Ⅲ - 3
人がいなかったら叫びたい! 自分の部屋だったら、オンラインゲームしてるふりして叫ぶかも。小川は叫びたい時どうするのかな。あの竹林の中だったらできるかも。家からもちょっと離れてるし…
“食パン買ってきて”って母からメールが来てた。母のお気に入りのパン屋は、駅の反対側でちょっと遠い。コンビニでいいか。駅のコンビニで食パンと水を買った。バスを待ちながら、一気に飲んだ。
だいぶ夕暮れだけど、観光客は多い。この中を歩く気力がない。
少し涼しい風が吹いているのが救いだ。
あぁー、夕飯何かな。小川の家で、昼にカップ麺とアイスを出してもらって食べただけで、帰りに何か飲み物買おうとかまったく考えなかった。
行く時は緊張してたから、帰りはのんびりと景色でも見ようなんて考えてたのが馬鹿みたい。
家に着きリビングに入ると、母の甲高い声が響いていた。電話に出ていた。
朝、家を出る時まだ寝ていた父は、ソファに寝転がって、テレビを見ていた。テレビは消音になっている。なんかのグルメ番組みたい。
「あっ、今、帰ってきました。ええ、そんなそんな、もう高校生ですからねぇ…あ、そんなそんな、お口に合えばいいんですけど…お留守とは知らずに伺ってしまって申し訳ありません…いえいえ、こちらこそありがとうございます…」
母は電話機に向かってぺこぺこしている。相手が小川の、多分、母親なんだろうなと思った。
「はい、ええ、それはもう、こちらこそよろしくお願いいたします…いえいえ、ええ…小川くんご無理なさらないように、ええ、お大事になさって下さいね、はい、失礼致します」
母は僕と父にシーッと仕草をして、これ以上静かにできませんというくらい静かに受話器を置いた。
「はぁ〜、子機で出ればよかった」
どさっと父の脇に座った。電話機はソファから離れていて、いつもだいたい子機で出てソファに座って長電話している。
「何かのセールスかと思っちゃったからさぁ」
母は父の飲んでいたお茶を口にした
「なんだ〜ないじゃん」
母は立ち上がりキッチンに行き、麦茶のペットボトルとコップを持ってきた。
「テレビつければ?」
僕が言うと
「おう」
と父は消音を解除して、番組を変えた。
「達彦、お疲れ様、長旅ご苦労!」
母は嬉しそうに言い、コップを高々と上げる。
「電話、小川ん家?」
「うん、そう!びっくりしちゃって。ご両親お留守だったんだって?お菓子のお礼と達彦が無事帰れたか心配されて、わざわざお電話くださったのよ」
高々と上げたコップの麦茶をひと口飲むと
「あっ、食パン!サンキュー」
と僕の持っていたコンビニの袋を受け取って、キッチンへ行ってしまった。
「よく行けたじゃん。ママ、本厚木くらいまでこっそりついてったんじゃねぇの?」
「まさか、そんな事」
と言いつつ、これが中学生だったらあるかもと思った。
オクラと春雨の生姜スープを飲んだ。僕が好きなスープだ。マカロニグラタンとほうれん草のお浸し、切り干し大根の煮物、いつもは冷凍食品の鶏の唐揚げ、ちゃんと手作りしてある。パセリなんかつけちゃって。パセリも好きだ。
「ついてったりしないわよぅ」
母は頬をふくらませる。
夕食に僕の好きなものを作ろうと買い物に行ったのだろうと思う。鼻の奥がツーンとして、僕は慌てて唐揚げを頬張った。
小川も夕飯かな。両親と妹と四人で食べているのだろうな。
テレビのバラエティの話をしながら、父と母は箸を動かす。
父と母は仲がいいと思う。年が六歳離れているせいかもしれないが、父は母を奥さんだけど子どもや妹のように接していると思う。口げんか程度はたまにする事はあるが、たわいもない事だ。
父と母が兄や僕に手をあげたことはない。お尻や腿をポンと叩かれたりすることはあったが、ビンタなんてない。
今日、小川に聞かされた事を母に話すかどうかわからない。びっくりして傷ついてしまうかも。聞いてきたら、その時考えよう。
小川から父親の愛人の事を聞かされてから、気づくとその事を考えている。小川の家で聞かされた事とか繰り返し頭の中を巡っている。
僕が平穏すぎているのかな。母はどうだろう。小川の家に行ってからほとんど小川の話をしない。小川が翌週の火曜日から復帰してきた時に報告しただけで、
『よかったわねえ』
といつも通りの感じだった。
学校で小川とも何事もなかったように接している。
中間テストがあったり、文化祭の準備があって慌しかった。
5教科のみの中間テストの結果は、僕は言わずものがな、なんだけど、上位10名の結果が張り出された。
小川が学年トップだった。500点満点。
2位は隣のクラスのやつで、トータルで475点。
そいつは入学式で“新入生の誓い”を言ったやつだった。それは本当だったら小川だったのかもと思った。中学の卒業式の件で、変えたのだろうと。
『高校入試始まって以来の満点合格者』って青山先生が言っていたし…だいたいそういうのって成績トップにやらせるんじゃないの?




