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第3話 ティオ、見知らぬ男に遭遇する


 ここは、とある大きなお屋敷のお庭、大層なお金持ちらしく屋敷も大きく敷地はかなり広い、綺麗な緑の芝生が絨毯のように敷き詰められたお庭の中央には大きくて可愛い天使の彫刻が施された噴水がキラキラと水のアーチを奏でている。


 バラたちが赤い花びらを可憐に広げている、そんなバラ園が見渡せる場所で、大きいパラソルを広げ、白い丸いガーデンテーブルでお茶をしているお嬢様がいた。


「どんな願いも叶えてくれる、魔法の果実ですって?」

 彼の話を聞いたお嬢様は、思わず手に持っていたカップを落としそうになって、でもこれしきの事で取り乱す訳にはいかないわと、なんとか平常心を取り繕った。


 お嬢様の名前はシャロル、長い金色の髪に赤いリボンをつけ、赤いふんわりとしたドレス姿、年齢はばらすと張り倒されるかもしれないので内緒だが、もう大人の域には達しているハズ、そんなシャロルお嬢様のすぐ後ろにはタキシード姿の無表情な若い執事が立っている。


 彼、シャロルの目の前に座っているこの男性、ついさっき突然「あなたに聞かせたい話がある」と言って訪ねて来たのだ。


 しかも、黒のスーツに黒いロングコート、赤くて長い前髪とコートの襟のせいで表情もよく見えない、見るからに怪しくて気味が悪い、こんな突然の来訪者は普段なら執事に頼んで追い返すのだが、前髪の隙間からホロリと見えた透き通った青い瞳がとってもイケメンではないですか。


 謎を秘めた危険な香り、人を寄せ付けないオーラをまとい近付く人を傷つけてしまう南極の氷のような冷たさの中に見え隠れするガラスのような淡い切なさ、手を伸ばすと消えてしまうオーロラのような危うさと儚さの中にもしっかり一本筋の入った強さを秘めている、悲しみも苦しみも全部その胸にしまい込んでいて、年齢不詳ながら、酸いも甘いもかみ分けた大人の落ち着きがあるのに、でもまだ自分というモノを制御できない若さも幼さも垣間見える、人をそう簡単に信じないようでいて、ふと人の優しさに触れた時に見せる、戸惑いの混じった暖かい表情にきっと胸キュンだわ、背も高くて体格もいい、きっと脱いだらすごいんでしょうね筋肉とか、そして決して表情には出さないけれど、惚れた女は命をかけて守れる心身共に誰にも負けない強さを持ち得る人、あぁこういう男に守られてみたい。


 ――ダメだわ、どストレートで好みだわ。

 だから中に通して、お茶の席を設けて話を聞いてあげたのだ。


「信じられない話かもしれませんが」

 黒コートの彼は、声まで素敵。


 どんな願いも叶えてくれる魔法の――実はシャロルにだって叶えてみたい願望がある。

 お金では買えない願い。

 それを叶えてくれるのなら、どんな努力も惜しまないと思っていた。

 これはチャンスかもしれない!


