第10話 翼の城の女王
ずっと以前の僕、入船司の体は、アールの使い魔である黒いワニの体に吸収された。それを見届けて、アールは何か特殊な言葉を早口で言い、最後に力強く宣言するように言った。
「術式・月の王、発動」
そして、辺りに光が走った。術式の効果が辺りに広がっていくのが感じられる。
僕が死んだ後、術式がどうなったか知れて良かったけど、でも何でこんな光景を見てるんだろう?
そう思った次の瞬間、僕は後ろに誰かいるように感じ、弾かれるようにして振り返った。
それと同時に周りの霧は晴れ、僕は砂漠の上空にいた。遠くに岩の崖と、白い巨大な翼に似た形をした何か。そしてそれに包まれたように守られている青いきらめきを放つ大きなクリスタル。
話にきいたことがある。多分あれが翼の城だ。
そして、僕は一人の女性が城の上空に立っているのに気がついた。
かなりの距離があるにも関わらず、その人の姿ははっきりと感じられた。見えた、というのとは違う。姿は見えないけど、でもそこにいるってわかる感じ。こういう感じは初めてじゃない。前にも経験したことがある。そのときの相手は、ものすごい高位の存在で人とはかけ離れた存在だった。今見えているこの女の人も、前に会ったモノほどではないけどかなり高位の存在だ。
僕にさっきの光景を見せたのはこの人だったらしい。理由はわからないけど。
女の人が言った。
我が息子を預かってもらうのに、守りは万全にしておきたい。
「えっと……息子さん?それに守りって?」
僕が呟くと同時に、僕の頭の中に一人の青年の姿が浮かんだ。春のような爽やかな容姿をした黒髪の王子。アレクシスだ。
ということは、この人が翼の城の女王か。いろいろと納得がいく。でも、守りを万全にするってどういうこと?
僕の心の中の呟きが聞こえたのか、女の人は言った。
そなたの力は過去の知識の中に多く埋もれている。その端緒を掴ませることはそなたの力を呼び起こすことに繋がる。
なるほど。僕に過去の光景を見せた理由はそれか。確かに、今の僕はいろんな魔法とかの知識がある。魔力も使える感じがするし。それで僕にアレクシスを守って欲しいんだな。そういえば、巧は魔法でアレクシスを捕まえてたけど、あれ、どうなったのかな。
僕がぼんやりとそう思っていると、女王の声が聞こえた。
預かりものは大切にすると彼に伝えてほしい。
「預かりもの?彼って誰ですか?」
僕が呟くと、また女王の声が聞こえた。
我が子と引き替えに預かったモノだ。我が子と同等に遇し、あれに仇為すモノは我が城の敵と見なす。そのことを、白い髪の彼に伝えてほしい。
なるほど、預かりものとは健吾さんのことなんだ。女王が保証してくれたのなら、健吾さんの身は安全だ。で、そのことを巧に伝えてほしい、と。……うん?巧は女王と面識があるってこと?いつ?まあいいや、後で訊こう。
問題は、健吾さんがいつ帰れるか、だけど。翼の城は独特な環境で、これまでそこで修行のために多くの人が送り込まれたけど、その多くが精神に不調を来して戻ってきたときいたことがある。……健吾さん、大丈夫かな。
「あの、なるべく早くに健吾さんを戻してほしいんですけど」
僕は言ってみた。女王は一言、
時が来れば、必ず。
と言って姿を消した。そして僕の意識も遠くへ引っ張られていき、次に気がついたときには、見覚えのある板目の天井を見ていた。最上さんの家の、泊まっていた部屋だ。そして僕は布団に寝ていた。
「気づいたか?」
布団の傍に座っていた巧が僕の顔を覗きこんできた。僕は顔をそっちに向け、そして視線の先にオニールさんが座っているのに気付いて驚いた。体を起こしながら、
「オニールさん、何で?ていうか、いいの?お母さんとか最上さんたちに見つかったら」
