第9話 そして僕は僕たちを思い出す
「よっし、つかまえた!」
僕の後ろから巧の声がした。僕は振り返った。
巧はさっき別れたときと変わらない様子だった。ううん、ちょっと疲れてる感じがする。
僕は巧にすがりつくようにして駆け寄った。そのときには辺りの靄は晴れていて、代わりに月明かりで照らされた山道とお地蔵様がある。その傍ではオニールさんが仁王立ちになって辺りをにらみつけているけれど、巧が戻っていることに気がついていない。そして、僕がさっきいた場所から動いていることも。
「これ、どうなってるの?」
「ちょっと位相がずれてるんだよ。グラハムからすると一瞬の出来事でしかなくて、俺たちのことは見えてない。妖精たちはわかってるけど、妖精たちがどう説明したところで、ここの空間をあいつが感じ取れるようになるわけじゃないからな。で、こいつだ」
巧は黒い光で縛られた王子を見た。王子は少し苦しそうな表情をしてたけど、巧をまじまじと見てから、驚いたように言った。
「もしかして君、術式の担い手だったことがある?でもこんな子どもがそんなことできるわけないし。いや、見た目通りの年齢じゃないってことかな」
「やっぱりお前、翼の城の女王の息子ってことでいいんだな?」
巧の片方の口の端が少しばかり上がる。
「よかった、当たって。でなかったら、この世界の隅々まで探しに行かないとならないところだった」
「僕が誰か知っていてこういう扱いをするのはどうかと思うけど」
王子は苦笑気味に笑いながら言う。
「しかも、さっき、僕の友だちを消し去ったよね?」
「あんなのただの分身だろ。本体は無事なんだから問題ないってもんだ」
「乱暴だなあ。でもまあ、そういうのが相手なら、僕も手段を選ばなくていいってことだね」
王子はにっこり笑った。その瞳が赤く輝く。
僕は思わずそれを見て、しまった!と思った。
そして僕は意識を失った。
気がついたとき、僕は曇り空の下にいた。足下は岩の大地、そして周りは崖で囲まれている。
僕の目の前には二人の人がいた。一人は血を流して倒れている。もう一人はそれを見下ろしている。倒れているのは白い肌に長い灰色がかった茶色の髪の男の人。一見女の人かなって思ったけど、若い男の人だ。黒い服を着て、長い髪をゆるく後ろでくくっている。
見下ろしているのは白い肌に白い髪の若い男の人で、白い服を着ている。倒れている人と同じくらいの年齢に見える。
そしてわかった。倒れているのは僕で、それを見下ろしているのは巧だ。
でも、何でこんな光景を見ているんだろう。まあ、いいけど。あそこにいる僕の体験をもう一回追体験するよりかはいい。あのとき、とっても痛くて苦しかったからなあ。まあ、眠るように息を引き取った、っていうのでなければ、死ぬときは大抵苦しいのだけど。
白い服の人は、巧は、泣きそうな顔をしていた。
「お前、何で自分を治さないんだよ。魔力を自分に回したら、生きられるだろ」
「でも、それだと僕だけが助かって終わりだ。それよりは、今はこの状況を最大限に活かして、僕らみたいな人間が出ないようにした方がいい。僕が生き延びてもまた同じことになるかもしれないし、それじゃ意味はないだろう?」
そこへ、ずずずと何かが這ってくるような音が近づいてきた。巧がそちらを見る。
やってきたのは黒いワニだった。クロウ・ラムという名前の、巧の使い魔だ。
クロウ・ラムは背中に男の子を乗せていた。シンという名前の、このときの僕が拾って育てていた子どもたちのうちの一人だ。
シンは言った。
「クロウが全部やってくれたよ。もうこの辺は安全だ」
そう言うシンも泣きそうな顔をしている。
「ねえ、司、やっぱりやるの?」
シンは倒れている僕に話しかけた。司。それがこのときの僕の名前だ。その後も巧がずっと呼び続けた名前。
巧は息を呑み、そして僕へと視線をやった。
「まさか、例の術式のことか。お前、最初からこうなることを見込んでたのか」
僕は弱々しく笑った。
「まさか。これはたまたま。僕には自殺願望なんてないよ」
「でも、今」
「もしものときは、って話をしてただけ。故郷を出たときから術式の研究は続けてたし、もしそれを活かすことができる状況が出来たら実行する、って」
「こんなガキにする話じゃねえだろ。しかも俺には内緒かよ」
「だってアールに言ったら反対するでしょ。で、その後、妨害を始めるかな」
アール、というのが巧の名前だ。本当の名前、というのでいいのかな。生まれて初めてつけられた名前。僕がつけたんだ。基本的に巧はいつもこの名前を使っていた。今みたいに、それ以外の名前を使っているのは珍しいんだ。多分、僕がそう呼んだからそのまま使っているんだろう。
見ているうちに、僕の体から魔力が急激になくなっていく。アールは慌てたように言った。
「わかった、わかったから。その術式の情報を俺に開示しろ。どうせ後始末がいるんだろ。お前が研究を続けてたってのはそういうことなんだろ」
「ありがとう、アール。じゃあ、渡すね。それと、第一段階は発動済みだから」
