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第3話 触らずサマ

 食堂には、お母さんと最上のおじさんとおばさんがいた。三人ともお茶を飲んでいる。僕は廊下の影に隠れて、三人の話に耳を澄ませる。

「実際のあの子はそんなおっかないことをしそうにはないけどね」

 とお母さん。

「見ての通りの、元気な子ですよ。ちょっとお行儀が悪いところはあるけれど、それだけだわ。うちの子と仲がいいし」

 その言葉で、三人が間違いなく巧の話をしているかわかった。

 最上のおばさんが言った。

「美織姉さんは本家にあまり出入りしてなかったからそんなことが言えるのよ。本当におっかなかったのよ、私たち子どもがあの子のいる奥座敷を覗きに行こうとしようものなら、大ばあさまがものすごい剣幕で怒ってきて」

「それは、してはいけないと言われていることをしようとしたらそうなるのではなくて?」

「それはそうだけど。でも、気になるじゃない。あの本家の奥座敷で大切にされている子がいて、しかもあの髪の色であれだけ整った容姿をしているのよ?」

「きけばきくほど、そこがわからないんだよなあ」

 最上のおじさんが饅頭をもしゃもしゃ食べながら言った。

「話しかけられても答えてはいけない、でも、奥座敷で大事にしてたって。で、触らずサマって呼ばれてた、とか。忌むべき存在なのか大事にしたいのか、どっちなんだ」

 お母さんが考え込むようにしながら、

「大事にしているけど気を付けないといけない、というのが正しいのかしらね。少なくとも、私が父からきいた話ではそういう印象を受けたわ。それに、父は触らずサマのことを忌むべき存在という風には話さなかった。人とはかけ離れた存在だけど、話ができる子だよ、って言っていた。……ここだけの話、触らずサマは何度か父を訪ねてうちに来てたのよ。父が生きていた頃、私、あの子を何度か家で見たことがあるわ」

「まさか!美織さんのお父さんって、本家から勘当されてたでしょ?」

「ええ。勘当されて以降、本家に出入りすることはなくなっていたけど、そのことと触らずサマが父に会いに来ていた話は全然別のことでしょう?触らずサマの行動を本家ではどうにもできなかったんだし、触らずサマの方から出かけたい先があれば出かけていったってだけでしょう」

「それもそうね。現に久山さんのところにも行っていたわけだし。とはいえ、美織姉さん、油断しては駄目よ。あんなに可愛らしい姿をしているけど、見た目通りの年齢じゃないんだってこと、忘れないようにね」

 僕はそれ以上の会話を聞くのはやめようと思って、ゆっくりとその場を離れた。触らずサマ。人とはかけ離れた存在。見た目通りの年齢じゃない。その機嫌を損ねれば家が滅びるかもしれない。

 部屋に戻ると、巧が相変わらずものすごい寝相で寝ていた。掛け布団代わりのタオルケットも蹴っ飛ばしている。

 僕は巧にタオルケットをかぶせてやった。

 そうして僕は思った。

 最上のおばさんはあんなことを言っていたけど、僕は巧に出会ってからずっといいことずくめだ。家を滅ぼすかもとか、人とかけ離れた存在とか、見た目通りの年齢じゃないとか、そんなのどうだっていい。第一、最上のおじさんだっておばさんだって、巧がいい子だって認めてたじゃないか。巧はきっと、新しい学校でも人気者になるよ。

「もしそうなったら、どうしよう……」

 僕は思わず呟いていた。あれ、何で僕こんなに落ち込んでるんだろう。巧が人気者になったら嫌なんだろうか。そんなわけないのに。


 

 二学期になって、僕と巧は同じクラスに転入した。同じ学年に他にもクラスはあったけど、どうしてか二人揃って同じクラスだった。

 先生の隣に立ってクラスの子たちを見渡したとき、みんなが僕たちを見て、動けなくなっているのがわかった。僕たち、というか巧を見てびっくりしているんだと思う。巧はかっこいいもんね。わかってる。

