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蟲獣皇帝ゼロ  作者: 伝説の男前
第一部 運が良ければ

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4/20

第四話 害獣帝国への道

出発の朝、G・クリムゾンは一席打った。


場所は基地の広場。聴衆はセンディアと数名の害虫連邦の幹部たち——半分は義務感で、もう半分は惰性で集まったような顔をしていた。

九尾はその場にいなかった。「先に道を確認しておく」と言って夜明け前に出ていた。


G・クリムゾンは六本腕を構え、独特の「落語体勢」を作り、語り始めた。


話は長かった。脂っこかった。オチが四回あった。


悠真は最後まで聞いた。

センディアは三回「早く終われ」という顔をした。

その他の幹部たちは、二回目のオチあたりで全員どこか遠くを見始めた。


語り終えたG・クリムゾンは、満足そうに六本腕を下ろした。


「どうやった」


「面白かったです」


「お前だけやぞ、そう言うの」


「でも本当に。語り口が好きなんですよ」


G・クリムゾンはしばらく悠真を見た。


「……行くか」


「はい。行きましょう」


センディアが背後から言った。


「総司令。ご武運を」


短い言葉だったが、センディアにしては珍しく、素直な声だった。G・クリムゾンは振り返らずに手を一本上げた。


一行は北へ向けて出発した。



一行の構成は三名だった。

G・クリムゾン。九尾のキツネ。神代悠真。


戦闘力で言えばS、S+、F。

F担当の悠真は食材の入った籠を背負い、二名の強者に挟まれる形で道を歩いた。


九尾は先頭を行き、道中ほとんど喋らなかった。時折立ち止まり、鼻を上げて風の匂いを嗅いだ。

G・クリムゾンは悠真の隣を歩き、道中ずっと喋っていた。


「ワシはな、昔はもっと純粋に戦いが好きやったんや」


「そうなんですか」


「戦えば決着がつく。強い方が正しい。そういう世界の方がシンプルやと思っとった。でも百年やって……何も終わらんかった」


悠真は黙って聞いた。


「センディアみたいな子が、まだ同じことを言い続けとる。ワシが百年前に思っとったことと、まったく同じことを。それが……なんというか、しんどくなってきた」


「しんどい、というのは」


「同じ場所をぐるぐる回っとる感じや。百年、ずっと。ワシが落語を覚えたのもその頃やった。戦いとは違う何かをしたくて」


G・クリムゾンは触覚をゆっくり動かした。


「落語っちゅうのはな、話を聞く人間がおらんと成立せんのや。戦いは相手を倒せば終わる。でも落語は、最後まで聞いてもらわんと意味がない。それがええと思って」


「だから、俺が最後まで聞くのが嬉しいんですか」


「……うるさい。歩け」


「なんでやねん」と悠真は言った。

G・クリムゾンは「お前がなんでやねんを言うな」と言い、九尾が先頭から「うるさい、二人とも」と言った。


道中、最初で最後の和やかな時間だった。



問題が起きたのは、害獣帝国の国境に差し掛かった頃だった。


「止まれ」


茂みから声がした。続いて、五名の害獣兵が現れた。イタチ、タヌキ、カラス——それぞれ獣人の外見を持つ、武装した兵士たちだった。


先頭のイタチが前に出た。細身で長身、無口そうな目をしていた。腰に二本の剣。


「G・クリムゾン。害虫連邦の総司令が、なぜ我が国境に現れる」


「停戦中や。話し合いに来た」


「不可侵協定は締結されたが、総司令が直接来る話は聞いていない」


緊張した空気が漂った。国境の兵士たちが手を剣にかけた。


九尾が静かに前に出た。


「イタチ・ライア。ワシじゃ」


イタチの目が変わった。驚き——そして明らかな動揺。最高参謀が直接国境に現れるのは、それだけ異例のことなのだろう。


「……九尾様。なぜご自身が」


「事情がある。通してもらえるか」


イタチは少し考えた。そして——悠真に目を向けた。


「この人間は」


「同行者じゃ」


「人間を帝国内に入れるのは……規則上、問題があります。報告を上げて許可を——」


悠真は前に出た。


「神代悠真といいます。スキルなし、戦闘力F、魔力なしの転生者です。とりあえず料理を作りに来ました」


イタチは悠真を見た。長い沈黙。


「……料理」


「はい。害獣帝国の食材で何か作りたくて。あと北の気配について話し合いたいことがあって」


イタチはまた沈黙した。明らかに対処の仕方がわからない顔だった。スキルなし戦闘力Fの人間が「料理を作りに来た」と言って国境に現れる——想定外すぎて規則が対応していない。


