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蟲獣皇帝ゼロ  作者: 伝説の男前
第三部 ユグドラという名の問い

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第十四話 打ちのめされた夜

帰還した時、全員が迎賓館の前で待っていた。


G・クリムゾン。六尾。イタチ。カラス。シビシネア。レグナス。セイリオス。レオン。センディア。ディア・ルミナ。


悠真の顔を見て、G・クリムゾンが触覚を大きく動かした。


「……帰ってきたな


「帰りました


「無事か


「無事です


レグナスが「よかったわ、まぁ気楽に行こうや」と言った。

レオンが「んだ、心配したべ」と言った。

イタチが無言でうなずいた。

センディアは何も言わなかったが、毒液を一度も滲ませなかった。


六尾が前に出た。


「……出汁の湯気、見えましたか


「見えました。一筋の緑も見えました


「よかったです


悠真は全員の顔を見た。

温かかった。

しかし——九尾がいない。

いつも縁側にいた九尾が、もういない。その空白が、温かさの中にあった。


「……ユグドラと話しました。大事な話がいくつかあります。今夜、全員に話します


全員が静かになった。


「その前に——夕食を作ります。腹が減ったので


誰かが小さく笑った。G・クリムゾンだった。


「なんでやねん


温かい「なんでやねん」だった。



夕食を食べながら、悠真はユグドラから聞いたことを話した。


順番に。丁寧に。


ユグドラが目覚めたこと。この世界の管理者であること。大いなるものより古く、大きい存在であること。


そして——百年の戦争が、ユグドラの設計だったこと。


テーブルが、静かになった。


G・クリムゾンは触覚を止めた。

六尾は静かに聞いていた。

レグナスは「そうか」とだけ言った。

センディアは何も言わなかった。

カラスは目をつぶった。計算を止めた顔だった。


悠真は続けた。


「進化の果実も——ユグドラが作ったものです。食べると進化する、ではなく、人格を制御する装置だと言っていました


また、沈黙。


レグナスが「……うちの国でも、果実を食べた者がおる」と言った。静かな声だった。

G・クリムゾンが「害虫連邦にも」と言った。

カラスが「害獣帝国にも」と言った。


全員が、同じことを知った。


悠真は最後に言った。


「ユグドラは謝っていました。俺に。そしてこの世界全員に。自分が設計した戦争で死んだ者たちへの責任を——言っていました


また長い沈黙があった。


誰も何も言わなかった。

夕食の器が、テーブルに並んでいた。出汁が少し冷めていた。


やがてレグナスが言った。


「……神代悠真。お前はその話を聞いて、どう思っとるんや


悠真は少し間を置いた。


「……今は、まだ、整理できていません。話しながら、大丈夫な顔をしていましたが——正直、大丈夫ではないです


レグナスは「そうか」とだけ言った。


「今夜は——少し、一人にしてもらえますか


誰も引き止めなかった。

悠真は席を立った。



部屋に戻って、悠真は床に座った。


窓の外、北の空はまだ赤黒い。一筋の緑が、今夜も細く残っている。


頭の中で、ユグドラの言葉が繰り返された。


——百年の戦争は、ワシが設計した。

——そこで死んだ者たちは、ワシの実験の犠牲じゃ。


G・クリムゾンが百年間、戦い続けた。

その百年が——設計されたものだった。


センディアが「害獣は敵だ」と信じてきた。

レグナスが「害虫は排除すべき」と思ってきた。

シビシネアが戦場を駆け回ってきた。

イタチが剣を振ってきた。


その全部が——管理者の実験だった。


北から帰れなかった斥候のことを思い出した。

一人だけ、戻らなかった斥候。

あの夜、泣いた。

その斥候の死も——ユグドラの設計の中にあった。


そして——九尾が死んだ。


九尾も——設計の中にあったのか。

九尾が「ちょろいんじゃろ、ワシが」と笑った瞬間も。

九尾が出汁を両手で包んでいたあの持ち方も。

「また誇らしかった」と言ってくれたあの夜も。

北へ消えていく銀白色の尾も——全部、何かの設計の中にあったのか。


(じゃあ、俺が動いてきたことは——)


悠真は膝を抱えた。


この一年、悠真が動かしてきたと思っていた。

料理を作って、話を聞いて、少しずつ世界が変わっていくのを感じていた。

でも——もしユグドラの設計の延長線上に、悠真の行動も含まれていたとしたら。

俺がG・クリムゾンと話せたのも、九尾と出会えたのも、九尾が死んだことも——全部、何かに乗っかっていたとしたら。


(わからなくなった)


