第5話 オニールさん
オニールさんと呼ばれた大きな男の人は、立ち上がると、最上のおじさんに深々と頭を下げた。
「すみません、勝手なお願いを聞き入れていただいて、ありがとうございます」
「嗣郎さん、この人、何なんですか」
お母さんが僕と巧を抱き寄せるようにしながら訊く。
「この人は、オニールさんといって、行方不明になった氷上健吾くんのお父さんのいとこさんです。健吾くんがいなくなったときいて、その現場を見せてほしい、と言ってこられて。……気持ちはわかるので、特別に許可したんですよ」
「ああ……そういうことだったんですか」
お母さんはまだ僕たちを放さなかったけど、その声や表情は穏やかになっていった。
最上のおじさんはオニールさんに言った。
「少し上がっていかれますか。参考になるかわからないが、健吾くんがいなくなったときの状況をお伝えできます。妻も、協力したいと言っています。それとも、現場をすぐに見られますか」
「もしよければ、まずは奥様からお話をおききしたい」
オニールさんはおじさんの後について家の中に入りながら、僕たちに目をやって、
「この子たちは?」
「親戚の子です。夏休みなので、訪ねてきてくれたんですよ。妻が落ち込んでいるので、賑やかなお客さんがあると気分が変わるかなと思いましてね。縁くん、巧くん、二人も中にってちょっと休んだらどうだ。ずっと外にいると、熱中症になってしまう」
ちょうど暑いなって思っていたので、僕は頷いた。巧は頷きはしなかったけど、当たり前のように僕の後ろについてきた。
居間と食堂を兼ねている大きな部屋にある応接セットに、オニールさんは案内された。僕らは同じ部屋の中にある食卓で、お母さんに冷たいサイダーを出してもらう。
サイダーを飲みながら、僕はオニールさんと最上のおじさん、おばさんが話す内容に耳を澄ます。
オニールさんは、グラハム・オニールといって、氷上健吾さんのお父さん、氷上甚さんのいとこなんだって。氷上甚さんのお父さんがアイルランド人で、オニールさんのお父さんときょうだいなんだそうな。日本語が上手なのは、いとこである甚さんときちんと話がしたかったからなんだって。甚さんは英語とかほとんどできないんだって、オニールさんは笑っていた。
オニールさんは健吾さんが小さい頃からずっと知っていて、自分の子どもみたいにかわいがっていたんだって。健吾さんのお母さんは亡くなっているんだけど、亡くなる前に、健吾さんのことは自分もよく見るからって、オニールさんは約束したんだそうな。
「本当は、彼女が亡くなったときに健吾をアイルランドに引き取る話もあったんです。甚の仕事は不規則なので、小さな子どもを育てることはできないだろうと思って。結局あいつは日本にいた自分の母親に助けを求めて、それで何とか健吾を育てたんですが」
「それでは、きっと健吾さんのおばあさんも今回のことで随分気落ちしてらっしゃるのでしょうね」
最上のおばさんは泣きそうな様子で言う。オニールさんは首を横に振って、
「いえ、おばさんは六年前に亡くなっているので。それから、私は健吾を諦めたわけではありません」
「勿論ですよ、私も健吾くんが二度と戻ってこないとか、そんなことは思っていません。ひょっこり帰ってくるんじゃないかと期待しているんです。でも、あまりに突然いなくなって、どう考えたらいいかわからなくて」
言いながら、最上のおばさんは、健吾さんがいなくなったときのことをオニールさんに話した。けど、話はすぐに終わった。本当に、突然いなくなってしまったからだ。その前後に何か手がかりがあったとか、そんなことは全くなくて、本当にただいなくなっていた。
オニールさんはおばさんの話を黙ってきいていた。おばさんが話し終えると、
「ありがとうございます。助かります。それで、健吾がいなくなった現場を見せてもらいたいんですが」
「案内しましょう」
最上のおじさんがオニールさんを連れて外に出た。
僕らはその後、最上のおばさんとお母さんがおしゃべりをする傍で、トランプをしたりオセロをしたりした。
しばらくして、最上のおじさんだけが戻ってきた。
「オニールさんは?」
最上のおばさんが訊くと、帰ったよ、と最上のおじさんは答えた。
「健吾くんがいなくなったお地蔵様の辺りをじっくり見て、お地蔵様を拝んで帰っていかれた。外国の人にもそういうのがわかっている人もいるんだな。私が何も言わなくても自然に膝をついて手を合わせていたよ」
