Ⅲ - 1
翌日。
「小川くんのお見舞いに言って来たら」
と朝早くから起こされた。土曜日なんだからゆっくり寝たかったし 、途方もなく遠いところに行く自信がないし。
「小川の都合だってあるじゃん」
結局行かされた。
『母が心配してるって言うのよ、そう言えば断れないでしょう?本当に用事があれば仕方ないけどね』
ちょっと図々しくないか? 小川にメールしたらあっさり、
『いいよ』
スマホで調べて、母からもメモ書きを渡された。
駅前で土産を買って持たされ、母は大船までついて来た。
大船でJR東海道線に乗り換え、一駅の藤沢に行き、小田急江ノ島線に乗り換え大和まで行く。大和で相鉄線に乗り換えて海老名まで。海老名で今度は小田急小田原線に乗り換え本厚木駅に……
駅前の案内板とスマホを見比べながらバス乗り場へ。
『バスが出たらメールして。バス停まで迎えに行くから』
バスの乗客は多かった。座れたけど、平日の登下校時は座れなそう。
バスは駅前の賑やかな繁華街を走り、大きな通りに出た。
6車線の道路だ。広々していて、両側には大型の店舗やビルが立ち並んでいる。129の標識あり “八王子”“新宿”の文字もある。このままずーっと走ってったら、新宿着くってこと? どこいくんだろう? 行き先、間違えずに乗れたよな…
途中、斜めの道に入っていった。普通の2車線。こっちは商店や住宅が見え、生活感があった。
しばらく行くと突然拓け、高い建物はあまりなく、郊外型の店舗や畑もけっこう見える。緩やかな高台になっている先に、団地や規則正しく建ち並ぶ住宅地もある。
“……丁目です。バスが停止するまで おかけになってお待ち下さい”
アナウンスが流れ、慌ててブザーを押した。
気がつくと乗客は僕を含めて4人だけだった。 最初の頃はバス停ごと乗り降りも多かったと思ったけど、外の景色も山がかなり近くなっていた。
バス停から少し離れたところに小川はいた。
「遠かったろ」
「あー、うん。ちょっとした旅だね」
「旅ね。そうだな、遠出だよな」
小川は 「こっち」と言いながら先に立って歩出した。
改めて見回すと、それなりに家々はあるけど 畑の方がずっと多い。
歩く方向に向かって土地が下がって行く。川にコンクリートの橋がかかっていて渡る。川を覆い隠すように両岸から樹木が生い茂り、ちょっと滑川を思わせた。
しばらく行くと、また川を渡った。
「これって さっきの川?」
「そうだよ」
さっきとは全然表情が違う。かなり川幅も広くなっていて護岸工事が施されていた。
「なにあれ?鯉?」
「あー、そうだろ?飼えなくなって放しちゃうんじゃね?結構いっぱいいるよ」
赤や黄色の鯉が数匹、少し濁った水面越しに現れては消える。
しばらく川に沿って歩き、途中自動車一台ギリギリ通れるくらいの道に入った。道の左側は 僕の身長ほどに コンクリートの壁 、と言うか土留めが施されていて上には住宅が立ち並んでいる。
右側は伸びるに任せたままのような垣根が続いたが、途切れたところにいきなり玄関のドアがあった。門もなく、垣根が実は建物でしたという風情だ。
ドアは木製の大きなドアだった。ドアを取り囲む、はめ殺しのガラス窓が透明で、玄関内部はもちろん廊下や階段や飾ってある絵画の額も 言葉は悪いが丸見えだ。
「こっち」
小川は玄関を素通りした。
今度は建物と垣根の間はかなり広く開いていて、 庭に入り込めた。
「すごい! 広っ」
庭はやはり緩やかに下がっていた。建物もかなり大きいと思うけど、それがあと5、6棟は建てられそうだ。
庭の真ん中に大きな木がそびえていて、艶やかな濃い緑の葉がたくさん茂り、涼しげな木陰を作っていた。
木の下にコンクリートで作られた水場があり 水道もあるが大きな井戸もある。以前、僕の家にもあったが使わなくなったので埋めてしまった。
井戸の正面に木造の建物があって、風呂場だとわかった。かなり古そうで、入口の木製の引き違い戸は、これも古そうな磨りガラスがはまっていて、右側が全開になっていた。そこには風呂の焚き口があって、焚き付けに使うのか、少女マンガ雑誌が半分くらい破られて置いてあった。今でも使われているってことだろうか? 風呂は桧風呂っぽい。
風呂の隣は狭い通路があって、トイレがあった。今は誰も使ってないが、男女に分かれていて、子どもの頃は外で遊んでて使った事もあると小川は言った。
「女子トイレはもう埋めちゃってあるんじゃないかな。ぼっとんの和式だったしね」
「和式…」
和式なんて小学校にあったけど、使ったことない。
続きの棟には農機具が置かれているけど、埃だらけだった。その隣りは壁のない柱と屋根だけの空間で、かつては豚と山羊を飼っていたらしい。
「親父が子どもの頃は山羊の乳飲んでたらしいよ。信じらんないだろ」
山羊の乳なんて想像できない。




