表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蟲獣皇帝ゼロ  作者: 伝説の男前
第一部 運が良ければ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/20

第五話 人類王国への書状

問題は「どうやって人類王国に連絡を取るか」だった。


害獣帝国の迎賓館の朝食を食べながら、悠真は考えた。

害虫連邦の居候で、害獣帝国にたまたま泊まっている無名の転生者が、人類王国に「話し合いをしましょう」と手紙を書く。普通に考えれば、読まれる前に捨てられる。


「書状を書くつもりか」


カラス・クロウが朝食のテーブルに現れた。相変わらず隙がない。いつの間にか悠真の考えを読んでいる。


「そうです。ただ、どう書けば読んでもらえるか」


「人類王国の国王はレグナス・ヴァルハルト。関西弁を使う。話好き。ただし長い。あと——受け取った書状には必ず目を通す習慣があります」


「なぜそれを知っているんですか」


「情報は命です」


カラスはそう言って茶を一口飲んだ。


「書状の内容より、差出人が重要です。神代悠真という名前は、現時点で王国には届いていない。ただし——G・クリムゾンと九尾様の連署があれば、話は変わる」


G・クリムゾンが朝食のテーブルに合流した。昨夜から迎賓館に泊まっていた。


「連署か。ワシはかまへんで」


「九尾さんは」


九尾は窓際に座って外を見ていた。振り返らずに言った。


「……書け。ただし短くしろ。長い書状は読まれん」


悠真はその日の午前中を書状に費やした。


短く、という条件を守りながら、要点だけを書いた。北の脅威。斥候の消失。村落との通信途絶。三者で情報を共有したい。場所は害獣帝国、三日後。


最後に一行付け加えた。


「料理を用意してお待ちしています」


カラスが書状を読んで、一瞬だけ目を細めた。


「……最後の一行は必要ですか」


「たぶん必要です」


「根拠は」


「食べると話が早くなるので」


カラスはしばらく書状を見てから、


「……わかりました。最速の伝令を使います。王国まで伝令鳥で半日の距離です。今日中に届きます」


書状は昼前に、人類王国へ向けて飛んだ。



返事は翌日の夕方に来た。


予想より早かった。


カラスが封を開けて読んだ。表情が変わらない。しかし読み終えた後、わずかに目を細めた。


「……国王レグナスより返書です。読み上げます」


カラスは咳払いをして、読み上げた。


「『まぁ、気楽に行こうや。三日後、うかがいまっせ。ところで料理ちゅうのは何が出るんや、楽しみにしとりますわ。あ、うちのセイリオスが「行くな」言うとるけど、まぁ気にせんといて。以上、レグナス』」


沈黙。


G・クリムゾンが言った。


「……短いな」


「国王のわりには」と悠真も思った。


「話好きで長いと言っていましたが」


「書状は短い方のようです。口頭では長い」


九尾が窓際から言った。


「来る、ということじゃ。それで十分じゃろ」


悠真はうなずいた。三者が集まる。

次の問題は——その場で何を話すか、ではなく、その場が「話し合い」として機能するかどうかだった。


百年間殺し合いをしてきた害虫と害獣。その両方を「害」として排除してきた人類。

三者が一つのテーブルを囲む。それだけで、どこかが爆発する可能性がある。


悠真は厨房に向かった。

まず、何を作るかを考えることにした。



三日後。


害獣帝国の迎賓館に、三つの勢力が集まった。


害虫連邦側:G・クリムゾン、センディア(直前に「やっぱり行く」と言って追いかけてきた)。

害獣帝国側:カラス・クロウ、イタチ・ライア、シビシネア。

人類王国側:国王レグナス・ヴァルハルト、司令官セイリオス(「止めても来やがった」という顔をしていた)、聖騎士レオン・アークライト。


そして、調停者でも外交官でも使者でもない、ただの居候:神代悠真。


会場に入ってきた国王レグナスは、悠真が想像していたより小柄だった。五十代くらいの外見。白髪交じりの金髪。目が笑っている——しかしその奥に、何十年もの統治の重さが見えた。