それをきて、僕はさっき、オニールさんが巧の前に片方の膝をついて頭を下げていたのを思い出した。
巧の力を借りれば、異世界に行った健吾さんを連れ戻せる。あのときオニールさんが言っていたのはそういうことなんだろう。でも、本当にそうなんだろうか。オニールさんが言っていた、小さき者、って何。
巧が僕に話しかけた。
「司、お前、何考えてる」
「オニールさんのこと。巧に助けてほしいって言ってた。必死そうだったけど、もう帰っちゃったんだなって」
「そうみたいだな」
鼻を鳴らすような感じで巧は言った。まるでつまらない話をしている、という風に。僕はこんな話をしなければよかったと思った。
最上さんの家からはその日のうちに帰る予定だったのだけど、おばさんが、是非僕たちに泊まっていってほしいって言ってきた。やっぱり僕たちがいると賑やかでいいんだって。
お母さんは少し考えたけど、わかりました、と言った。お母さんは、僕たちを最上のおじさんたちのところに置いて、一度一人だけで着替えを取りに家に戻ることにした。
出るときに、お母さんは僕たちに言った。
「いいですか、絶対に最上のおじさんおばさんの言うことをきくのよ。あと、最上のおばさんの傍にできるだけいてあげてちょうだい」
僕たちは頷いた。
僕はお母さんに言われたとおりに、最上のおばさんの傍にいようとしたけど、巧はお母さんが家に戻るのを見送りに外へついて出て行った。珍しい、と思いながら、僕は少し遅れてついていった。
玄関の戸は閉まっていた。すぐ外で、巧がお母さんに話している声がきこえた。
「いいのか、俺たちをここに置いていって。神隠しとやらが怖いのだと思っていた」
「そうね。でも、さっき、オニールさんがあなたに頭を垂れているところを見て思ったのよ。あなたはそんなことには負けないってね。縁のことだって守ってくれるでしょう?」
すると、巧は鼻を鳴らすようにして、
「それにしては取り乱してたけど」
「ええ。あんな大きな人が私の大事な息子たちに迫っているように見えたんですもの。当然でしょう」
「俺はあんなのには負けない」
「そうかもしれないけど、かばってくれる人がいるうちはかばわれていなさい。あと、人間が一番怖いのだから、用心してしすぎるということはないわ」
そう言って、車に乗ると、お母さんは家に向かって出発して、夕方までには戻ってきた。
夜、僕たちは去年みたいに最上のおじさんの家でおいしいものを食べて、僕、巧、お母さん、おじさん、おばさんの五人で一緒にトランプとかカードゲームをした。おじさんはアナログゲームが大好きで、いろんなカードゲームを持っていた。本当は去年も僕たちとやりたかったんだけど、僕たちが海水浴で疲れてすぐ眠ってしまったので、できなかったんだって。
僕たちはいつも寝る時間よりも一時間ほど遅くまで起きてカードゲームをして、それから寝た。去年と同じ部屋で。
僕はすぐに寝た。いつものことだけど、僕は寝付きがとってもいい。巧は僕以上にいい。僕も巧もいつものように眠って、そして僕はふと目が覚めた。
まだ夜中だった。でも、部屋には僕しかいなかった。巧はトイレに行ったのかなと思って、僕もトイレに行くことにした。でも、トイレにはいなかった。
どこに行ったんだろう、と思って、僕はちょっと家の中を歩いて探してみた。家の中にはどこにもいなかった。お母さんが寝てる部屋と、おじさんおばさんの部屋以外は全部見てみたのだけど。
僕は考え込みながら玄関まで行き、巧の靴がないことに気がついた。そして、玄関の鍵が開いている。
まさか外に出た?
僕は靴を履いて、外に出た。どっちに行った?何となくだけど、道の方ではない気がした。神隠し、という言葉が僕の中に浮かんだ。まさか、巧も?
僕は砂浜へ続く道を歩き始めた。神隠しがあった場所がどこかはわかってる。砂浜へ降りる道の途中にあるお地蔵様の前だ。
月の光が明るくて、まるで昼間みたいだった。だから、足下は普通に見えた。もともと、そんなに木や草が生い茂っているわけでもないし、見通しはいいんだよね。だから、そんなところでいきなり行方不明になるっていうのがとっても不思議なわけで、それで神隠しって言われてるんだろうけど。
そして僕は巧を見つけた。
その前には、オニールさんがいた。昼間、初めて会ったときみたいに、オニールさんは巧の前に片方の膝をつき、深々と頭を下げていた。




