第4話 ティオ一行ピンチになる
ネズミたちと別れて、山道を進む一行は次なる目的地へと足を進めていた。
ティオは、さっきの騒動でボロボロになってしまった帽子を、ポンポンして汚れを落とし、なんとか形を整えると、もう一度被ろうと頭に乗せた。
「それ被るんかい!」
「うん、ボロボロになっても、これはボクの大切な帽子だから」
三角帽の真ん中が見事に破れ、力なく後ろに折れて垂れ下がってしまったが、ティオはそんな事気にもしない、歩くと、帽子の先がティオの動きに合わせて揺れている。
セロは、そんなボロボロの帽子を眺めながら、思いつめたようにティオに言う。
「悪かったな、俺のせいで……」
するとティオは、キョトンとしたまん丸い目でセロを見上げる。
「何で?セロは悪くないよ、悪いのはあの真っ黒いおじさんだよ?」
「――それはそうなんだろうけど……」
セロはあの時、怒りに任せて何も考えずに銃を撃ったのだ、その結果ティオをあんな危ない目に合わせてしまった。
「ちょっと貸してみろ」
セロは、ティオの帽子を取り上げると、その辺にあった木の棒で地面に丸い円を描き、その周りに記号のような文字を書き始めた。
「すごーい、魔法陣だぁ」
ティオが感心したように言うと、リケも「へぇ~、これがそうなんだー」と興味津々。
セロは描き終った魔法陣の真ん中にティオの帽子を置くと。
「俺はこれくらいの事しかできねーけど」
そう言って立ち上がり両手をかざす、すると描かれた文字たちが青白く光り出して浮かび上がって来た。
ワクワクしながら見つめるティオとリケの前で、帽子はポムンと白い煙に包まれ、中からは新品のようにきれいになったティオの帽子が現れる。
――はずだった。
「あれ?」
しかし、相変わらず地面にくったりと横たわるボロボロの帽子を拾い上げて、おかしいなーと頭をかきながらセロは。
「どこかで間違えたかな……」
しかしティオは気にもしない様子で、その帽子をヒョイっと受け取ると。
「たぶんこれは、師匠が魔法で出した帽子だから、何か特別な魔法がかかっているのかもなのだ」
そう言って、ボロボロのままの帽子を再び被るティオ。
「――すまん、ティオ」
「セロは悪くないよ、悪いのはこんな帽子を作った師匠なんだから」
ティオの無邪気な言葉にも、まだ納得いかない様子のセロに、今度はロズが肩に乗ってきて耳元でこっそり囁いた。
「さっきの、あんたの魔法陣は完璧だった、どんな奴にも負けてないヨ」
「……」
「そんなあんたの力をもってしても、まだ及ばないほどの強い魔力の持ち主だって事なんだよティオの師匠っテ」
ロズの言葉に、セロは考える。
俺の魔法が効かない程の強い魔力がかかった帽子が、なぜ俺の攻撃であそこまでボロボロになる、それにあの時、木を何本もなぎ倒すほどの力が俺にはあったか?
――あの男の力なのか、格の違いを見せつかられたのか?