「しかしその果実は一つしかない、チャンスは選ばれた人間ただ一人」

 しかも他にもその実を狙っている連中がすでに出立しているという、大変だわ、先を越されてはいけないですわ。


「でも、どうしてその話を、この私なんかに?」

 シャロルは少し、しおらしく尋ねてみた、そもそも初対面の人がいきなり訪ねて来てこんなすごい話をするなんて事普通あるかしら。

 そんなシャロルの気持ちを察したのか、黒コートの彼は少し口角を上げ、どこからともなく一本の赤いバラをシャロルに差し出した。

「私はただ、この薔薇が似合う人こそ、果実の魔法を享受するのにふさわしいと思い、探していたのです」

 あったわ。


 これが運命の出会いという事なのですね、私の魅力が彼をそうさせたのだわよ。

 赤い赤い情熱の色、受け取ったバラの花にうっとり見とれていると、黒コートの彼は。話はこれで終わりとばかりに、立ち上がって長いコートをひるがえす。


「お待ちになって、せめてお名前を!」

 そう言った時にはもう、黒コート――いや、赤いバラの君の姿はもう消えていた。

「なんとも神秘的なお方」

 テーブルの上には、赤いバラの君が残したカップが残されていた、まだほのかに温かい。


「(――そのバラは、うちのバラ園にあったものでは……)」

 その様子をじっと見ていた執事が、心の中でそう考えていると。

「グランディス、出かけるわよ支度しなさい」


 シャロルに名を呼ばれた執事は驚いて。

「まさか、あの者の話を信じて、本気で向かわれるおつもりですか⁉」

「当り前ですわ!」

 お嬢様は赤いバラを胸に抱いて、うっとりしておられる。


「しかし、此処からはかなり遠く、お嬢様の足でも大変かと思われますが」

「解ってるわよそんな事、だからあんたも一緒に来るのよ‼」

「私もで、ございますか……」

「当たり前でしょ、あんたも一応の魔法使いを名乗るなら、何とかしなさいよ!」

「なんとか、と申されましても……」


 しかしお嬢様の命令には逆らえない。

 こうして、お金持ちお嬢様シャロルとその執事グランディスは西の森へと向かうことになったのである。

 伝説の魔法の果実、ラブ・ピーチを見つけ出して、叶えたい願い事はただ一つ。

  



 その頃、ティオとその一行は、山の中をぐんぐんと進んでいった。

「ねー、疲れたよー少し休もうよー」

「さっき休んだばっかりでしょー」

 木々の間を抜けるように道はまだ続いている、もうどのくらい歩いただろう。


「ねー、疲れたよぉ」

 まだそんなに歩いていない。


「うるさいなぁ、黙って歩きなよ!」

 さっきから駄々をこねてばかりのティオと、それに怒るリケ、そんな二人を苦笑いしながら黙って聞いているセロと肩の上にはあきれ顔のロズ。


「ねーねー、グレ子の背中に乗りたい―大きくなってよぉ」

 それを聞いて、ティオの横で一緒に歩いていたチビグレ子がしっぽを振ってにっこりすると、中グレコの大きさになってくれた。


「わぁーい、やった~!」

「こらこら、あんまり大きくさせないであげてよネ、大きくなった分体に負担がかかって疲れるんだかラ」

 そんなロズの言葉に、ティオは驚いて。

「そうなの?知らなかったよ、だったらチビのままでいいよ、一緒に歩こうよ~」

 しかしグレ子は大丈夫と言わんばかりにティオの顔をペロリ、体をかがめて乗せてくれようとしている。


「じゃぁ、ちょっと……だけ」

 グレ子の背中にそっと乗る。

「グレ子はもぉ、ティオを甘やかしてどうすんのよ」

 ブツブツと文句を言うリケだったが、でもこれで大人しくなるだろうと思っていたら。


「ねぇー、お腹すいたー」

 またダダをこね始めた。


 でも実際この山に入って、急に食べるものが無くなった、普通なら木の実や山菜が豊富にあってもいいはずなのに、なぜかどこにも見当たらないのだ、生えているのは食べられそうにない植物ばかり、少し当てが外れた一行だった。


