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第3話

 重たい沈黙が支配する車内にエンジン音だけが静かに響いている。


 やがて拓己が何かを決意したのか小さく息を吐いた。


「……一つ、試したいことがある」


「試したいこと?」


「お前だけ車を降りてくれ」


「は?」


「もし原因がお前なら、一緒にいる限り俺も帰れない」


「何言ってんだよ」


「駅まで送る。そこから新幹線でも電車でもいい。お前はお前で帰ってみてくれ」


「お前はどうするんだ?」


「俺は一人で県境を越えてみる」


 馬鹿げていると思った。そんなことで本当に帰れるのかと。


 そう言い返そうとしたが、拓己の表情は真剣だった。冗談を言っている顔ではない。


「……分かったよ」


 高崎駅のロータリーまで来ると拓己が車を停めた。


「一樹、何かあったら連絡する」


「ああ……」


 短い会話を交わし、俺は車を降りた。


 ドアが閉まる音と同時に拓己はアクセルを踏み、車はそのまま駅前を離れていく。


 それを見送り一人取り残された俺は急に心細さが押し寄せてきた。


 気を取り直して駅構内へ走り、新幹線の発車案内を見上げる。


 安中榛名


 上毛高原


 表示されている行き先は、その二つだけだった。


「……えっ?」


 思わず見返したが、東京の文字はどこにもない。


 時刻表を見ても同じだった。何度見ても、東京行きは存在しない。


 俺は改札の近くにいた駅員へ駆け寄った。


「あの、東京へ行きたいんですけど」


 困惑した駅員は少しだけ首を傾げた。


「東京……ですか?」


「はい。東京行きの新幹線です」


「当駅から発車する新幹線は表示されているものだけですが」


「いや、そんなはず……」


 駅員は困ったように笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。


 それじゃあ在来線ならどうだ。


 そう思ってホームを移動したが結果は同じだった。


 前橋 渋川 水上 伊勢崎 桐生


 どの電車も群馬県内へ向かうものばかりで、県外へ出る路線が見当たらない。


 スマホで路線検索をしても、駅の案内板にある列車しか表示されていなかった。


「何なんだよ……」


 誰に言うでもなく呟き俺は駅を飛び出した。


 車も電車も駄目なら歩いていくしかない。


 県境近くの駅まで電車で向かい、埼玉へと繋がる大きな橋にたどり着いた。


 これを渡れば埼玉県に入れるはずだ。


 俺は何も考えず歩き始めたのだが、十分ほど歩いてもまだ橋は終わらない。


 景色は少しずつ変わっているはずなのに、橋の終わりだけが見えてこない。


 振り返ると、渡り始めたはずの橋の入口がなぜかすぐ近くに見えていた。


「……嘘だろ」


 前を向いても橋はどこまでも続いていて、スマホの地図も橋の途中のままだ。


 気味が悪くなり俺は急いで橋を引き返した。


 橋を下りた所に立っていた道路標識には、何事もなかったかのように『ようこそ 群馬県へ』と書かれていた。


 くそっ、こうなったら川を泳いで渡ってやる。


 そう考えて、俺は道路脇の土手を伝って川岸へ下りた。


 流れは穏やかで、深さもせいぜい膝くらいまでのように思われる。


 一歩踏み込むと冷たい水が靴を濡らす。


 恐る恐るもう一歩。その瞬間、足元から川底が消えた。


「うわっ!」


 慌てて足を伸ばして川底を探してみるが、どこにも届かない。


 浅瀬のように思えた川は、まるで底がなくなったように深くなっていた。


 必死にもがいて岸へ戻り、息を切らしながら川を見つめる。


 川は何事もなかったかのように静かに流れていた。


 俺は震える手でスマホを取り出し、Xを開く。


 新幹線もダメ。電車もダメ。歩いてもダメ。川も渡れない。


 #群馬から出られない


 そうポストした直後、画面に通知が表示された。


 拓己からだった。


 『帰れた』


 マジかよ……。


 やっぱり帰れないのは俺だけなんだ。

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