ティオの師匠はともかく、さっきの黒コートの男の魔力はすごい、上には上がいる、どうせ俺はまだまだだですよーと、すねた事を独り言ちってしまうセロであった。
しばらく進むと、ついに小さい村に来た。
そこは、森の木々も枯れて荒れ果てた山の少し開けた土地、そこに小さな家がいくつか建っている、そんな小さな村だった、しかし、建物が古いしボロいし、しかも人のいる気配がない、静まり返って不気味ですらある。
「だーれもいないねー」
「もう人は住んでいないのかな」
そう言いながら、廃墟と化したような村の中を進んでいくと、なぜか一軒だけ他とは違う大きくて新しい建物がある、するとそのドアが、まるで一行を待ち構えていたかのように突然開いて、中から人が出て来て逆にびっくりした。
出てきたのは年老いたお爺さん、頭はハゲだが白い眉毛と長いお髭がフサフサしているいかにも怪しげな仙人のような杖を突いた爺さんだった。
爺さんはにこやかな笑みを浮かべると、静かに言った。
「おや、誰かと思えば――……誰じゃったかのう?」
「はーい、通りすがりの可愛い魔法使いと、カッコつけのハンターと、元気な戦士と猫のロズと犬のグレ子だよー!」
ティオが元気に答える。
「ほっほっほっ」
じいさんは、眉毛に隠れた細い目でみんなをマジマジと見ると。
「で、誰じゃったかの?」
「――ただの通りすがりの者です」
このじいさんに難しい自己紹介はいらないらしい。
「あら、どうしたの、お客様?」
すると今度は、建物の奥から声がしてもう一人現れた、長い黒髪に大胆に開いた胸元が超セクシーでナイスバディーで、可憐な美しい女の人だ。
「突然押しかけて申し訳ございません、通りすがりの半人前戦士と、おバカな魔法使いと猫と犬と、カッコいいハンターの俺です」
セロは現れた美しい女の人の手を取り、精一杯のイケメン顔を向けていた。
「俺の名はセロ、もし良ければセロとお呼びください」
「そうなのですか、私はリリファンと申します、何なりとご用命を」
「俺たちは旅の途中でこの村に立ち寄ったのですが、もしよろしければ、好き嫌いは言いません、食べ物を少し分けて頂けないでしょうかと思いまして」
「――まったく、セロは美人に弱いんだかラ」
と、あきれ顔のロズに、横にいるリケもため息をついている。
「あら、そうでしたの」
リリファンは、男前パワー全開で迫るセロの手をやんわりとかわして。
「でしたら、今からお食事をご用意いたしますわ、どうぞ中へ」
「ホント⁉やったぁー」
無邪気に喜ぶティオと、美人に弱いセロが中へ入ってゆくので、リケも慌てて後を追おうとしたら、誰もいないと思っていた他の古びた建物の窓から男の人たちが何人も覗いているのが見えた。
「あの中にも人がいたんだ、気付かなかった……」
しかし、それ以上は特に気にもせず、みんなを追って中へと入って行くリケだった。
中に通されるとそこは大広間だった、広間の真ん中に設置された大きいテーブルの上に、村の人たちが用意した超豪華な食べ物が次々と運ばれてくる。
香ばしく焼けた骨付き肉、ホクホク煮えた芋、プリプリの魚に新鮮な野菜、濃厚な色艶のスープ。
「うっわぁぁぁー美味しそうだぁ~」
見た事も無いような料理の数々、思わず手を伸ばすティオにセロがピシャっと。
「こら‼もっと行儀よくしろ!」
美人さんの前で、はしたない真似をするなと注意するセロだったが。
「あら、お気になさらず、どんどん召し上がって下さいませ」
「わぁーい、いただきまーす!」
ティオはもう骨付き肉にかぶりついていた。
「こら、ティオっ!」
「さぁ、あなたも遠慮なさらずどうぞ」
紳士ぶって遠慮がちなセロにも美人のリリアンは、愛想よくにっこり微笑まれた。
「はい、いただきます」
その笑顔に目が完全にハートになって、骨付き肉に手を伸ばし、口の周りをソースだらけにして肉を頬張るティオの横で、セロも負けじと頬張っている、足元ではグレ子もロズも、皿に取り分けてくれたご飯を元気にぱくついていた。
「あら、お口に合いませんかしら?」
これだけの料理を前にして、全く手を付けようとしないでいるリケに、リリファンが心配そうに声をかけた。
「いや、だっておかしいだろ、ただの通りすがりでどこの誰かも解んない連中に、何で突然こんな料理を出すんだよ!」