「まったくもぉ、次から次へと忙しい奴‼」

「ホント、何で一緒に旅しようと思ったのサ」

 セロの肩に乗っていたロズもあきれたように言うと、セロは。

「まーまー、いいじゃないか」

 ロズをなだめるように頭をなでると、前を行くティオとリケに声を掛けた。


「この先、山を抜ければ小さい村があるはずだ、そこへ行って食べるものがあれば分けてもらえるよう頼んでみよう」

「わぁーい、やったー‼」


 ティオの呑気に喜ぶ声がしたが、その瞬間、何やら嫌な空気を感じ取ったロズ、それに反応して辺りを警戒するセロ。

 一行を取り囲むかのように、茂みの中で何かがうごめいている、ロズもグレ子も低く唸り声をあげ、セロも腰の銃に手をかけて気配をうかがう。


「何?どうしたの?」

 リケはそんな異様な空気を感じて、セロを見上げた。

「囲まれてる」 

「マジで⁉」

「あぁ、しかも数が多い」


 茂みのあちこちがガサガサと揺れ始めた。

 セロは銃を構えて一番大きい気配のする茂みに銃口を向け、リケはセロと背中合わせに立ち腰の剣を抜いた、だがその手が震えて、剣がカタカタとかすかに鳴っている。


「おいおい、怯えてんのか、戦士さんよ?」

 セロが背後で震えるリケを安心させようと能天気に言ったつもりだったが、リケは。

「――っせーなー、武者震いってやつだ‼」


 強がって見せた、でもまだ震えは治まりそうにない。

「はいはい、怖いと思ったら逃げても構わないんだぜ」

「こ、怖くなんか――」

「怖いですぅ~」


 グレ子にしがみついて泣きそうになっているティオ、緊迫した空気をぶち壊してくれる。

「ティオ、グレ子から降りて、安全なとこに隠れていろ‼」

 セロが、目線だけは茂みをとらえてそう言うと、ティオはいっぱいうなずいて、そそくさと木の陰に隠れた。


 グレ子もグルルルと唸り声を上げて戦闘態勢に入っている、ティオが背中に乗っているのは危ないし、グレ子だって十分動けないだろうと判断したのだ。


 ――悪い事は言わん、命が惜しくば、荷物を置いて去れ――

 セロが銃口を向けている茂みの中から、おっさんらしき怪しい声がした。


「ちっ、山賊ふぜいが、貴様らこそケガしたくねーなら、黙って消えた方が身のためだ!」

「そーだよー、荷物って言ったって、お鍋しかないしー」

 茂みがガササッと大きく揺れ、緊迫した空気がティオの間抜けな声に一気に崩壊した。

「お前はちょっと黙ってろ!」

 セロがそんなティオを怒鳴りつけると、そのスキを突いて茂みから何かが飛び出して、セロに襲い掛かる。


「――ッ‼」

 一瞬出遅れてしまったセロ、体制を立て直す間もなく襲われそうになった瞬間、大きくなったロズが飛び出してきてその体に体当たりしてのど元に喰らいついた。


 地面に倒れたのはネズミのモンスターだった、ネズミと言ってもチビグレ子ほどの大きさがある。

「油断してんじゃないわヨ!」

「すんません……」

 倒したネズミを前足で踏みつけながら、セロを睨み付けるロズ姐さんだった。


「おのれ、よくもー‼」

 倒された仲間が動かなくなったのを見て、驚いた他のネズミが一斉に飛び出してきた、大きいのから小さいのから、数が多い。


 セロは、そんなネズミたちに向けて銃をぶっ放す、ロズもグレ子もネズミたちと対峙して戦っている、それを見たリケも覚悟を決めて剣を強く握ると、ネズミたちに向かって剣を振りまわした。

「うおりゃぁぁー‼」


 掛け声はカッコいいが、剣は空を切るだけで一向に当たらない、剣に振りまわされているようなぎこちない動きのリケに、セロは。

「もしかしてお前、剣の使い方に慣れてねーのか?」

「し、仕方ないだろ、こんな事初めてなんだからよ!」

 セロに言われ思わず本音が出てしまった。


 しかし、これ以上話している暇はない、まずは目の前のネズミモンスターを倒さねば。

 セロの銃が襲いかかるネズミたちを次々倒してゆく、リケも剣を振りまわす、でたらめに振りまわしているので、逆にネズミたちは手が出せないのだろう、間合いを取って襲ってこない。


 ふと見ると、セロの背後から一匹のネズミが牙をむいて今まさに襲いかかろうとしているのが見えた、セロが危ない、リケは考えるより先に体が動いてその剣を振り下ろすと、ネズミの体が切り裂かれた。


「――‼」

 まぐれだったかもしれない、しかし見事に斬られて、血を流しながらヒクヒクして地面に倒れているネズミを、剣を構えたままボーゼンと立ち尽くしているリケ。


「や……やっ、ちゃ……」

 周りにいるネズミたちをほとんどやっつけたセロは、固まって震えているリケに近づいて、頭に軽くポンと手を置いた、セロが来たことに気付いたのか、剣を構えていた手の力が抜けて、剣は地面にガランと音を立てて落ちた。