僕は左手を肘から上だけあげた。アールはその手を握る。術式の情報伝達。僕はこのとき、とっても安堵していた。アールが引き受けてくれたら間違いないとわかっていたから。
情報のやりとりが二人の間でされて、そしてその次の瞬間には、アールは何かを決意したような表情になった。
アールは僕に言った。
「わかった。後のことは任せろ。お前の術式の欠点も俺の方で補っておいてやる」
「ありがと……。でも、碌な方法じゃない気がするなあ」
「俺を信じろ。そして感謝しろよ。俺が超常の者だったことにな」
「ああ、やっぱり……。アールに全部負担がかかるようなことになるんでしょ。それも嫌で黙ってたのに」
「仕方ないだろ。お前が命を賭けてやろうとしていることが無駄になるなんてこと、俺が許せるかよ。その代わりに対価を寄越せよ。俺がただ働きしないのはわかってるだろ」
「それも教えなかった理由なんだけど。僕にできることなんてもうないよ」
「大丈夫だ。簡単なことだから。お前は転生しろ。今の生の記憶を持って、それでまた俺とつるめ。入船司、それが俺がお前に求める対価だ」
僕は穏やかにほほえんだ。アールらしいなあと思いながら。
「うん、あと一回くらいならつきあってもいいよ」
「馬鹿か。回数制限なしだ」
「わがままだなあ……」
そして僕は動かなくなった。
うん、僕が知っているのはここまで。でも、目の前ではその後の光景も流れている。
アールは僕の目を閉じさせ、それから目に涙を溜めて見ていたシンと、表情もなく様子を見ていたクロウ・ラムを振り返った。そして言う。
「クロウ・ラム、司の体を取り込め。お前の中でこいつの体を保管する」
「アールさん、何言ってるの?司さんをクロウに食べさせるってこと?」
シンが泣きながら抗議する。アールは眼光鋭く言った。
「お前も知っている筈だ。司の術式の欠点は持続性。最初の術者の体を核とし、その命と多数の人間の血を対価として強固な結界を発動させるが、術の発動は二段階あって、最初の術者の死後にその地位を引き継いだ次の術者が二段階目の術の発動を行わないといけない。そして、術の核と術者の地位を引き継いだ者の二者が存在し続けないと、術の効果はもってせいぜいが十数年だ」
「でも、東の国みたいにすればいいじゃないか」
「あっちはミイラ化した最初の術者の体を神殿で特殊な術式で守ることで核の維持を為しているが、今こいつの体をそういう風に保存する技術も人手もないし、維持し続ける体制が整っていない。しかも、東の国の術式に司が手を加えたために、あっちと同じ核の保存方法で良いかどうかの検証もできていない。だが、クロウ・ラムの中なら、あらゆることが解決する。核は術式が発動したときと同じ状態を保ち続けることができる」
「それは……」
「それと、術者の地位は俺が継承するから安心しろ。俺ならかなりの時間、担い続けることができる。でも言っておくが、永遠にそれをやるつもりはないから、お前は俺の後釜を用意しろよ。あいつの記憶では、そのための術式も書き物にしてお前に渡してあるってことになっていたぞ」
「うん、もらってる。でも、結構時間がかかるよ?僕の一生だけでは足りないかも」
「それでもいい。まあ、二百年くらいは余裕だからな」
「二百年で死ぬってこと?でも、アールには寿命ってものはないんでしょ?」
「ばーか。俺の寿命がどうこうじゃない。俺が飽きるってことだよ。役目を担っているときは、結界の中から動けないからな。そうだ、術者の居場所も作る。術を担っている間は俺はそこにいるし、俺の後を継ぐ術者もそこを使えばいい」
「それって簡単に行ける場所?」
「いや。防御のために、特別な空間を作る。お前は一人でせいぜい励めよ」
「僕一人じゃ無理だよ」
「じゃあ、クロウ・ラムを貸してやる。どうせ司の体を保存するためにこの世界に居続けないといけないからな」
アールが言うと、シンはようやく笑顔を見せた。
「わかった。僕、頑張る。本当は僕が術者の地位を受け継いで、第二段階の術の発動をするつもりだったんだけど」
「準備もできてないのにただお前が継いだんじゃ、東国の二の舞になるだろ。あっちは普通の人間が術者の地位を継いでるから、術の継承者を十年おきに更新しないとならなくなっているんだぞ」
「うん。司さんはそれが嫌で、あっちを抜け出してまで術の改良を続けてたんだしね」
アールは次にクロウ・ラムの前にひざまづくと、優しい声で言った。
「お前は術の核を保管し続けることになるから、俺が術者の役を担っている間は近づかない方がいい。シンが俺の後釜を作り上げて役をそいつに引き継がせたら、お前に会いに行くから。とにかく、司のことを頼むぞ」
クロウ・ラムは頷いた。
そしてクロウ・ラムは僕の体を吸収した。口から食べる、とかじゃなくて、光で僕の体を包むと、光ごと体の中にとけ込ませていった感じ。
それから、アールはクロウ・ラムの額に手をかざすと、何か聞き取れない言葉を早口で言っていたが、最後に力強く宣言するように言った。
「術式・月の王、発動」
そして、辺りに光が走った。
成長した司と巧が出てくる「男性Vtuber四人の担当になったが、全員普通ではなかった話」もよろしければどうぞ。