その言葉に、ティオもセロも動きが止まってしまった。
「あらやだわ、お代なんて頂きませんわよ、遠慮せずにささ、どうぞ」
「でも……」
するとリリファンは、しんみりした様子で話し始めた。
「……昔この村はモンスター退治にと通りかかるハンターや戦士たちの憩いの場所として大変賑わっておりましたのよ、村の人たちもそんな彼らを豪華な料理で迎え入れたり美味しいお酒を振る舞ったりしてとても楽しかったわ、でも今は訪れる人もいなくなってしまって寂しい村になってしまったのです、だからこうして時折立ち寄ってくれる旅人たちに、せめてもの精一杯の料理をふるまってあげるのが、この村の唯一の楽しみとなってしまったのですよ……」
セロはそんなリリファンの手を取り。
「そうだったのですか、悪かった、阿呆なこいつが何の罪もないあなたを疑ったりして」
「そーらよぉ、こんらに親切で美味ひいご飯を作ぅ人が、悪い人な訳ないひゃん!」
ティオもそう言いながら、食べ物を口に運ぶ手は止まらない。
「いえ、疑うのも無理はないですわ、解ってもらえて嬉しいです」
「そーだぞー、お前もしっかり食え!」
リリファンの優しい笑顔と、セロの勧めで、リケも一口頬張ってみる。
「美味しい……」
確かに美味しい、怪しいものが入っているわけでもなさそうだし、心配して損したとばかりに、リリファンの給仕でわいわい言いながら楽しく食べているティオとセロを見ながら、リケも美味しい料理を味わっていると、ふと、セロにお替わりを手渡そうとするリリファンがホロリと涙を。
「あ、あら、これは失礼……」
目頭をそっとハンカチで押さえながら、涙を止めているリリファンの側に、さっきのじいさんが近づいて来た。
「これ、お客様の前で泣くものではないぞ」
「分かっておりますわ、失礼いたしました、お気になさらず召し上がってくださいな」
再び笑顔を見せた。
――何だよ今の、この状況でまた楽しくご飯が食べられる訳ないだろう、とセロとリケが固まっていると。
「あの、何か事情がおありで?」
セロが、おそるおそる尋ねてみた。
「気にしないで下さいまし、これは私たちの問題なのですから」
そういうものの、リリファンはまたウルウルと泣きだして、じいさんの肩に寄り添った、じいさんはそんな彼女をなだめるように肩をさすりながら、事情を話してくれた。
「実はのう、この子は今夜この山の奥に住む妖怪の元にお嫁に行く事になっておるのじゃ」
「へぇ、おめでとうなのだ」
「これがおめでたい事ではないのじゃ、その妖怪はたいそうな暴れ者で、村を襲って困っておるのじゃ、しかしその妖怪はこれ以上村を襲われたくなければ嫁を差し出せと言われて、この子が選ばれたのじゃ」
「わたし、あんな妖怪の嫁になど、なりたくありませぬ~」
「そうは言っても、これも村の為なのじゃ、我慢しておくれ」
リリファンは更にシクシク泣き出してしまったのを、リケは複雑な思いで見ていた。
――何なんだ、この展開は。
気が付けば、窓の外から何人もの村人たちが こちらを覗いていた。
――あぁ、かわいそうに。
――本当にかわいそうに。
いやいや、あたしたちは、ただの通りすがり……あぁ、やばい処に出くわしちゃった。
セロを見ると、怒りに震えて何とかしてあげなくては!って思ってる目になっているよ。
「許せん!許せんぞ‼美しいリリファンさんを無理やり嫁にしようなど断じて許せん‼」
言うと思った、握りこぶしを手に立ち上がったものだから、ハシが割れてるよ。
「リリファンさん、もう何も心配することなどございません、悪しき妖怪なんぞ、このセロが必ずや退治して見せましょうぞ‼」
「なんとも心強いお言葉、あなたは命の恩人ですわ、何とお礼を言ったらよいか」
リリファンはセロの体にぴったりと寄り添って、おっぱいプルン、色っぽい手でその胸元をスルスル~っと。
「こ、このセロにすべてお任せくださえぇ」
何言ってんだか、顔を真っ赤にして、完全に鼻の下伸ばしちゃってるよ。
「でも、どうやってやっつけんのさ、相手がどんな妖怪かも知らないし、もしかしたら予想もつかない怪しい術を使うかもしれないし」
モンスターを相手にするのとはわけが違う、冷静に判断したリケがそう言うと、リリファンはセロの体から離れ、笑顔で答えた。