 先生が僕らに自己紹介するように言った。

 まずは僕から。

「神村縁です」

 一言だけ言って、ぺこりと頭を下げる。次に、巧。

「白神巧です」

 そしてやっぱり頭を下げる。巧が頭を上げたとき、クラスの男子から声が上がった。

「髪の毛が白髪だからしらがっていう名前なのかよ」

 声の主は、クラスの後ろの方に座っていた小柄な男子だった。巧はつまらないものを見るようにそちらを見て、でもすぐに無視して先生に、

「先生、俺らの席は?」

「ああ、あそこよ」

 からかってきた男子がいるのとは逆の側の後ろの方に、二つほど席が空いていた。巧は僕に、行こうぜ、と言い、僕たちの席の方へと歩いていった。僕は巧について歩く。

 後ろの方の席を巧がとり、僕はその前の席に座った。周りは女の子が多い。女の子たちは僕に話しかけてきた。

「神村くん、よろしく」

「よろしく」

 僕は愛想良く笑ってみせた。愛想よくしておくと、受け入れてもらえやすい。これは、お母さんの稽古場でお母さんの生徒さんたちから学んだことだ。

 女の子たちはみんな親切だった。巧は僕の席の後ろでずっとおとなしくしていて、時々僕に話しかけてきた。女の子たちと僕が話している間もお構いなしだ。僕は巧が話しかけてきたときはそちらを優先した。女の子たちが気を悪くした様子はなかった。

 休み時間や掃除の時間のあいだ、男の子たちはそんな僕らを遠くから見ているだけだった。男の子とも仲良くしておいた方が良さそうなのだけど、どうしたものだろうか。

 掃除が終わり、席に戻ってまた周りの席の女の子たちと話しているところに、朝に巧の髪の色をからかってきた男子がまた大きな声で言った。

「ゆかりって女みたいな名前だから、見た目も性格も女っぽいのかよ」

 僕は自分のことを言われているとは最初気がつかず、ぽかんとしてしまった。だって、僕は見た目とか性格とかが女っぽいとか、思ったこともなかったから。

 僕の周りの女の子たちが一斉にその男子に向かって文句を言い始めた。

「何よー、宇治山。神村くんが人気あるからって焼き餅やいてるんでしょー」

「神村くん、優しいし。あんたみたいな乱暴な男子とは大違いなんだから」

 女の子たちが口々に言う。うーん、僕って人気あるの?それに優しいって、僕、何かしたかな?

 宇治山と呼ばれた男子は巧に声を掛けてきた。

「おい、白神。お前、そいつから離れないと、男子の友だちできないぞ」

 言われて、巧は完全に馬鹿にしきったような目を宇治山くんに向けた。

「男子の友だちって、お前みたいな奴のことを言うのかよ。だったら、別にいらないや」

 宇治山くんは顔を真っ赤にして巧をにらんできた。そっか、この子、巧と友だちになりたいんだ。気持ちはわかる。巧はかっこいいし、強そうだし。運動とか絶対にできそうな感じがするから。

 巧は宇治山を無視して僕の席の机の上に座り、大きなあくびをした。僕はそんな巧をたしなめる。

「巧、行儀悪いよ」

「えー、だってこうでもしないとお前、女子とばっかり話すだろ」

 女の子たちがそんな巧をびっくりしたような顔で見ている。うーん、これは僕、巧以外の友だち、できないかも?でもいっか、巧がいるから。

 でも、女の子たちは優しくて、巧にも話しかけてくれた。巧は生返事だけど女の子たちのことは無視しなかった。僕はほほえみながらそんな様子を見ていた。そうだよね、女の子たちも巧と友だちになりたいよね。

 クラスの子たちはじきに、巧が僕のことを「司」と呼ぶことにも慣れてくれた。最初は、巧が僕のことを司と呼ぶたびに、「白神くん、名前、間違えてるよ」と注意していたのだけど、そのたびに巧が、「俺はこいつのことを司って呼ぶって決めたの。こいつもそれでいいって言ったんだからそれでいいんだよ!」と返しているうちに、じゃあ、となった。他の子が僕に、僕のことを司って呼んでいいか、ときいてきたこともあったけど、それは僕が断った。あれは巧だけの呼び方だから。そうしないといけないような気がした。 

 そんな風にして、僕たちは新しい学校で問題なく毎日を過ごしていった。僕はもともと勉強苦手じゃなかったけど、巧は本当に勉強ができた。運動も、見た目通りにできた。ていうか、歩き方とか見てたらわかるレベルで巧は運動ができる。僕も苦手じゃなくて、サッカーとか昼休みに男子でやるときに、チームに呼んでもらえるくらいにはできる。僕と巧はそういうとき二人一緒に呼ばれて、参加した方のチームを勝たせていた。

 そんな毎日を送っていたので、僕は夏休みに最上さんの家でこっそりきいたことをすっかり忘れていた。巧が「触らずサマ」で、人間とかけ離れた存在だっていう、あれ。

 でも、あの海水浴の夜からちょうど一年経って、僕はそのことを思い起こさせられる出来事に出会った。

 きっかけは、最上さんの家で起きた「神隠し」だった。

 僕たちが遊びに行ったちょうど一年後に、最上さんの家で、遊びに来ていた男子高校生が行方不明になって、それが「神隠し」だとテレビで言われ、騒ぎになっていた。


明日も6時に投稿します。

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