部屋が、静かだった。

外の赤い光だけが、窓から差し込んでいた。


悠真は——泣いた。


声は出なかった。

ただ、涙が出た。止められなかった。

九尾のことで、すでに泣いた。でも——また来た。

怒りと悲しみと、それから——自分が信じてきたものへの疑いと。その全部が、九尾の死の上に重なって、来た。


のり塩ポテチが食べたかった。

地球に帰りたいとは思わなかった。でも——のり塩ポテチが食べたかった。

それだけが、今この瞬間、悠真に残っていた素直な気持ちだった。



扉が、静かにノックされた。


悠真は答えなかった。


もう一度、ノックされた。


「……入っていいですか


六尾の声だった。


悠真は少し間を置いてから、「どうぞ」と言った。


六尾が入ってきた。手に、器を持っていた。

湯気が上がっていた。


「……出汁を作りました。飲みますか


悠真は少し驚いた。


「六尾さんが作ったんですか


「はい。レシピを見ていたので。うまくできているかどうか、わかりませんが


六尾は器を悠真の前に置いた。

それから、部屋の隅に静かに座った。

邪魔をするでもなく、出て行くでもなく——ただ、そこにいた。


悠真は器を手に取った。

両手で包んだ。温かかった。

一口飲んだ。


出汁だった。

悠真が作るものとは少し違う——もっとあっさりしていて、でも、素材の味がちゃんとあった。


「……おいしいです


「本当ですか


「本当です。苔の旨味が、ちゃんと出ています


「……よかった


六尾は少し間を置いた。


「悠真さん。一つだけ、聞いていいですか


「はい


「今夜聞いた話——百年の戦争が設計されていたこと。進化の果実が制御装置だったこと。それで——悠真さんは、何が一番、つらかったですか


悠真はしばらく考えた。


「……自分が動いてきたことが、意味があったのかどうか、わからなくなったことです


「意味があったかどうか


「俺がG・クリムゾンさんと話せたのも、九尾さんと出会えたのも——全部、何かに乗っかっていたんじゃないかと思ったら。自分で動いてきたと思っていたのに、実は最初から決まっていたんじゃないかと


六尾は少し考えた。


「……私は、祖母から聞いたことがあります。未来視というのは——見えるだけで、変えられる、と


「変えられる?


「見えた映像が全部そのまま起きるわけではない、と。見えたから動いて、動いたから変わることがある。それが未来視の本当の意味だと、祖母は言っていました


悠真は黙って聞いた。


「ユグドラが設計した戦争があったとして——悠真さんが動いたことで、変わったことがあると思います。G・クリムゾンさんが落語を一席打って、誰かに最後まで聞いてもらえたのは——設計にはなかったと、ユグドラ自身が言っていましたよね


「……そうです


「じゃあ——その瞬間は、悠真さんが作った瞬間です。設計の外にある瞬間を、悠真さんは作ってきた。それは——意味があると、私は思います


悠真はしばらく、出汁を飲みながら、六尾の言葉を聞いていた。


「……六尾さん。あなた、不器用だと言っていましたが


「不器用です


「俺には、そう思えないです


「嘘がつけないので、思ったことをそのまま言ってしまうだけです。それは不器用だと思います


「俺はその方が好きです


六尾は少し黙った。


「……祖母が言っていた理由が、またわかった気がします


「何がですか


「悠真さんと話すと、自分が大丈夫な気がしてくる、という理由です。悠真さんは——相手の言葉を、ちゃんと受け取る。それが伝わってくるから、話したくなる


悠真は器を両手で包んだまま、少し笑った。


「……六尾さんの出汁は、祖母似ですね


「え


「九尾さんも——体が冷えやすいから出汁を飲む、と言っていましたよね。温かいものを届ける感覚が、似ています


六尾は少し驚いた顔をした。

それから——照れたように、少し下を向いた。


「……祖母に似ていると言われたのは、初めてです。いつも『全然違う』と言われていたので


「どちらも本当だと思います。全然違うところもあって、でも似ているところもある


六尾は少し笑った。不器用な笑い方で。



六尾が出ていった後、悠真は一人で出汁を飲み終えた。


空になった器を、両手で包んだまま、しばらくいた。


(設計の外にある瞬間を、作ってきた)


六尾の言葉が、頭の中に残っていた。


G・クリムゾンの落語を最後まで聞いた瞬間。

センディアが毒液を止めた瞬間。

レグナスが親父ギャグで笑った瞬間。

九尾が「ちょろいんじゃろ、ワシが」と言った瞬間。

イタチが「食材は俺が調達する」とぼそりと言った瞬間。

カラスが「料理も頼めますか」と聞いた瞬間。


それらが——設計にない瞬間だったとしたら。

ユグドラが「計算が外れた」と言った瞬間が——全部、そういう瞬間だったとしたら。


(俺が作った、ということになる)


確信はなかった。

でも——六尾の出汁が、温かかった。

六尾が「不器用だから思ったことをそのまま言う」と言って届けてくれた言葉が、温かかった。

これは——設計にある瞬間か。


(たぶん、ない)


六尾が参謀になったのは、九尾が死んだから。九尾が死んだのは、前衛部隊から時間を稼いだから。その全部の連鎖の中に——ユグドラの設計は、なかったはずだ。

悠真が来てから——計算が外れ続けた、とユグドラは言った。


じゃあ、この瞬間も——外れた計算の上にある。


悠真は、深く息を吐いた。


怒りは——まだあった。

でも、少し、落ち着いてきた。

怒りながら、考えられるようになってきた。


(これでいい)


全部を消化できたわけではない。

明日も、ユグドラのことを考えると複雑な気持ちになるだろう。

でも——今夜は、六尾の出汁が温かかった。それで十分だった。


悠真は器を置いた。

布団に横になった。


窓から、北の空の赤みが差し込んでいる。一筋の緑が、今夜も細く残っている。


(運が良ければ——)


口癖が、今夜は少し違う重さで来た。

「運が良ければ」は、何もしなくても良くなる、ではない。

やれることをやって、それでも足りない部分を運に預ける。

そして——やれることの中には、「設計の外にある瞬間を作る」ことも含まれる。


悠真はそれを、今夜初めて、はっきり思った。


明日——G・クリムゾンさんと温泉の話をしよう。

カラスに次の手を相談しよう。

六尾の出汁のレシピを、もう少し一緒に考えよう。


やることは、ある。


悠真は目を閉じた。


「ちょろいんじゃろ、ワシが」という声が、また頭に来た。

眠れないかと思ったが——六尾の出汁の温かさが、まだ体に残っていた。


それを感じながら、眠った。



〈第十四話 了〉

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