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終末の血族  作者: 天津千里
11章:灰燼のアスミノール
87/95

第87話 灰燼のアスミノールVI

【帝国紀元1800年1月28日 14:00】

【アスミノール西街区・イオス神殿臨時救護所詰所】


 瑞希は羽根ペンを置き、書き上げたばかりの紙を見直した。


「これでよし……っと」


 表には怪我の度合いと精神状況ごとの人数が整理されている。慣れない作業だったが、それなりにまとまった気がした。


「できたけど……こんなのでいいのかな?」


 答えてくれる相手もなく呟いたとき、詰所の扉が開いた。


「お邪魔するわよ」


 ユリアだった。交代で休んでいた医療班の面々がはっとして背筋を伸ばす。


「ユリア様! わざわざどうされたんですか?」


 奥から顔を出したアウレリアが驚いた声をあげた。


「アウレリアもいたのね。ちょうどいいわ」


 ユリアは手短に本題へ入った。


「急遽進軍指示が出てね……ここも移動することになったわ」


「移動ですか?」


 アウレリアが眉をひそめる。


「ええ。大隊は旧市街南側のアスミノール中央公園へ移動するわ」


「南まで……ですか。軍のことはわかりませんが、結構離れているような……」


 地図を思い浮かべるような顔をするアウレリアに、ユリアは続けた。


「あなたたちにも関係あることだからこの場で言っておくわ。旧市街への第一次攻撃隊は失敗。私たちは攻撃隊の収容と第二次攻撃隊への参加が任務よ。あなたたちも収容に参加してもらうわ」


「攻撃隊が失敗……?」


 瑞希は思わず聞き返した。


「どうも強い部隊がいるらしいわね。隣の部隊をやったのもその一部みたいよ」


 先ほどまで診ていた負傷兵たちの顔がよぎる。あの夜の襲撃すら、その一部の部隊でしかなかったなんて……。


「なら負傷者も多いのですよね……わかりました。準備をしますが、ここの人たちはどうすれば……」


 アウレリアが詰所の外、負傷兵たちが収容されている天幕の方へ目を向けた。ユリアが瑞希に視線を移す。


「人数の集計はある?」


「あ、ちょうどまとめ終わっています」


 瑞希が差し出した紙に、ユリアが目を走らせた。


「どれ……へぇ、よくまとまってるわ」


 すぐに指示が飛んでくる。


「怪我がひどい兵と士気が低い集団は後続の部隊へ引き継いで。士気があって足を骨折が十名? 瑞希、これは動けるの?」


「杖をついてなら。立つのが厳しい人は重傷者に入れています」


「なら整備班に回しましょう。ベルンハルトが銃の整備員が足りなくて悲鳴をあげていたわ」


 ユリアの視線が紙の別の列へ移る。


「腕を負傷ね……この兵たちは警戒に回しましょうか。遊ばせている余裕はないわ」


「は、はい! すぐに手配します!」


 アウレリアが返事と同時に動き出す。


「あ、手伝います!」


 瑞希も続こうとすると、ユリアが手を上げた。


「瑞希はこの情報の写しを作って。それから後続部隊への引継ぎをしてから公園で医療班に合流して」


「はい!」


「アウレリアは手配が終わったら医療班を率いて部隊に着いてきて。向こうの医療班の手伝いを」


「わかりました!」


 詰所が一気に慌ただしくなった。


* * *


 後続の部隊への引継ぎを終えた瑞希は、医療班の面々とともに少数の護衛に守られながらアスミノール中央公園へと向かった。


 公園の広場には多くの天幕が張られており、その間を医療班の兵や神官たちが忙しなく駆けまわっていた。天幕に入りきらなかった負傷兵が外にも寝かされており、第一次攻撃隊の被害の大きさを物語っていた。


(こんなに負傷兵が……。第一次攻撃隊はいったいどうなったんだろう……)


「所属を」


 入口で警備兵に呼び止められた。


「カラディン軍ユリア大隊医療小隊です。負傷者の引継ぎを終えて合流せよとのことで来ました」


「ああ、あの巫女さんのところか。話は聞いている」


 警備兵が奥を指差した。


「そこの奥の天幕を担当してもらっているから行くといい」


「ありがとうございます」


 踵を返しかけたとき、旧市街の方角で爆発音が響いた。慌てて音の方を見ると、公園の横の建物の向こう側から黒煙が上がっている。


「あれは?」


「何度も魔法を撃ち込まれているようだ。無駄なことを……」


 警備兵が忌々しげに空を見上げる。


「今までだったら大砲を撃ち返してたような……」


「旧市街の中かららしい。あれを止めるために旧市街への突入を急いだらこの有様だ」


 苦い顔で公園を見渡してから、警備兵が続けた。


「すぐに次の攻撃隊が編制されるらしいからな。まあそれまではうるさいだろうが我慢してくれ」


「は、はい」


 警備兵と別れ、瑞希は負傷兵たちの間を縫うように奥の天幕へと向かった。


(意味もなく魔法なんて撃ち込んでくるのかな? 何も考えていないってことはないような気がするけど……うーん……分かんない……)