「それなら、良い作戦がありますのよ、魔法使いさんが花嫁のカゴに入って、戦士さまとハンターさまはその後を付いて行くのです」
「へ?ほぐほごほげほ?」
ティオは、この状況でまだ飯を食っていた、口いっぱいに頬張っていたので何て言ったか解らないが、作戦の一人に加わっていたことに驚いたようだ。
「当たりまえだ、それがリリファンさんの作戦なのだ、お前も協力しろ!」
そんなセロに無理やり引っ張られて外へ出ると、もうすでに花嫁の入るカゴが用意され、その周りには村人たちがスタンバっている。
「準備早っ!」
大きな神輿のカゴだった、キンキラにカラフルでド派手できらびやかな飾りでデコられている。
「えぇ~、ここに入るの~?」
ティオが恥ずかしがっていると。
「じゃぁ、ここにはリケが入るから、お前は歩いて行くかい?」
セロがそう言うと、なぜかリリファンは慌てた様子で。
「そ、それはいけません、カゴには是非魔法使いさんが乗って下さらないと」
リリファンの作戦は、花嫁の入ったカゴを、妖怪の住処へ置いてくる、妖怪が現れたら、側でこっそり隠れていたセロとリケが襲いかかってその妖怪を倒すというもの。油断したところに不意打ちを食らわせれば、妖怪も太刀打ちできまいというのだった。
山道を歩いて行って、更に妖怪をやっつけなければならない、ならばカゴに入ってじっとしている方がいいのか。運んでくれるし戦う必要もないし楽ちんだ。
「やっぱ、かごに入る」
「そうですわそれでこそ可愛い魔法使いさま」
リリファンは改めてセロに近付くと、その指でセロの胸をしなやかに軽く撫で回す。
「どうかご無事で――お戻りになりましたら、お礼にどんな事でもして差し上げますわ」
甘えるような妖しい瞳で見つめた。
頭の先が噴火して、セロのテンション一気にマックス‼
「――っしゃぁ‼期待して待っていて下され、なぁ戦士殿よ‼」
リケの頭をポンポンしながら気合も十分、リケはそんなセロに呆れて大きなため息を一つ。
ティオが花嫁カゴに入り、村人たちが数人で担ぐといよいよ出発。
先頭には提灯を持った人、その後ろには旗を持った人、次にティオの乗ったカゴ、そしてゾロゾロと村人たち、まさに花嫁行列、そこに交じってリケとセロが付いて行く。
いつしか日も沈み、辺りが暗くなってゆく、提灯に照らされた山の木々は枯れ、小川の水も流れておらず、かなり荒れた土地が広がっていた、こんな土地では作物も実らないだろうなと、変な心配をしていると、急に前を行く村人たちが二人を振り返った。
「?」
と、そちらに気を取られた瞬間、セロの横に居たリケの体は後ろに居た村人によって、いきなり大きな袋の中に閉じ込められた。
「リケ!?」
何が起こったのか理解できないままびっくりして、袋の中でもがいているリケを助けようとしたセロの後頭部にもズシンと痛みが。
「――くっ……」
誰かに殴られた、それでも何とか持ちこたえようとするものの、今度は村人たち数人によってフルボッコにされてしまった。
意識が堕ちる寸前、セロの前方はるか向こうには、それでも何事も無いかのように進んでゆくティオの乗ったカゴが。
――。
――どれくらいたっただろうか、ドサッという衝撃で気が付いたセロは、まだ痛む頭を押さえて何とか体を起こすと、横にはリケが倒れている。
「リケ、リケッ‼」
あわてて、体をゆすって起こそうとすると。
「――ん、ん……」
何とか目を覚まそうとしている、良かった。
それにしてもここは何処だと見渡す、どうやら薄暗い小屋の中のようだ、下にはワラが敷き詰められている、それに腰に付けていた銃が無くなっていた、リケの腰に差していた剣も無いようだった。
「何が、どうなってやがる……」
リケもようやく目を覚まして体を起こす、しばらくして小屋の周りでバチバチという嫌な音が聞こえてきた、壁にある小窓から見える空が、夜のハズなのに明るい、いや赤い。
「なんか、マズイんじゃねーか⁉」
嫌な予感がして戸を開けようにも、外からかんぬきが掛けられているのか、びくともしない、そこへ、小窓から何かが飛んできた、よく見るとそれは火のついた矢だった。
床にはワラが敷き詰められているのに。
「うわぁっ‼」
やばい、完全にやばい。
火の付いたワラは、まるで生き物のように足元のワラを這いまわり、大きな炎を上げ一瞬で小屋全体に広がって行った。




