Ⅰ - 3
「部活決めた?」
鎌倉宮のバス停の待ち時間、ずっと黙ってた小川が聞いた。ずっと黙っていたからの話題がそれか、とも思ったけど小川は気持ちを切り替えようとしてるのだろうな。何事もなかったようにって言うのが、こう言うことなんだろうな。
「どうしようかなぁ〜、運動部には入んないけど、小川は?」
「俺もかな、家遠いから運動系は無理だよ」
「中学は何やってたの?」
「やってない。そのへんは自由だったんだよね。三崎は?」
「人形劇部…」
「えーっ⁉︎意外なんだけど!」
ちょっと恥ずかしくなってしまったが 、実はけっこう真面目に取り組んでいた。物心ついた頃から人形劇全般が好きだった。
「人形劇部はー? 学校にはないよな。演劇部もないし、て言うか人形劇部があるのが珍しくないか?」
「うん、ベースは文楽なんだけど、指人劇とかやって、幼稚園とか老人ホームとか行ったりしてさ」
「文楽って…なんかすげぇな。次元が違う」
「一回もやった事ないけどね〜」
そもそも地域の文楽の継承のためにできたらしいが、僕がいた頃は文楽は一切話題にもならなかった。
バスが来て三崎は帰った。
「ごめんな、お母さんにも謝っといて…」
そう言ってバスに乗り込み、一度も振り向いたりしなかった。バツが悪かったのかな。母も泣いたりしちゃったし。
僕も急に肩が重くなった気がして、右肩をグルグル回した。
小川が家に来てから一か月くらいたった。
あれ以来、あの日のことを小川は話さない。もちろん母も話題にしない。
おしゃべりな母だが、さすがに父にも話してないのか、父も何も言わない。
父も学校のOBなので、話題といったら学校あるあるネタくらいで友達や部活のことも聞いてこない。
ただ、先週の日曜日に沢田さんという人に会った。インターフォンが鳴って僕が出た。
『◯◯コーポの 沢田です』
言葉が出ないでいると、
『日曜日にすみません。奥様いらっしゃいますか?』
「…あ、ちょっとお待ち下さい」
僕はやっと声が出た気がして、急いで玄関に出た。
沢田さんは意外と背が高かった。髪は短くて 白いシャツにジーンズ。ボーイッシュなスタイル。大人にボーイッシュと言っていいのかわからないが母親には見えない。と言うか、会ったことがある人だった。いつだったか覚えてないけど、やはり玄関先だった。
「ちょっと 実家に帰ったので、よかったらどうぞ」
と紙袋を差し出した。
「アッ!すみません!あの、母は庭にいますんで呼びますね」
と言いつつ庭に行こうとしたら母が来た。
「あらー 、沢田さーん、お久しぶり〜 なんかピンポン鳴ったかなぁと思って」
「こんにちは。ご無沙汰しちゃってすみませんでした。あのこれ、実家に行ったのでちょっとですけどよかったら…」
「えー! いつもありがとうございます〜ぅ。あら、手が汚いから…達ちゃん戴いて」
「あー、はい。ありがとうございます」
と受け取った。見たことがある袋と包みだった。何度か食べたことがある神戸の洋菓子店のものだった。沢田さんからもらってたのかな。
「弟さんですよね、高校生?」
「あ、はい 高1です」
「前にお会いした時は 小学生だったのかしら?お母様にくっついてる感じがしてたけど、大きくなっちゃって」
「背ばっかり大きくなっちゃって、中身は子どもよね〜」
母はニヤニヤして僕を見ていた。
こういった会話はよくあるやつだが、今の沢田さんとの会話も母にはいつものよくあるやつなんだろう。こんな時まで小川のことを思ったりしてないだろう。だからその後もまったく小川の話題はなかったし、小川にだって沢田さんと会ったことなんて言ってない。




