I - 1
この作品はフィクションです。実在の人物や団体、地名などとは関係ありません。
ゴールデンウイーク明け、スポーツテストの最終日。1500メートルの持久走が実施された。
校舎に囲まれたグラウンドは、外部からは見えず 唯一開けている南方向は山なので 、200メートルのトラックを7周半走ってるうちになんだかどこかわけのわからない場所に飛ばされてしまった感覚になった。
鎌倉、鶴岡八幡宮に近い中高一貫校は、校舎内に一歩入ると、外の交通渋滞や観光客の喧騒が別世界なのかと思われるほど静まり返っている。
中高生たちが静かなはずないが、授業中の音楽の歌声や体育のかけ声などは心地よく響いている。
もちろん休み時間は騒がし過ぎて、これもまた別世界だ。
走り終わって日陰に倒れこむと、見学していた担任の青山先生がスポーツドリンクを差し入れてくれた。
「あざっす」
「いただきま〜す」
皆一斉に飲み干した。それくらい渇いていたし暑かった。体調が悪くなる生徒がいないのが不思議なくらいだ。
青山先生は教師になって2年目で、担任を持つのは初めて、と自己紹介していた。担当は 現国。
「三崎ぃ、お前、陸上部入れよ。俺、顧問なんだけど」
「えっとぉ、アメフト入ろうかなぁと思って…」
「なぁに言ってんだよ、まったく」
と誰かの飲んだ空きボトルで、僕の頭を叩く振りをしながら、
「小川は?陸上部入れよ」
僕の隣にいた小川にも声をかける。
「俺、部活やる気ないんで、書道部?」
「幽霊部員になるつもりだな、俺が顧問を掛け持ちしてもいいんだけど?」
そんなつもりはまったくなさそうに言った。
部活には必ず所属しなければならず、帰宅部にしたい生徒は大体書道部か写真部らしい。
「おまえ 、アメフトやんの?」
小川とは喋った事はなかったから、急に話しかけられてびっくりした。それも“おまえ”だし…
「イヤ、まあ でまかせ?」
事実だ。
「なーんだ」
小川はプッと吹き出して笑い、長く息を吐いて、と言うかため息か。
「鎌倉宮の近くだって言ってたじゃん、鎌倉宮って近いの?」
「近いっていうか歩けなくもないけど、バスも出てるよ、行くの?」
僕が自己紹介で言ったことを覚えていたらしい。
僕もひとつ覚えている。小川が厚木市から通ってると言ったことだ。自分が住んでいる鎌倉近辺はわかるが、同じ神奈川県内だけど、厚木市のある県央地区ってなんとなく薄ぼんやりしていてよくわからない。とてつもなく遠いところから通っているんだなぁと思ったのだ。
ホームルーム終わりに小川に呼び止められた。
「ここってどこかわかる?近いかな」
小川は小さな紙切れを見せた。
5センチ四方ぐらいの紙切れはノートの切れ端のようだった。たたんで大切に持ち歩っていたのだろうか、折り目がくっきりしていて紙自体も時の経過がうかがわれる。
「あぁーっと、割とすぐだよ。八幡様の向こう側かな」
紙切れには住所が書かれていて、集合住宅ぽくて部屋番号があった。
「……」
小川が何も言わないので 、
「行ってみる?」
と聞いた。
小川はうんとかああとか言ったようだったが 黙ってついてきた。どうせ帰り道だからいいけどね。
学校を出て鶴ケ岡八幡宮の境内に入った。登下校で八幡宮の中を通ってはならない、という校則を守ってる生徒はいるのか?
八幡宮の反対側から通う生徒は大体横切ってるだろう。先生だって横切ってるの見たことあるし、うちの親だって横切ってる。
「今 入ってきたとこが西側で、向こうが東だから、その辺なんじゃないかな」
僕は見えない西御門を指差した。書いてあった地名だ。
「東なのに西なんだ…」
小川がつぶやく。説明しようとするとすぐに
「あぁ、御所の西の門ってことか」
「そうそう…」
理解が早すぎて言葉が続かない。八幡宮の東方に頼朝の開いた御所があった。その西門方向の地名の一部が西御門という。
メモに書かれていた住所にアパートが建っていた。
建築年数は相当経っていそうだが、ちょっとした植栽は綺麗に整えられていて小綺麗だった。
建物を取り囲むように小さなピンク色の花がびっちりはえていた。
「あれ?ここって…」
僕は辺りを見渡した。
小川は201号室の表札を確認しに行った。
インターホンを押すわけでもなく戻ってきて、
「悪かったな ありがとう」
「訪ねないの?」
「留守っぽいし、表札も書いてない」
どの部屋にも人のいる気配はないのはわかる。シーンとして静かな場所だった。
「あのさ ここって うちのかも」
「うちのって?おまえんちの所有ってこと?」
「多分…あー多分?」
「なんだよ」
「この辺にあるって聞いた事あって…この花ってさ、うちの庭にもすっごくあってさ、雑草っぽいけど山野草なんだって。だからそうかなぁって」
「ふーん、まあ 場所がわかったから…」
「昼間仕事だったら土日の方がいいかもね」
その場から離れようとしたが、小川は建物を見上げたままだ。僕は道路まで出てから、
「お母さんに聞いてみる?」
と聞いた。少し意外そうな顔をしたけど、小川はうなずいた。
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