 考えがまとまらないまま天幕の入口をくぐる。


「瑞希です。引継ぎを終えてきました」


「ああ、ミズキさん。ちょうどいいところに。早速手伝ってもらってもいいですか?」


 手を止めたアウレリアがこちらを向いた。


「あ、はい」


「先ほどの記録をここでもとってもらってもいいですか?」


 首を傾げる瑞希に、アウレリアが説明を続ける。


「え? いいですけど……あんなのでいいんですか?」


「はい。ユリア様も褒めてましたし……。ただ、私たちは習得していないので、ミズキさんにお願いしたくて」


「はあ……そういうことでしたら、喜んで」


「ありがとうございます」


 アウレリアが嬉しそうに笑った。


(ちょっと意外なとこで必要とされたけど……がんばらないと)


 天幕の外では、旧市街から魔法の音が断続的に響いていた。

 空の陽が翳りを見せ始めた頃、記録がひと段落した瑞希は外の空気を吸いに天幕から出ていた。


 周囲には負傷者の呻き声が満ち、遠くでは砲撃音や戦闘音が響いている。その音が、なんとなくいつもより近い気がした。


「あれ……?」


「どうされました?」


 ちょうど休憩に出てきたらしいアウレリアが、水を手渡しながら声をかけてきた。


「あ、ありがとうございます。なんか、戦闘音が近いような……」


「そう、ですか?……私には分かりませんが……」


 アウレリアが首を傾げる。そのとき、瑞希の視界の端に慌ただしく動く警備兵の姿が映った。


「警備の人も何か慌ただしくないですか?」


「あら、たしかに急いでいるように見えますね……え?」


「ちょっと様子を見てきます! アウレリアさんはここにいてください!」


「あ、ちょっと!」


 アウレリアの声を背に、瑞希は走り出した。


 広場の奥、警備兵たちが集まっている場所まではそれほど遠くはなかった。先ほどまで遠くに聞こえていた戦闘音が、はっきりと近い。


(やっぱり……近い……!)


「何かあったんですか?」


 最初に声をかけてきたのは、入口で瑞希に誰何した警備兵だった。


「どうやら敵が突撃してきたらしい。第一次攻撃隊のこともあるから、我々も防衛態勢に入ることになったんだ」


 隣の若い兵が気さくな口調で続ける。


「君は医療班だろう? 戻っていていいぞ」


「あ、私、今は護衛兵をやってて……その前は医療班だったから手伝っていたんです。なのでここにいてもいいですか?」


「護衛? その若さでか?」


 一番年嵩の警備兵が眉をひそめた。渋い顔のまま腕を組む。


「無理しなくていい。ここは戦場なんだ。平時とは違う」


「医療班だったんだろ? いいじゃないか、ここにいてもらおう」


 最初の警備兵が口を開いた。


「近くに医療班がいたほうが安心だろ」


 若い兵が同調する。年嵩の警備兵がなおも渋い顔をしていると、後ろから声がかかった。


「ミズキさん!」


「アウレリアさん、いてくださいって言ったのに」


「私も気になったので……何かあったのでしょうか?」


「近くで戦闘が始まって我々も備えているところでな」


 年嵩の警備兵がアウレリアに向き直って答えた。


「そうでしたか……では私もここで治療のお手伝いをしましょう」


 若い兵が嬉しそうに顔を上げた。


「巫女さんもいてくれるなら心強い。前線で即座に止血できれば助かる命も増える。彼女に巫女さんを護衛してもらえばいいじゃないか」


 年嵩の警備兵が小さく息を吐く。


「そう、だな……よろしく頼む」


「はい!」


「では我々ももう少しだけ前へ出るからついてきてくれ」


 最初の警備兵が促した。


「わかりました」


 アウレリアが頷き、二人は警備兵たちの後に続いた。


 公園の一本北側の路地は、防衛態勢の構築のため兵士たちの熱気に包まれていた。土嚢を運ぶ兵の掛け声、バリケードを組む木槌の音に混じって、先ほどより更に大きく戦闘音と怒号が聞こえてくる。


 瑞希たちも指示された場所に診療道具を準備し、簡易のベッドを組み立て始めた。その最中にも北からは次々と負傷兵が運ばれてくる。


(また……さっきよりどんどんペースが早くなってる……)


