Ⅴ - 3
「タツーッ、飯ーっ」
階下で父が呼んだ。
降りていくと、玄関で立ったまま寿司桶のラップを開けて、海苔巻きをつまみ食いをしている。
「ママ、ヤル気ねぇから寿司取っちゃった」
母は安心したのか、ソファーに横になったまま動かなかった。まあ、無理もないけど。
キンキンに冷えたリビングで、母は毛布にくるまっていた。
「なんか食ったのかよ」
父が母に聞くと母は
「ドーナツ」
と言った。
「なんだよ、食ってんじゃん。食欲ない〜とか言っちゃって」
「甘いものは食べられるの」
と起き上がり、寿司を見て
「きゃー、美味しそう!私のために?」
なんて言ってる。そうなんだろうけど。
「ちげーよ」
と言いながら父は小皿や箸を用意した。
父は口が悪い。祖父もそうだったと思う。兄もそうだ。
母は口うるさく注意していたらしいが、まったく直らなかったので、僕には特に厳しかった。言い直しさせられたりするのはしょっちゅうだった。母が面倒くさくて言う事聞いてたって言うより、上手くやられた感はある。
小川もちょっと父や兄っぽいかもしれない。
父は小川や沢田さんの事はすべて知っていた。母が話していたのだ。だろうなとは思ったけどね。
夕食後、父が部屋に来て言った。
「お前さ、なんかあったら話せよ?言いたくなければいいけどさ」
「なんかって…」
「今日みたいなことだろ?ママが心配してんぞ?自分から言い出して行かせたくせに、小川ん家行った日とかさ。ちょっと変だって」
お見通しなんだ。
そう、母はなんでもお見通しなんだ。だから、友人達との会話も成立している。
僕は父に、校外学習で沢田さんと会った事と、小川に聞いた父親の事を話した。
父は黙って聞いていたけど、大きくため息をついて、
「辛かったな」
と言った。
気がついたら僕は涙が出てしまっていた。自分ではあんまり気にしないようにしてたつもりだったけど、そうじゃなかったんだ。
父は黙って僕を見ていた。優しい表情だ。母が聞き耳たてているかもだけど、泣きじゃくってしまった。
抑えられなかった。僕が落ち着くまで父は側にいて、部屋を出る時、肩をポンポンと叩かれた。温もりを感じた。
僕は父に話してだいぶ楽になった。父や母に心配かけてたんだな。母が泣いてたら、ごめんなさいなんだけど、今日はなんだか甘えたい。
勉強もやめて、ベッドに寝転がってエアコンの風にふかれた。
小川は泣いたりするのかな。夜中に一人で、布団にくるまって静かに泣いている小川を想像した。
僕なんてなんの力にもなれないけど、なにかできる事あるのかな。父親の事は置いといて、普通に友だちとして、須田や淡路だって、力になってくれると思う。
翌日、母は何事もなかったかのように接してくれた。ちょっと照れくさかったけど、嬉しかった。
僕が幼児の時、庭で遊んでいたのにいなくなり、兄達が探してくれたこと。昨日の母の様子を見て、あの時もきっと心配で心配で生きた心地がしなかったんだろうなと思う。もちろん沢田さんもだけど。
父は、健ちゃんを探してくれたアパートの人たちに、家主として改めてお礼に行った。
健ちゃんは、小川にトンネルで遊んでもらって嬉しかったらしく、『今度いつ来る?』と言ってるとか。
トンネルが狭くて、泥や落ち葉が積もっているので、普段、沢田さんは遊ばせなかった。
健ちゃんはこっそり家を出て公園に行き、トンネルで遊んでいた。それを小川が見かけて遊ばせていたのだった。
沢田さんはどんな気持ちかな。次、公園に行ったらトンネルで遊ばせてあげるかなぁ。