「や、やっちゃったよ……初めて、斬っちゃった……よ」

 わなわなと震えて自分の両手を見つめるリケ、全身から力が抜けてガックリと両膝をついてしまった。

「そっか、怖かっただろ」

 そんなリケの前にしゃがみ込むセロの優しい声に、一気に緊張が取れたのか、思いっきり泣きだしてセロにしがみついてきた。


 セロは、そんなリケの背中を優しくポンポンしてあげると。

「もう大丈夫だ、っていうか、本当はこういう事は慣れなくてもいいんだけどな」

 優しく背中をよしよしされて、ようやく落ち着いてきた頃、ロズがふと。

「ところでティオは?」


 辺りを見回しても、隠れていたハズだった能天気魔法使いの姿が見えない。

 大変だ。

 ――本当に大変だった。


 さっきの騒ぎのなか、安全な場所に隠れていたハズのティオなのに、ひときわ大きなネズミモンスターに見つかり、今こうして追いかけられていたのだ。


「うわぁぁぁぁぁぁーん‼」

 必死で逃げているけれど、どんどん追いかけてくる。

「ぅわぁぁっ!」

 とうとう何かに足を引っ掛けて、派手に転んでしまった。

 足をすりむいて痛くて起き上がれない。


 大ネズミはすぐそこまで迫ってきて、ティオに襲いかかろうと飛びかかってきた

「――食べられちゃう‼」

 そう思い頭を庇うように体を丸めた瞬間、倒れているティオのすぐ目の前に見慣れない黒い靴が見えた、驚いて顔を上げると、飛び上がったネズミの目の前に手のひらを突き出している男の姿があった。


 黒いコートに身を包んだ赤い髪の男だった。

「誰?」

 ネズミは飛びかかろうとしたそのままの体制で固まったまま、地面に落ちた。


「一時的にその動きを封じただけだ、すぐにまた起き上がり襲いかかって来るであろう」

 黒コートの男がそう言うと、倒れているティオに冷たい目を向けた。

「貴様は、なぜ逃げる」

「へ?」


「仲間は皆戦っているというのに、お前は逃げるのか」

 コートの襟で表情まではよく見えないが、前髪の隙間から見える青い目がティオを見下ろしている、ティオには初めて見る顔だった。


「だ、だって、こんなのに襲われたら逃げるだろー普通、それにボクは、みんなみたいに強くないし……」

 そう言いながら起き上がろうとしたが、足に痛みが走った、転んだはずみで、ズボンが破れて血が流れ出している。


「痛っー」

 あまりの痛さに、その場にしゃがみ込んでしまったティオ、黒コートの男はそんなティオの前に片膝を立てて座ると、手のひらをその傷口に向けた、するとその手からほんのりと光があふれ、ティオの傷が治ってゆく。


「おおぉっ、すげー」

 ズボンも綺麗に元通りになると、黒コートの男は再び立ち上がり、眉間に大きなしわを寄せティオを睨み付けた。

「貴様も、魔法使いを名乗るのなら、これくらいの事は自分でしろ」

 お礼を言おうとしたティオは、あまりの冷たい視線にすっかりびびってしまう。


「な、なんだよぉ、ボクだって頑張ればこれくらいの事‼」

 つい強気な事を言ってしまったが、その時さっきの大ネズミの封印が解けかかっているのか、軽くうなり声をあげた。


「うわぉ‼」

 思わず黒コートの後ろに隠れたティオ。

「頑張ればこれくらいの事、何ともないのであろう?」

 黒コートはそう言って、身をひるがえして去ろうとする。


「ちょちょ待ってよぉ、何とかしてよぉ!」

 ティオは黒コートにすがり付いたが、彼は鼻でフンと笑うと、ティオの体を振り払った、前のめりになって倒れた先には目を開いて唸り声を上げながら牙をむいている大ネズミが。