レグナスは会場をぐるりと見渡した。害虫の幹部たち。害獣の将軍たち。そして——悠真。


「まぁ、よう集まってくれはったわ。うちの国の者は、ここに来るのに勇気いったと思うで。そやからまず、場を設けてくれたことに礼を言いたい。ところで——」


レグナスは悠真を真っ直ぐ見た。


「あんたが神代悠真か」


「そうです」


「書状を書いたのはあんたやな」


「はい」


「スキルなし、戦闘力F、魔力なし。せやのにG・クリムゾンと九尾が連署した書状を書いた人間。まぁ、気楽に行こうや——ってことで来たわけやけど」


レグナスは少し間を置いた。


「あんた、いったい何者なんや」


悠真は少し考えた。


「ただの居候です。料理が得意で」


レグナスはしばらく悠真を見てから、


「……ええな、それ。気に入った」


セイリオスが後ろで「陛下……」という顔をした。



三者会議は、最初から紛糾した。


G・クリムゾンが北の情報を説明しようとすると、人類側の聖騎士レオンが「害虫の言葉を信じろというのか」と立ち上がった。東北弁で、しかし真剣に。

カラス・クロウが統計的な被害状況を説明しようとすると、センディアが「害獣の数字が正確なわけがない」と毒液を少し滲ませた。

レグナスが「まぁまぁ」と言おうとすると、話が長くなり始めて、セイリオスが「陛下、とりあえず」と止めた。


十五分で会議は完全に停止した。


悠真は厨房から戻ってきた。両手に大きな鍋を持って。


全員が悠真を見た。


「料理ができました。食べながら続けませんか」


レオンが「こんな時に料理など——」と言いかけて、鍋の匂いを嗅いだ。

止まった。


「……んだ、これ、なんだべ」


「出汁の煮込みです。三種類の食材を使いました——害虫連邦の苔、害獣帝国の根菜、人類王国の香草。全部一緒に煮込んでいます」


沈黙。


レグナスが「ほう」と言った。


「三者の食材を一緒に?」


「合わせると旨味が増すので」


レグナスは器を受け取り、一口飲んだ。

また一口。

そしてゆっくりと、器を置いた。


「……これは、うまいな」


それが合図になった。

一人が器を取ると、次の一人が取った。センディアが最後まで渋っていたが、G・クリムゾンが「まあ食え」と言い、渋々受け取った。


全員が食べ始めた。


悠真は席に戻った。


しばらく、食べる音だけがした。


レグナスが口を開いた。今度は、さっきより少し柔らかい声で。


「北の話、ちゃんと聞かせてもらおか。うちの国の北方でも、最近おかしなことが起きとってな。村が一つ、使者が届かんようになった」


G・クリムゾンが触覚を動かした。


「人類側でも村落が消えたか」


「消えた、ちゅうより……使者が入れんようになった。北の森ごと、何かに覆われとるみたいで」


カラスが静かに言った。


「三勢力全員の領域で、同時に」


誰も答えなかった。

答えの代わりに、その事実の重さが場に落ちた。



会議が再び止まりかけた時だった。


レオンがテーブルを叩いた。東北弁で、真剣に。


「んだから、害虫と害獣と一緒に動けるわけねえべ! 百年の恨みってもんがあるべ!」


センディアが毒液を少し滲ませた。


「人間に言われたくない。お前たちこそ、我々の土地を何度奪った」


空気が、ぴりりと張り詰めた。


悠真は、反射的に口を開いた。


「……あの」


全員が悠真を見た。


「虫が好きなら、虫歯になりますよね」


沈黙。


完璧な、凍った沈黙。


G・クリムゾンが「なんでやねん」と言った。

レオンが「……んだ?」という顔をした。

センディアの毒液が、止まった。


レグナスが、こらえきれずに噴き出した。


「あははは! なんやそれ! 虫が好きなら虫歯て!」


セイリオスが「陛下……」と言った。しかしセイリオス自身も、口元が緩んでいた。


カラス・クロウが目をつぶった。計算を放棄した顔だった。


九尾が窓際から「ちょろいん」と言った。誰のことかは、この際、誰も聞かなかった。


悠真は「すみません、なんか出てしまいました」と言った。


レグナスはまだ笑っていた。笑いながら、器をもう一度手に取った。


「……なあ、神代悠真とか言うたな」


「はい」


「あんた、外交向きやないな」


「そうだと思います」


「せやけど——こんな場を作れるのは、あんただけやな」


レグナスは煮込みを一口飲んだ。


「三者の食材を合わせたら旨味が増す、か。なかなかええことを言うやないか。憎いことを言うやないか」


そしてレグナスは、テーブルを見渡した。


「まぁ、気楽に行こうや。百年の恨みは百年じゃ消えん。でも——北の何かが全部の村を覆い始めとる。そっちを先にどうにかせんと、恨む相手もおらんようになるで」


レオンが「…………んだな」と言った。

センディアが「……認めたわけではない」と言った。


それで十分だった。



三者会議は、結論を出さないまま終わった。

しかし、次の約束が生まれた。


「一ヶ月後、再度集まる。それまでに各自、北の調査を行う。情報は共有する」


それだけだった。同盟でも協定でもない。ただの「また会う約束」。


しかし——全員が、その約束を破らないだろうと悠真は思った。


帰り際、レグナスが悠真に近づいてきた。セイリオスが後ろについている。


「神代悠真。一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「あんた、最終的に何がしたいんや」


悠真は少し考えた。

スキルなし。魔力なし。戦闘力F。この世界に来て一ヶ月も経っていない。

「したいこと」を大きく言える立場ではない。


でも——正直に言うなら。


「みんなで、美味い飯を食える状況にしたいです」


レグナスは少しの間、悠真を見た。

やがて、


「……ちっさいな」


「そうですかね」


「ちっさいけど——ええな、それ。ワシも好きやわ、そういうの」


レグナスは悠真の肩を一度叩いて、去っていった。

セイリオスが後に続きながら、振り返らずに言った。


「……次の会議も、料理を頼む。とりあえず」


「わかりました」


「とりあえず」は、セイリオスなりの最大限の依頼だと悠真は理解した。



全員が帰った後、迎賓館に残ったのは悠真と九尾だけだった。


九尾は窓際で、空を見ていた。


悠真は片付けをしながら、言った。


「九尾さん。今日の会議、どう見えましたか」


「……ぼんやりとだが、少し見えた」


「何が」


「あの親父ギャグの瞬間に——一瞬だけ、緑の空が見えた気がした」


悠真は手を止めた。


「親父ギャグで、緑の空が」


「ぼんやりしておるから、意味はわからん。後でわかるかもしれん。わからんかもしれん」


九尾は尾を一本、静かに揺らした。


「ただ——今日は、悪くなかった」


「そうですか」


「ちょろいん」


「今回は誰のことですか」と悠真は聞いた。


九尾はしばらく黙ってから、


「……全員、かもしれん」


そう言って、目を細めた。


悠真は片付けを続けた。

鍋の底に、三者の食材が混ざった出汁の残りがあった。

冷めても、まだ匂いがした。



〈第五話 了〉

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