第8話 翼の城の王子
彼の中にある術式。
いきなり何を言っているんだと、さっきまでの僕だったらそう思っただろう。でも、今の僕はそうじゃない。目の前にいる男の人が何でできているのかわかった。元になっているのは二つの存在から分かたれたもの。それを繋げるのは強力な魔力で、そしてそれらによって一つの術式が守られている。
その術式に僕は心当たりがあった。僕が作ったものだ。ううん、僕が作ったものそのままではないけど、原型は僕が作ったもので間違いない。
遠い昔、大事なものを守ろうとして作ったもの。死に際に、引き継いでくれると約束してくれた人がいたけど、ここまでになっているとは思わなかった。
マントの青年は僕を驚きの目で見ていた。
と、青年の肩に乗っていた猫みたいな生き物が口を開いた。
「おい、王子。こいつ、おかしいぞ」
その見た目には似合わないちょっとざらざらした感じの男の人の声だ。この猫、生き物じゃないっぽい。うん、これも前の僕だったらわからなかったことだ。
王子と呼ばれた青年は困ったように微笑んで、
「おかしいっていう言い方はどうかなあ。いろいろなものに恵まれているだけだよ?」
とても爽やかな、春が香るような声だった。猫みたいな生き物は少し顔をしかめながら、
「そいつは言い方の問題だけだろ。おかしいことには違いないっての。お前の親父さんの術式の発動でよその世界に飛ばされたまではわかるけど、そこから更に時間を移動させられて、その先でいきなりこの状態のお前を見ることができる奴と対面するなんて、レアもレアだぞ」
「それは確かに。でも、敵じゃないみたいだよ。僕の対価になった人の関係者みたいだ。ほら、同じ系統の妖精たちがついてる」
王子は僕に向けて手を差し出した。
「こんにちは。僕はアレクシス。ここがどんな場所かを教えてくれないかな。普通の空間とは違うみたいだけど、ここから自力で出ても大丈夫か知りたいんだ」
「……あなたは、何なんですか」
僕はゆっくりと訊いた。この人を行かせてはいけない、時間を引き延ばさないとと思った。何となくだけど、僕に話をする価値がないと思ったら、この人はここから去って二度と会えないだろう。それは避けたい。少なくとも、術式のことは知りたい。……解析。そう、解析だ。どれくらい時間をかければできるだろうか。術式は結構複雑になっているみたいだから、時間はかかりそうだけど、きっと面白いものが見られる。
王子は少し困った様子で、
「僕もちょっと説明が難しいんだけど。キョウ、何て言ったらいいのかな。子どもって難しい言葉とかわからないんだよね?」
「お前な、こんなときにそういう確認とかしてくんなよ。そもそもこいつが見た目通りなわけないだろ。お前がいつも話してる通りでいいんだよ」
「でも、他の世界の存在とか知らなかったら?説明難しいでしょ」
「だから、そこも含めてこいつは全部知ってるって顔だ。ガンガン喋れ」
「ああ……じゃあいいのかな。えっと、僕はさっきも言ったけどアレクシスっていう名前で、翼の城の女王の息子です。翼の城……わかるかな?」
僕の脳の奥底で小さな光が瞬いた。過去の記憶だ。僕はどこかでそれをきいたことがある。
僕は短く言った。
「いろんな世界から戦士を預かって鍛える場所ですよね。きいたことはあります」
「そっか、よかった。僕はそこにいたんだ。さっきまでね。で、ちょっとした事情があって、多分君たちの世界の誰かと交換でこっちに来たんだよ」
もしかして、その誰かっていうのは健吾さんのことだろうか。
「ちょっとした事情って?」
「えっとね、僕は父さんの仕事を引き継ぐために作られてて、その引継の前によその世界に行っていろいろ見てこないといけないことになっているんだ。修行、っていうのかな?で、そのときが来たみたいなんだよね」
「みたい、って、自分で決めるもんじゃないんですか」
「それがそうはいかなくて。父さんが作った術式……えっと術式ってわかるかな、それが発動したら僕は絶対にそれに従うようになってるんだ。で、それがいつ発動するかは僕には決められなくて。僕の準備が整ったと術式が判断したら発動することになっているのだけど」
僕は少し満足する。この会話で、術式についての情報を引き出せた。でも、まだ足りない。
「修行に行くのに、誰かと交換しないといけないんですか。交換ってことは、あなたがこちらに来たときに、誰かがあなたの世界に行ったってことですよね」
「そうだね。それをしなかったら、僕が行く先の世界が抱える存在が一つ増えちゃうわけでしょ。それで大丈夫な世界もあるけど、そうでない世界もあるから、僕がどんな世界に行くことになっても大丈夫なように、きちんと交換しておいた方がいいんだって」
「……多分、あなたと交換であなたの世界に行ったのは、僕が知っている人だと思うんですけど。何故あの人だったんですか」
「ごめん、本当に申し訳ないけど、それも僕がどうかできるものではないんだ。僕と引き替えに僕の世界に行っても生き残られる可能性が高い人が選ばれるっていうのはきいているんだけど」
「あなたの代わりに行った人は翼の城に行ったんですか」
「それは、多分?」
王子は首を傾げる。が、肩の上の猫に似た生き物は首を横に振りながら、
「それはわからんぞ。王子が城の外にいるときに術式が発動したからな。普通に考えたら、王子がいた辺りに移動する筈だから」
「じゃあ、城の外に移転したってこと?それってかなり危ないよ?」
王子が少し焦って言う。……僕も焦った。巧は健吾さんを探しに行ったんだ。健吾さんが危ない場所に行ったんだったら、巧も危険な目に遭っているということになってしまう。
「あの、危ないってどういうことなんですか。危険な場所なんですか」
「それはまあ……。翼の城がある場所がそもそも危険な大型生物が多く徘徊してるし、翼の城で鍛えられた戦士が強力な存在になって戻ってくるのを恐れる勢力からの攻撃も結構あるから。それに巻き込まれる可能性が高いね」
僕は話をきいていて体が震えてきた。どうしよう。巧はそんなところに行ってしまった。もし戻ってこれなかったら?妖精たちは、巧が行ったおかげで健吾さんは死なないですんだ、とオニールさんに話した。でも、巧は?助けに行った巧が無事じゃない可能性だってあるんだ。
猫に似た動物が俺の顔を見ながら、
「おい、こいつ、泣きそうになってないか?」
「やっぱりそうなんだ?ごめんね、僕、子どもの相手なんてしたことなくて」
「大丈夫だ、お前は悪くない。俺たちは伝えるべきことを話しただけだからな。……ちょっと待て、王子、回避しろ!」
猫に似た動物が王子の肩から飛び上がった。そのまま逃げようとしたところをレーザーみたいな光が飛んできて、それを消し去った。
「キョウ?」
王子が身構えながら辺りを見回す。その体の回りに黒い光の輪が現れて、そのまま王子の体を縛り上げた。
「よっし、つかまえた!」
僕の後ろから声がした。振り向かなくてもわかる。
巧だった。