「うわぁぁ‼」

 瞬間後ずさって尻もちを付くティオ。

「わしもナメられたものだな、こんな小僧にやられるとは」

 さっきの茂みの中から聞こえた声だった。


「い、今のはボクじゃないよ、この変なおじさんがー」

 しかし大ネズミは、そんなティオの言い訳なぞ関係ないと言わんばかりに、牙をむいて襲い掛かってきた。

 逃げようにも、もう逃げられない。

 ティオはとっさに魔法の杖に力を込める。

「ヘリオガズパルヴィスヴィトールっ‼」

 早口で呪文を唱え、持っていた杖を夢中で振り上げると同時に、ネズミの横っ面を思いっきりひっぱたいてしまった。


「ちゅぅ~……」

 クリティカルヒットしてしまったらしく、ネズミはまたノビてしまったのだった。

「――ウソーん、やっつけちゃった……?」


 一番驚いているのはティオ自身。

「今のは、魔法ではないが……」

 黒コートもあきれ顔でティオを見下ろした。

「ティオ―」

「大丈夫かー」

 そんな時向こうからリケとセロの声がする、ティオを探しに来てくれたのだ、チビグレ子とロズも一緒だ。


「ティオ、無事だったか、って誰だお前‼」

 セロは、見るからに怪しい男に向かって銃を向けるが、黒コートは余裕の表情。

「ほぉ、銃を使う魔法使いか、面白い」


 そう言いながらセロに向かって手を伸ばし、指先から光を放った。

 放たれた光は、セロとリケの足元でボムボムと破裂し、二人を襲う。

「うわぁぁっ」

「セロぉ、リケぇ」

 二人を心配しながらも、ティオはティオでビックリして、黒コートから離れ、木の陰に隠れてしまった。


「何しやがる、貴様―っ‼」

 リケを守るように体を庇っていたセロは、体勢を立て直し銃を構えると、いきなり襲ってきた黒コートに向け思いっきりぶっ放す、銃口から放たれた赤い光が男に向かっていくが、男はその光を素手で受け止めた。


「‼」

 驚いた、かなりの熱量と破壊力があるハズなのに。

 手のひらで受け止めたその赤い光が放つ力で男の髪とコートを大きく揺らしている。

「お前の力など、その程度か」


 前髪の隙間から見える瞳は、見下すようにセロを見ると、そのままティオのいる方向へと赤い光を弾き飛ばした。

「うわぁっ」

 その光は、ティオの悲鳴もかき消し、木を何本もなぎ倒して遠くにあった岩にぶつかって爆発して消えた、爆風が治まって、ティオのいた方をみると、焦げてボロボロになった青い三角帽子がゆらりと地面に落ちている。


「ティオっ‼」

 そこには、隠れていたはずの大きな木が目の前で無残にもへし折られて、わなわなと震えているティオがいた、どうやら光はティオのすぐ頭上をかすめただけで、無事だったようだ。


「あーっ、帽子がー、僕の帽子がー‼」

 ティオは無事だったが、爆風にやられ無残な姿になった帽子を拾い上げ、黒コートの男に向かって。

「どーしてくれるんだよー、師匠にもらった僕の大切な帽子なのにぃー!」

 そんなティオに、男はにらみ付けるような冷たい目を向けた。

 ビビったティオは、セロの後ろに隠れるように逃げると、セロもティオをかばうように手をかけてくれた。


「そんな事より、こいつが目を覚ますぞ」

 黒コートの男にそう言われて、倒れている大ネズミに目線をそらせたセロが、再びその目を向けた時にはもう男の姿はどこにもなかった。


「何なんだあいつは!」

 居なくなったのを確認して、ティオが腰に手を当てて偉そうに言っているが、その時大ネズミが目を覚ました。

「わしとした事が、二度までも小僧にしてやられるとは」


 むくりと起き上がったが、今度はもう攻撃しようという気は起らなかった、目の前でセロに銃口を向けられている、大ネズミは観念したのか、その場にしゃがみ込むと。

「わしらの完敗じゃな」


 後ろには他のネズミたちも集まってきていた、皆セロたちにボコボコにされた者たち、おかげでモチベーションも下がってしまったらしくもう襲ってくることも無いだろう、リケに斬られたネズミも、血が出ているものの傷は浅いようで、しばらく手当てすれば治るであろうと思われる。


