Ⅲ - 2
縁側に座り、小川が麦茶を出してくれた。広い縁側は、板と隙間が等間隔で、幅は細いけど下がよく見えて歩くのがちょっと怖い。小川はなんでもないように歩っている。
改めて庭を見渡す。風呂場などの建物、井戸、庭の大きな木は柿の木だった。
柿の木の向こうは、多分何か建物があったんだろうなと思わせるように空いていて、軽自動車が一台駐まっている。
植栽があるのか、元々あったのかわからないような垣根っぽい木々が連なり、所々途切れている。
垣根は頑強な木造の建物に繋がる。風呂場の建物のようにだいぶ古いと思われる。小川は物置きと言い、
「何年物かわからない味噌樽があるよ。カビだらけじゃねぇの」
と言った。曽祖母が作っていたらしいが、祖母も母親も入ったところを見た事がないとか。
「家の人は?」
「親は法事で、妹は部活」
「妹いるんだ」
「中ニ。おまえは?」
「うちは兄ちゃんだけど、もう二十四歳」
「じゃあもう社会人?」
「そう、錦糸町の方で一人暮らし」
実際、どこなのか詳しく知らない。兄が錦糸町の方って言ってただけだ。
「あ、そう言えばさ、お母さんが、もし下宿とか考えてるなら、聞いて下さいって。親御さんにもお話ししますって」
と母に託された不動産屋のチラシを渡した。裏にウチの電話番号と父の名前が書いてあった。
「下宿ねぇ…これ以上金かかるの無理だよ」
そうだろうなとは思う。
「定期代と比べたらどうかとは思うけど、生活費とかあるじゃん。バイトとかすればいいのかなぁ」
学校は正当な理由がある場合はバイトを認めている。
「妹いるしなぁ」
「妹さんからしたら寂しいかな」
「妹っていうか母さんもだけどさ」
母思い妹思いなのかな、なんて思ってたら、
「親父がさ、なんつうか、きついんだよね。ちょっとした事で怒ったりさ。普通に話してて、突然怒って不機嫌になってさ。冗談通じないっていうの? めんどくさいんだよね、手も早いしさ」
「叩かれたりするの?」
母親や妹も叩くのかな。僕は親に叩かれた事ない。
「中一くらいまではね、何かっつうと叩かれてさ。ビンタとかゲンコツとかさ。なんで叩かれたのかわかんない事とかあったしね。妹も口答えするからさぁ。黙ってりゃいいのに。母さんも庇ってくれるけど、怒鳴られたりさ。会社じゃいい人みたいだから、外ヅラがいいんだろ。ストレス発散してたんじゃないの?ご近所さんの評判もでき過ぎってくらいいいしな」
母親と妹が心配なんだな、きっと。
そんな父親なのに卒業式の時はどうだったのかな。ひどく怒られたんだろうな。めちゃくちゃ殴られてそう。
父親の様子を聞いて、沢田さんとの事が想像できない。沢田さんにもそんなだったのかな。
小川はどうして沢田さんとの事知ったのかな。両親が不仲とかかな。
小川は、緩やかな傾斜のある庭の先にある坂道を降りていく。降りると竹林でその中に細道が続いていた。
竹林はとても高くて風もないのに、ザワザワと音を立てて揺れていた。
竹林を抜けると、川に出た。川はここに来る時、2回渡った川だ。やはり護岸工事が施されていて、鯉が泳いでいた。祖父が子どもの頃は泳げたらしい。
対岸は畑らしく、こちら側と同じように、奥に向かって緩やかに高くなっていく。ところどころに家はあるが、山を背景にしている。
「小川ん家すごいな、自然豊かって感じ」
「田舎だろ?おまえの所だって鎌倉でなんかカッコいいじゃん」
「そうなのかなぁ、でもさ今は人が多くてさ、うっかり車で出たりするとやばいよ」
「ああ、学校説明会の時、母さんが観光客を説明会に来る人だと思ってたもんな『こんなにいるけど大丈夫なの?』とかさ」
「へえ、でも確かにそうかもね。キタカマ(北鎌倉駅)からだと行く方向が大体同じそうだもんなー、うちの方はそれほど観光客見ないけど、迷ってるっぽい人はたまに見かけるね」
山は低いがこの地域を取り囲んでいるといった感じだ。風は感じないのに山の上の方の木々は揺れている。僕たちの上の方に風が流れているのかな。雲もなくて真っ青な空だ。
帰りながらずっと考えていた。怖い父親。母親と妹を守りたい。
沢田さんの事をいつ知ったのだろう。小川が知っているのを両親は知っているのだろうか? 妹は?
そもそも母親は知っているのだろうか? 愛人だったと言っていたけど、それって今は別れてるって事? 子供のことは知ってるのかな? 子供は父親の子なのかな?
鎌倉に住んでること、どうして知ったのかな。まさか、沢田さんがいるから鎌倉の高校に来たとか? 鎌倉の高校に入ることを特に両親が反対したっていう印象はない。父親は沢田さんが鎌倉に住んでること知らないのかもしれない。
小川だって入学まで何度か学校に来ていたんだから、とっくに沢田さんのアパートを探したりできたはずだ。スマホで調べたりしなかったのかな。マップだったら、すぐわかるのに。あえてしなかったのかな。まあ、受験だし、まずはそっちって事だったのかな…




