朝の光と、小さな独占欲
翌朝、カーテンの隙間から差し込む柔らかな陽光が、部屋の空気を白く透かしていた。
湊が目を覚ますと、すぐ隣に柔らかな重みを感じた。境界線として置いたはずの枕はいつの間にか足元に追いやられ、真白が湊の腕に抱きつくようにして眠っている。
(……近いな)
すぐ傍で、規則正しい寝息が聞こえる。
真白の純白の髪が湊の胸元に散らばり、彼女が動くたびに、昨日一緒に選んだシャンプーの香りがふわりと鼻腔をくすぐった。俺と同じ匂い。けれど、彼女自身の体温と混ざり合ったその香りは、昨日よりもずっと甘く、深く、湊の脳を痺れさせるような錯覚を抱かせる。
真白のまつ毛が微かに震え、色素の薄い瞳がゆっくりと開いた。
「……ん、ぅ……」
「おはよう、真白」
「……みなと、さん……?」
寝ぼけ眼の真白は、自分が湊に密着していることに気づくと、一気に顔を真っ赤にして飛び起きた。
「ご、ごめんなさい! 私、寝相が悪くて……湊さんの邪魔を……っ」
「いや、いいよ。俺もよく眠れたし」
湊が苦笑しながら起き上がると、真白は自分の着ているパーカーの袖をギュッと握りしめ、クンクンと自分の肩口の匂いを嗅いだ。
「……湊さんの匂い、まだ消えてない」
「え?」
「お布団も、湊さんの匂い……。ここにいると、すごく、守られてる感じがして……」
そう言って、真白は少しだけ欲張りな子供のような顔をして、ベッドのシーツに頬を寄せた。その無防備な仕草は、昨日までの「捨てられることを恐れる怯え」ではなく、自分を受け入れてくれる場所を見つけたことへの「安心感」からくるものだった。
「お腹、空いたろ。朝飯にするか」
「はいっ、お手伝いします!」
キッチンに立つ湊の横で、真白は真剣な表情でお皿を並べていく。
今日のメニューは、厚切りのトーストと目玉焼き、それに温かいポタージュ。
真白はトーストを一口齧るたびに、幸せそうに目を細めた。
「湊さん。私……今日、湊さんのためにできること、もっと探したいです」
「そんなに意気込まなくていいって。……あ、でも、もしよかったら、午後から少しだけ勉強でもしてみるか? 学校、行けてなかったんだろ」
湊がそう提案すると、真白は一瞬だけ瞳を曇らせた。
「私……頭、良くないから。迷惑、かけちゃうかも……」
「俺が教えるから大丈夫だよ。真白と一緒に何かをする時間が欲しいだけだから」
「一緒に……」
真白はその言葉を噛みしめるように繰り返すと、花が綻ぶような、今日一番の笑顔を見せた。
「はい! 湊さんと一緒なら、なんでも頑張れます」
食事を終え、並んで洗い物をする。
ふとした瞬間に手が触れると、真白は逃げるどころか、自分から湊の指先に指を絡めてきた。
「……湊さんと同じ匂いで、湊さんと同じおうちにいて、湊さんとお勉強して」
真白は、湊の腕に頭をこてん、と預けた。
その瞳には、湊だけを映し出す、強くて重い「独占欲」の光が宿り始めていた。
「私……もう、ここから一歩も出たくないです。ずっと、湊さんだけの真白でいたいです」
冗談めかした口調ではなく、それは切実な祈りのようだった。
湊は、濡れた手を拭いてから、彼女の白い髪を優しく撫でる。
「ああ、ずっとここにいていいんだよ。俺も、真白がいない生活なんて、もう考えられないから」
窓の外では、昨夜の雨が嘘のように青空が広がっていた。
けれど、二人の世界は、この小さなアパートの一室で完結しているかのように、密やかで温かい熱を帯びていた。




