第11話 約束
問題なのは、健吾さんが、戦士として翼の城に受け入れられたかどうか、だ。巧の知り合いは戦士として翼の城にいるわけではないからいいけど、戦士として受け入れられたのなら、過酷な戦闘訓練がある。
僕がそう説明すると、オニールさんは顔を青ざめさせた。
「それはつまり、健吾は命の危険があるということですか」
「それは大丈夫です。翼の城での訓練中に怪我をしても、翌朝には元に戻っているし、たとえ死んだとしても、翌朝には生き返るんです」
そう、翼の城の特殊な環境っていうのはそういうこと。でも、生き返るのなら、怪我が治るのならそれでいいっていうわけじゃない。怪我をしたときの痛みや死んだ……というか殺されたときの恐怖は心に残り続けてるわけで、そんなのを繰り返してたら心は壊れてしまう。
僕の説明に、オニールさんはすっかりうろたえていた。
「それは……どうにかならないのですか」
「ならないな。アレクシスがあるべき場所に戻ったときに氷上健吾もこちらに戻ってこられる」
巧は淡々と言う。僕はオニールさんに言った。
「翼の城にいる間は病気にかかることもないし、年も取りません。なので、健吾さんはいつの日か必ずこちらに戻れます」
「でも、それはいつですか。私や甚が死んだ後に戻ってきても、一人ぼっちではないですか」
オニールさんは僕に抗議する。あー、なんか僕に対しても敬語になってるよ?
それに対して巧は淡々と、
「そこまで長くない。術式は月の王の交代のときに完成する。今の月の王はもって十五年。でも、それまでには必ず代替わりがある。俺の見立てだと、十一年とか十二年くらいじゃないか」
月の王、というのは術式を担う術者のことだ。入船司がいたあの世界で人々が安心して暮らせるように魔物が入ってこられない結界を張り続ける術の中心。一人の術者が永遠にその役を担うことはできなくて、途中で代替わりしないといけない。入船司が作った術式だと、三百年くらいは一人でやれるように設定していたんだけど、アレクシスの中にあった術式をざっと見た感じでは、そこからいろいろ改良されてるみたいだから、今はどうなっているんだろう。
オニールさんは嘆くように言った。
「何ということだ。十年以上も健吾はそんな無茶な環境に置かれ続けないといけないんですか。それでは本当に心が壊れてしまう」
「あー……、そうだなあ。戻ってきたときに心が壊れてたらまずいか」
「それはそうでしょ」
僕は巧に突っ込みを入れる。そこでふと思いついた。
「あのさ、巧の知り合いって、どんなことができる人?何の力もなしに翼の城に置いてもらえるとは思えないんだけど」
「元々は剣士だけど、魔法もかなり使える。それで前の仕事に就いてたからな」
「精神操作とか使えない?」
「使える。それがどうかしたか?」
「うん、思いつきなんだけど。健吾さんの心を凍らせてもらったらって。凍らせる、はちょっと言い過ぎかな。苦痛を感じにくくする、っていうか」
僕は自分のアイデアを伝えた。うまくやればこれで健吾さんは何とか乗り切れる。問題は術者の腕前だ。前の僕なら問題なくやれたんだけど、今の僕は魔法を思いだしてすぐだから、まだうまくは掛けられないだろう。それに今、翼の城まで行くこと自体も難しい。この体はまだ子どもで脆いし。
巧は少し唸ってから、
「わかった。それでいこう。ちょっと後でまた行ってみる」
「うん。とにかく最初に、健吾さんが戦士として受け入れられてるかどうかの確認だね」
でも多分、戦士として受け入れられてるんじゃないかな。女王は、アレクシスと同等の処遇をするって言ってたし。アレクシスは戦士だよね、間違いなく。
そうして僕らはオニールさんと話し合った。健吾さんがこちらに戻ってくるまでの間、僕と巧は時々翼の城にいる健吾さんの様子を確かめるから、オニールさんはその結果の報告を受けるために僕らと連絡を取れるようにしておくこと。そしてそれをどうやってやるか。
巧は言った。
「明日にでも、また偶然会った振りをしようぜ。それまでに連絡方法を考えておけよ」
「わかりました。それで、どうやってまた会いますか」
「海で会うとかどうだ?オニールはこの近くのホテルに泊まってるんだろ」
「はい。このすぐ近くです。そこから最上さんの家の下の海岸に降りることもできます」
「なら、うってつけだな」
「でも、最上のおばさんは僕らが海に行くのを嫌がるんじゃないの」
健吾さんがいなくなったときのことを思い出すから。
巧はにかっと笑った。
「そんなの無視して行ったら大丈夫だろ。朝早く、みんなが起きる前に海に出掛けていくとかさ」
「それでいきましょう。そうと決まれば、私は帰ります。明日、日の出の頃に海岸に降ります」
「おっし。こっちもそれでいこうぜ」
「わかった。でも、巧、起きられるの?」
巧は寝坊しがちだもの。巧はまた笑って、
「それは司が起こしてくれるだろ」
まあ、確かにね。ずっと僕らはそうやってきたんだった。
そして僕と巧は計画通りにオニールさんと再び出会い、友だちになった。お母さんたちは何も疑うことなく、外国の友だちができてよかったわねえ、という感じで受け入れた。
僕らはやがて、オニールさんを、グラハム、と呼ぶようになった。グラハムは毎年一度か二度、僕らが住む鹿鳴の町に遊びに来るようになった。
僕らの方だって、約束は忘れずに健吾さんが大丈夫か確認を続けてた。巧の知り合いは健吾さんの精神を守るためにうまいことやってくれて。ただ、それも永遠に続くわけではなくて、そのうちにうまくいかなくなってきてしまうときは来てしまうのだけど。
それはまた、そのときに話そうと思う。
ひとまずこの話はここで終わりですが、この続きがまだあります。明日6時に公開予定です。よろしければそちらもどうぞ。




