つかの建物は、民の住む家。迫り来る敵は・・・ティフォン族だけでは無い。
「・・・クレウテが」
アイグレーの呟きにナウシカアは彼女を見た。彼女が幼き日々を過ごしてのはクレウテ。その地が裏切ったのだ。
「なんてこと・・・」
ナウシカアは辺りを探す。そして、見つけた奴隷仲間を問い詰める。
「これはどういう事です?」
「クレウテが裏切ったんだよ。ティフォン族と手を結んで攻めてきた・・・今、アトラス様の許に主要な方々が集まっています」
仲間はアイグレーに気付くと口調を変えた。
それを聞いたアイグレーはまた走り出す。向かうのは勿論、父の許。彼女はエリシオンの将軍を父に持つのだ。その場に行っても良いだろう。
「父様!」
やって来た娘をアトラスは迎えた。アトラスの周囲には、エリシオンを纏める将達とエリテュイアが居る。
「やはり来たか・・・アイグレー、悲しいだろうが・・・クレウテは裏切った。同盟の為に送った者達さえ、捨てて」
父の言葉にアイグレーは目を閉じた。
そして、再び開いた瞳には強い光が宿っていたのだ。
「父様、私は戦います」
娘の告げた言葉にアトラスは目を見開き、笑った。
第二章 終