イタチは仲間の兵士たちと目を交わした。

全員が困惑した顔をしていた。


その時だった。


イタチが——突然、地面に滑り込んだ。


完璧なフォームの、全裸土下座だった。


服が、ない。

なぜかわからないが、完全に服が、ない。


「大変申し訳ございませんでした」


深々と頭を下げたまま、イタチは動かなかった。


誰も何も言えなかった。


G・クリムゾンが「……なんでやねん」と言った。それは今まで聞いた中で、最も純粋な困惑の「なんでやねん」だった。


九尾が静かに言った。


「……あれが奥の手じゃ。追い詰められた時に出る。本人も制御できておらん」


「奥の手が全裸土下座なんですか」


「シビシネアのスライディング土下座と対を成す技じゃ。由来は誰も知らん」


「由来が存在しないやつでは」


イタチはまだ頭を下げたままだった。


「……あの、イタチさん」と悠真は言った。「顔を上げてください」


「大変申し訳ございませんでした」


「謝ってもらう必要は全然ないんですが」


「大変申し訳ございませんでした」


「イタチ・ライアさん」


「……はい」


「ひとつ提案していいですか。俺たちを帝国内に通してくれたら、料理を作ります。あなたたち国境守備隊の分も」


イタチは顔を上げた。

目が、真剣だった。暗殺者の目ではなく——判断する目だ。何かを決める時の、静かな目だった。


「……何を作れる」


「食材次第ですが、何でも。得意なのは出汁料理です」


「出汁」


「旨味を引き出す調理法です。食材の素材を最大限に活かす」


イタチは立ち上がった。——服は、気づいたら戻っていた。誰も何も言わなかった。


「……通す。ただし、俺も同行する。報告義務があるので」


「ありがとうございます」


「礼はいい。歩け」


一行は四名になった。

G・クリムゾンが悠真に耳打ちした(耳がないので触覚を近づけた)。


「お前……また料理で解決したんか」


「解決したのはイタチさんの判断です。俺は提案しただけで」


「……謙虚なんか、鈍いんか、どっちやねん」



害獣帝国の内部は、悠真の想像とは違った。


もっと荒々しい場所を想像していたが、実際には——静かだった。大木が立ち並ぶ森の中に、木と石を組み合わせた建造物が溶け込むように存在している。獣人たちが行き交い、子どもたちが走り回り、市場のような場所では食材が並んでいた。