「こちらは終わりました」


 アウレリアが手を止めてこちらを見た。


「あ、こっちももう終わります」


「あの……こんなに次々と負傷兵が運ばれるなんて……北ではいったい……」


「わかりません……でも、嫌な予感がします」


 その言葉が終わらないうちに、北から兵が駆け戻ってきた。


「敵襲! 敵襲! 備え……ゴフッ」


 叫びの途中で兵の体が止まった。胸元に投槍が深々と突き刺さっている。そのまま崩れ落ちる体を見て、周囲が一瞬凍りついた。


「アウレリアさんは物陰に!」


 我に返った周囲の兵が一斉に銃や剣を構える。瑞希も腰の剣へ手を伸ばした。


 やがて硝煙と土埃の向こうから、武装ゾンビの一団を率いた重装の騎士が姿を現した。全身を分厚い鎧で固めたその姿に、兵たちの間にざわめきが走る。


「あれは……なんだ? 騎士?」


「武装ゾンビじゃないのか?」


「あんな重装を着たやつなんて見たことないぞ」


「中衛、構え!」


 指揮官の怒鳴り声が兵たちの困惑を吹き飛ばした。路地に静寂が広がる。


「撃てぇ!」


 轟音とともに斉射が放たれ、硝煙が視界を白く遮った。


「は?」


「おい、聞いてないぞ! なんだあれは!」


 煙が晴れた先で、騎士の周囲に淡いシールドの光が輝いていた。銃弾を弾いたのだ。


「第二射用意!……撃てぇ!」


 再び硝煙が広がる。指揮官の声が続く。


「前衛は迎撃の準備をしろ! 第三射用意!……視界が晴れたらすぐに分隊斉射!」


 射撃の準備をする兵たちの声、前に出る前衛の鎧の音。その隙間に、重い足音が混じり始めた。


 硝煙の雲が晴れようとした瞬間、その雲を切り裂いて槍が飛んだ。指揮官の体が揺れ、そのまま膝をつく。


「中隊長!?」


「医療班を呼べ!」


「馬鹿! 前を見ろ! 来るぞ!」


 剣閃が煌めき、前衛の近接兵が一人崩れ落ちた。空いた隊列に銃撃が叩き込まれるが、シールドが光り、弾丸が虚しく落ちる。


 周囲の近接兵たちが硝煙から飛び出してくるゾンビたちと交戦を始めた。


「早く撃て! 飛び込まれるぞ!」


「なんだこいつ!? ぐっ……」


 防衛陣地は瞬く間に激しい戦闘へと叩き込まれた。


 瑞希たちのいる仮設の治療場所に、次々と兵士が運ばれてきた。


 瑞希とアウレリアは急いで傷口の洗浄と止血を済ませては次の負傷兵へと向かう。その繰り返しが続いた。


「次だ! 頼む!」


「はい!」


 だが、それも長くは続かなかった。負傷兵を運んできていた兵たちの姿が、いつの間にか見えなくなっていた。


「ここか。貴様がこの部隊の要か?」


「誰!?」


 振り返ると、目と鼻の先に騎士が立っていた。周囲には何人もの兵が血を流して倒れ伏している。いつの間に突破されたのか、気づかなかった。


「騎士……? え? 今の声はあなたが?」


「いかにも」


「人間……なんですか?」


「ミズキさん! その騎士、人間じゃありません!」


 アウレリアの鋭い声が飛んだ。


「そういうことだ。死ね!」


 騎士が剣を斬り上げてくる。瑞希は咄嗟に剣を抜き、辛うじて受け止めた。


「ぐっ」


 続けざまに何度も斬りつけてくる。瑞希は素早く剣を合わせ、一撃一撃を弾き返す。


(重い……! 守るだけじゃ……)


 大きく振りかぶり斜めに斬りつけると、騎士が剣を合わせてくる。


「むっ……小娘、貴様何者だ?」


「人に名前を聞くなら」


 剣を弾いてからもう一度斬りかかるが、再び止められる。


「自分から名乗って!」


 騎士が強く力を込め、瑞希の剣を弾き飛ばすように押し返した。瑞希は後ろへ下がり、距離をとる。


「未熟者に名乗る名など持たん」


 騎士が一気に距離を詰め、横薙ぎに剣を振るう。瑞希がさらに一歩下がって躱し、カウンターで逆袈裟に斬りかかる。騎士は軌道をずらして受け流すと、そのまま上段に構えて振り下ろしてきた。


 受け止めた瞬間、重さが全身に響いた。


「お、重い……」


 片膝がついた。


「諦めろ。貴様じゃ勝てん」


「うるさい……!」


 地面を強く踏みしめ、勢いをつけて騎士の剣を押し返す。騎士が僅かに後退した瞬間、瑞希も後ろへ跳んで距離をとった。


「馬鹿力め……!」


 今度は瑞希から飛び込んだ。勢いのまま横薙ぎに払う。騎士が剣を立てて受け流し、態勢を崩した瑞希へ向けて剣を振り下ろす。素早く下がったが完全には躱せず、腕に赤い線が走った。


 騎士が大きく踏み込んで剣を振り下ろす。受け止めた瞬間、騎士の蹴りがまともに入り、瑞希は大きく吹き飛んだ。


 背中が柵に叩きつけられた。


「ミズキさん!」


 アウレリアが手をかざすと、重かった体が少しだけ軽くなった。


「危ないから離れて!」


「ですが……」


 騎士がアウレリアへ短剣を投げた。瑞希が咄嗟に剣で弾く。


「キャッ」


「はやく!」


「は、はい」


 アウレリアが後退するのを確認してから、瑞希は騎士と向き直った。


「もう諦めろ。ここももうすぐ制圧する。助けは来ない」


「剣で勝てないからって口で勝負するんですか?」


「生意気な……」


 騎士の後ろに武装ゾンビが数体集まってきていた。


(なにか、なにか手は……)


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