「じゃぁ、ボクに任せて!」

 ティオは魔法の杖を振り上げると。

「ケガを治してあげる魔法をかけるよ、ベリオガルバス・ヴィスヴィトール‼」


 ティオの呪文に呼応するように杖が輝き風が起こると――。

 中から絆創膏が飛び出してきた。


「あ、あれ?」

 すぐにケガが治るはずだったのにぃ、とショックを受けているティオに。

「ティオって、本当はそんな間抜けな魔法使いだったの?」

 最初、自分の事を優秀な魔法使いとか言ってたのに、とあきれ顔のリケに。

「絆創膏も、まぁ、間違っちゃいないが……」


 セロは苦笑いしながらフォローしてくれた。

 仕方がないので、絆創膏をネズミたちの傷口に貼ってあげた、これですぐに治るだろう、間抜けなティオの魔法でも、絆創膏はちゃんと全員の分はあった。


「世話になったな――」

 ティオに張り倒された頬に絆創膏を貼られた大ネズミがそう言うと、セロが。

「しかし、なぜ山賊みたいな真似を?」


 すると、大ネズミは。

「最近、わしらの仲間の数が、かなり増えてしまってのう」

「何で?」

「――何でと言われても答えに困るのじゃが、なぜか増えてしまうのだ」


 特に最近になって、その数が急激に増え、おかげで食べる物も大量に消費されてほとんど底を尽きてしまった、どうしていいか解らなくなってしまったのだという。

「生態系が崩れてきたんじゃないの?」

「セータイケー?」

 リケは難しい言葉を知っている。


「食物連鎖ってやつだ、最近は天敵になる強いモンスターがすっかり減っちまったもんな」

 セロも、さすが大人だ、でもその意味はティオにもなんとなく分かった。

「つまり、ネズミさんたちを食べてくれるモンスターさんがいなくなったって事だね」


 ティオにそう言われて、全員の視線がロズに集まった、すると猫モンスターのロズは。

「冗談じゃないわ、アタシはグルメなんだからネ、こんな奴らは食べないわヨ‼」

 そういって、そっぽを向いた。


「――それはそれで有難い事かもしれんが、おかげで数が増えすぎて、周りの木の実や小さい虫なぞも食い尽くしていった、気が付くと食べる物が無くなってしまったのじゃ」

「だから、通りがかりの人から食べ物を奪おうとしていたんだね」


 リケがそう言うとティオが。

「でも、泥棒さんをするのは良くないよ」

 偉そうに言うと、横でセロが小声で「お前が言うなよ」とつぶやいていた。


「それは解っているんだが、このままでは一族は飢え死にしてしまう」

 大ネズミはそう言うと、がっくりと肩を落としてしまった。

「あ、じゃぁさ」


 ティオが、何かを思いついたように。

「これ、あげるよ」

 と言いながら、背中の荷物をほどいて大ネズミの前に置いてあげた。

「これは――」

「お鍋だよ」


 で、これをどうしろと。

「鍋だけもらっても、しょーがねーだろ」

 大ネズミの気持ちはセロが代弁してくれた。


「気持ちはありがたく受け取っておくが……」

 大ネズミはそう言って返そうとしたが。

「旅の人が通ったら、こうしてお鍋を置いて、食べ物をくださいって言ったらいいんだよ」

 ティオは無邪気な笑顔だ。


「――それで、食べ物が手に入るのか?」

「うんっ、可愛い顔とウルウルしたお目目で言うともっと効果的だよ」

「そうなのか?」


 ネズミたちがウルウルした目をして尋ねると。

「うんっ、その調子」

 ティオが自信満々に答えてくれた。


「何だかそんな気になってくるじゃんか……」

 ふと、何か食料は、と身構えてしまったことに自分で驚くリケとセロ。

 でも、悪い事をするよりこっちの方が平和的でいい、上手くいくかどうかは別にして。


「――では、エンリョなく頂いておこう、すまなかったな小僧」

「うん、こっちこそ、いっぱいボコっちゃってごめんね」

 そう言うとティオたち一行は去って行った。

 鍋を残して。


 ネズミたちは、魔法のお鍋を手に入れた。


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