悠真は市場を通る時、思わず立ち止まった。


「……すごい食材の種類だ」


根菜、葉物、きのこ、肉、魚介に近いもの——害虫連邦の基地周辺とは比べものにならない多様性があった。


イタチが隣に来た。


「……何か気になるものがあれば言え。調達する」


「え、いいんですか」


「料理をすると言ったのはお前だ。食材がないと作れないだろう」


悠真はしばらく市場を見て回り、十数種類の食材を選んだ。イタチは無言でそれを調達した。値段も聞かなかった。


九尾が悠真の隣に来て、小声で言った。


「ライアは無口じゃが、世話焼きじゃ。信頼した相手には何でもする。お前はもう信頼された側に入ったようじゃ」


「なぜわかるんですか」


「あいつが自分から食材の話を持ち出した。それだけで十分じゃ」


「ちょろいん」と九尾は付け加えた。今回は誰のことを指しているのか、悠真にはわからなかった。



夕方、害獣帝国の迎賓館に案内された。


そこで待っていたのは——カラス・クロウだった。

真っ黒な羽を持つ、大柄な鳥人。参謀総長。九尾の右腕的な存在だと聞いていた。


「九尾様。ご連絡もなく、とは驚きました」


「急なことじゃった。事情は話す。まず——」


九尾は悠真を指した。


「この人間に料理をさせろ。約束じゃ」


カラス・クロウは悠真を見た。品定めをする目——しかしシビシネアとは違う。計算している目だった。確率を弾いている目。


「……神代悠真。スキルなし、戦闘力F。害虫連邦に居候していた人間。シビシネアからの報告が昨日届いていました。G・クリムゾンがわざわざ同行したということは——」


「そんなに調べてるんですか」


「情報は命です。ところで——北の件を話しに来た、ということでよろしいですか」


「そうです」


「わかりました。料理の場を設けます。その後で、話を聞きましょう」


カラス・クロウは振り返り、部下に指示を出した。手際が良かった。


G・クリムゾンが悠真に耳打ちした。


「カラスは頭が切れすぎて怖いんや。全部計算してそうで」


「計算できる人がいると助かります」


「お前はどこでも動じんな……」



悠真は厨房を借りて、料理を作った。

食材は市場で選んだもの。出汁は苔から取った。九尾との約束通り。


一時間後、テーブルには三種類の料理が並んだ。

出汁の効いた煮込み。根菜の素揚げに謎のハーブを効かせたもの。そして——この世界で初めて作った、即席の「味噌汁もどき」。


カラス・クロウが一口飲んで、少しだけ目を細めた。


「……これは」


「出汁料理です。食材の旨味を引き出して——」


「旨味を『足す』のではなく『引き出す』、ということですか」


「そうです」


カラスはもう一口飲んだ。また少し目を細めた。今度は計算の目ではなく——純粋に、何かを感じている目だった。


「……北の話を、聞きましょう」


テーブルを囲んで、四名が向かい合った。G・クリムゾン、九尾、イタチ・ライア、カラス・クロウ。

悠真は料理を配りながら、話し始めた。


「害虫連邦では、一ヶ月で斥候が三組消えました。害獣側でも同様のことが起きていると聞きます。北の空が赤黒い群れで覆われるという報告もある」


カラス・クロウが答えた。


「こちらでは二組です。加えて——北方の村落が一つ、先週から通信が途絶えています」


G・クリムゾンの触覚がぴくりと動いた。


「村落が、まるごと」


「はい。斥候を送りましたが、まだ戻っていません」


沈黙が落ちた。


悠真は言った。


「これは——害虫連邦単独でも、害獣帝国単独でも、対処できない規模かもしれない」


カラスが静かに言った。


「同意します。確率論的に見て、単独対処の成功率は——低い」


「では人類王国も含めた三者で情報を共有する場が必要です」


G・クリムゾンが「人類も、か」と言った。それは反対ではなく、確認の声だった。


九尾がゆっくりと口を開いた。


「……ワシの未来視に、今朝また映像が見えた」


全員が九尾を見た。


「北の空が、全部赤黒くなっておった。ただ——その後が、ぼんやりと見えた。赤の中に、緑が一筋だけ残っておった」


「緑が一筋」


「この世界の空の色じゃ。一筋だけ残っておった。何を意味するのかはわからん。ぼんやりしておるから」


沈黙。


悠真は味噌汁もどきを一口飲んだ。温かかった。


「とりあえず——明後日、ここで改めて話し合いの場を設けませんか。害虫連邦からはG・クリムゾンさんの使いを、人類王国にも声をかける。三者で情報を持ち寄る」


「お前が声をかけるのか、人類王国に」とカラスが言った。


「できれば。方法を考えます」


「根拠は」


「運が良ければなんとかなると思っています」


カラス・クロウは一瞬、目をつぶった。計算しているのか、呆れているのか、判断できない表情だった。


やがて、


「……了解しました。場は用意します。ただし——」


カラスは悠真を真っ直ぐ見た。


「その日の料理も、あなたに頼めますか」


悠真は少し驚いた。カラス・クロウが「頼む」という言葉を使った。計算の人間が、計算を超えた場所で何かを感じている、ということだと悠真は思った。


「もちろんです」


イタチ・ライアがぼそりと言った。


「食材は俺が調達する」


「ありがとうございます」


「礼はいい」


G・クリムゾンが「なんでやねん」と言った。嬉しそうな、呆れたような声だった。


九尾だけは何も言わず、煮込みを静かに食べていた。

しかし九本の尾が——いつの間にか、ゆっくりと、穏やかに揺れていた。



その夜、迎賓館の自室で、悠真は天井を見上げた。


害獣帝国に来た。料理を作った。北の情報を共有した。三者会議の場を提案した。

スキルは一個もない。魔力はゼロ。戦闘力はFのまま。


それでも——何かが動いている気がした。


(運が良ければ、なんとかなる)


口癖が、少しずつ本当になっていくような感覚があった。

いや、「運」ではないのかもしれない——でも、そう呼ぶことにしていた。別の言葉を持っていないから。


問題は人類王国への連絡だった。

害虫連邦の居候で、害獣帝国の迎賓館に泊まっている無名の人間が、人類の王国に「話し合いをしましょう」と声をかける。


普通に考えれば、門前払いだ。


(運が良ければ……)


悠真は目を閉じた。

明日の食材の確認をしながら、眠った。



〈第四話 了〉

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