「大丈夫だ。妖精たちがみんなを眠らせてるから」
そう言えば、オニールさんの周りの妖精の数がさっきよりも減っている気がする。
オニールさんは僕を心配そうに見ながら、
「大丈夫か」
「はい。あの」
僕が言葉を継げないでいると、巧が言った。
「翼の城の王子の攻撃を喰らって、ちょっと意識が飛んでたんだ。もう大丈夫そうだけど」
「うん、多分大丈夫。巧は?」
「大丈夫に決まってんだろ」
わかってたことだけど、きちんと確認できて僕は安心する。僕はもう一つ、知りたかったことをきいた。
「アレクシスはどうなったの?」
「アレクシス?」
「翼の城の王子。さっき捕まえてたよね?」
「ああ、あいつか。あいつなら大丈夫。こっちで確保してるから。でもお前、何で名前を知ってるんだ?」
「巧が戻ってくる前にちょっと話したからだよ。そうだ、アレクシスのお母さんとも話したんだった。なんか、健吾さんを確かに預かった、大事にするからって言ってた。巧に伝えてほしいって」
「あー、やっぱお前、あっちに引っ張られてたか」
巧は顔をしかめる。僕は巧の額に軽く手刀を入れた。
「隠し事は駄目だからね。他の世界に潜ったら、その成果は全て共有する。そういう約束だったでしょ」
これは、入船司の生から幾つか後の僕の転生先での話。巧が世界と世界の間にある海に潜ってお宝をとってきて、僕が命綱の役をする、そうやって生活していたときがあったんだ。最後は僕が病気にかかって死んでしまったけど。
巧は目を丸くして僕を見た。
「お前」
「うん、まあ、ちょっとずつだけど思い出してるから。ありがと、今回は早くに見つけてくれて。助けてくれて。本当に感謝してる」
巧は顔をくしゃくしゃにして泣き出した。僕は巧の肩に手を回し、抱き寄せる。うん、わかってる。巧は強いけど、脆いところもあるんだってこと。だって、僕はずっと見てきたんだから。
オニールさんはそんな僕たちを凝視していた。
「君たちは一体」
「すみません、いろいろあるんです、こっちも。それで、健吾さんのことですけど、健吾さんの身は安全です。翼の城っていうところで預かられてて」
「そのことは俺が説明した。翼の城に氷上健吾を潜り込ませたのは俺だからな」
「潜り込ませた?どういうこと?」
女王の話しぶりとずれてるけど。
巧の話では、世界を跨いでダイブした先で、ちょうど健吾さんは現地の防衛隊、つまりはアレクシスの部下に攻撃されていたんだって。そりゃそうだよね、上司が消えていきなり違う人が現れたら、警戒する。
で、巧は健吾さんを守って移動し、翼の城があるのとは別の世界に飛ぼうとしたけど、何故かそれができなくて。仕方なく、一番安全な翼の城の中に健吾さんを置いてきたんだとか。
「たまたま知ってる奴がそこにいたんだよ。昔やってた仕事からもう引退したから、隠居生活を翼の城で送ることにしたっていう奴が」
「物好きだなあ。他に幾らでも暮らす場所はあるだろうに」
「そうだけど、戦士として鍛錬する立場にないのなら、あそこほど安心して暮らせる場所もないと思うぜ。何しろ、最強の防御があるし、寒さ暑さもないし、飢えることもない」
なるほど。
話をきいていたオニールさんは安心したように言った。
「それでは、健吾は安全なんですね」
「あー、うん、まあ?多分?」
巧は首を傾げながら言う。僕も同感だ。
オニールさんは戸惑ったように訊いてきた。
「しかし今、その場所は守られているし、寒さ暑さもないし、飢えることもない、と言ったではないですか」
「そうなんだけど。それだけで人間は精神を保っていられるかっていう話だ」
そうなんだよね。僕もそう思う。
このお話は残りあと1話です。




