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Ⅰ - 2

 僕たちは、とにかく空腹だったのは確かだ。

「カップ麺しかないわよ」

と言いながら、母はお菓子とコーヒーを出した。

 リビングのテーブルはかなり古いもので、母が嫁に来る前からあったとか。ナントカの木の一枚板で畳一枚くらいはあるらしい。とにかくでかい。

 母は兄や僕の友人が遊びに来たりすると、必ずこのテーブルでお茶菓子を振る舞った。部屋に行って遊んだりゲームをしたりするけれど、お茶菓子を用意して持ってきてくれたり、取りにこさせたりしない。

 友人の家に遊びに行くと 、大体、友人かお母さんがお茶菓子を持ってきてくれたりする。

「うちのお母さんって変わってんだよ」

とか言うと友人たちは

「おまえのお母さん、おもしろいよな」

と言って気にしない。逆におしゃべりするのが楽しいと言う友人もいた。

 そう、母はしゃべりたいのだ。

 息子たちが連れてきた友人と、仲間さながらにしゃべってる。

 〇〇くんは △△ちゃんが好きとか 、◻︎◻︎くんは 渋谷で服買ったとか、よく知っている。

 友人たちもついしゃべってしまうようだ。話しやすいと言う友人もいた。あれこれ詮索してるわけでもなく、誘導されてもいないんだろうけど。

 今も小川と僕の向かいに座り、コーヒーを飲みながら、小川の食べるタイミングに合わせしゃべりかけてくる。小川も最初は緊張していたが、やはり母のペースに乗せられたのか、笑ったりしている。

 

 「厚木からなんて遠いでしょう? 朝、何時に家出るの?」

「7時くらいです。本厚木までバスに乗らないといけないので」

7時‼︎ 僕はまだ寝てるよ…

「達彦なんてまだ寝てるわよね、ねぇ」

母と同時に思った。

「私だって、まだ朝食の準備中よ。お母様大変ね」

「あー、まぁ、そうですね。父も早いので 」

「あらあら、そりゃ大変だ」

母はため息をついて、コーヒーをお代わりした。

 「鎌倉の高校に来るのって 反対されなかったの?」

「いや、別に… 担任の先生のおすすめだったし、納得してたんじゃないかと思います。定期代がかかり過ぎるくらいですかね」

「あぁー、そうよね 。達ちゃんなんて 長距離の移動は無理よね」

そう、僕ははっきり言って苦手だ。家や学校の周辺くらいしかわからない。誰かにくっついて連れて行ってもらいたいくらいだ。どうしても一人で動く時は 事前に綿密に調べる。


 「あ、そうそう、あの白い外壁のアパートってうちの?」

「白い?」

「お墓のそばの」

「お墓?」

母は怪訝な顔をして考えてる。菩提寺のこと考えてると思って、

「ほら 頼朝じゃなくて…」

「あー、広元?」

「そうかな 、そう?」

僕は小川を見た。

 小川は 箸をカップの上に丁寧に置いた。さっきまでの柔和な感じはなくなった。

「そうですね、○○コーポです」

「あー、そうよ。 そこがどうかした?下宿探してるの?」

たまに県外や県内でも遠い地域からの入学者がいて、アパートを安く貸す事があった。

「そうじゃなくて知り合いがいるみたい?知り合い?」

そう言って、知り合いかと聞いたかどうかも忘れていた。そんな会話したっけ?

 「どなた?何号室?」

「201です」

「…えーと 201?」

母はしばらく考えて

「沢田さんかしら?」

「沢田…」

二人の声が重なった。

「うん、沢田さんよ。知り合いなの?」

母が言い終える前に小川は

「子どもがいますよね」

と聞いた。

「えっ? あー、男の子いるわよね。まだ小学生じゃないわねぇ、保育園かな?知ってる人?」

 小川は言葉を失ったのか選んでたのか、少し沈黙した。

「父の愛人です」


 僕は血の気が引いた。母も驚いた様子で小川を見つめていた。なんだか踏み込んではいけないことだったのではないだろうか。

 そんなに親しくなってるわけでもないクラスメイトと母親にまさかそんなこと言うなんて…

 母はしきりにコーヒーカップのふちを触っていた。

「すいません。正確には だった人、です」

小川が頭を下げたので、母は慌てて

「いいのよ、いいの。ちょっとびっくりしちゃっただけだからね、ねぇ」

と同意を求められても、なんて言っていいのかわからない。

「いや、すみません。驚かせてしまって…」

「いいんだけど、 聞いちゃてよかったの?と言うか、私たちなんかに話しちゃってよかったの?もちろん誰にも言ったりしないわよ。達ちゃんも言っちゃダメよ」

僕はただ頷いた。何度も。

 小川は黙っていたが、突然

「すみませ…」

と言い、テーブルに両ひじをついて両手で顔を覆った。泣いているのかと思ったが、呼吸を整えているみたいだった。

「本当にすみませんでした。三崎もごめん…あ、あの」

 小川が母をみながら慌てているので、僕も母を見た。

「お母さん!」

母はまっすぐ小川を見たまま、大粒の涙をボロボロこぼし、ぬぐう事もしなかった。

「すみません。あの、どうしよう、俺」

小川はテーブルに置いてあったテッシュを2、3枚素早くとると母に渡した。母はハッとして

「あぁ〜、ごめんね。ごめんね」

受け取ったティッシュで盛大に鼻をかんだ。

「ごめんね〜おばさん花粉症もあるから … お恥ずかしい」

母が笑ったので、小川もホッとした表情になった。

 二人が花粉症のせいですよ、と言うことにしたんだなと僕は思った。笑ってごまかすじゃないけどそんな感じ。


 母が小川のために泣いたのを、小川はわかって母に合わせた。

 母親だから、生まれた時から一緒にいるから 気にせずにいるけど、母はそういうところがあるなと思った。友人にウケがいいのもこういうことなのかもな。

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