Ⅴ - 2
父は駅前にいて、すぐにアパートに様子を見に行った。
沢田さんはアパートにいて、他の住人達が健ちゃんを探しに出ていた。健ちゃんが戻ってきた時、お母さんがいた方がいいからと言ってくれたそうだ。
警察に届ければ、市の行方不明者の放送ができるが、沢田さんは迷っていた。
母にお金を渡されて、途中で水やスポーツドリンクを買ってアパートに届けるように言われた。テスト勉強なんて言ってる場合じゃないから、自転車で出かけた。
風が生温い。こんな中、迷子になってるのかな。熱で汗ばんだ額に、前髪が張り付いていた姿を思い出した。
アパートに行くと、父とアパートの住人か、数人で立ち話をしていた。
皆に飲み物を渡してから、僕もその辺を回ってみようと思った。観光客がいるから自転車をアパートに置かせてもらって徒歩で行った。
ただ歩くわけにはいかない。小さい子一人の姿はほとんど見ない。誰かと一緒かもしれない。それにしても人の多さよ…
駅や八幡宮の方には見当たらなかったらしい
病院に行くって言ってた時、どの辺であったっけ? 妙本寺の近くだったかな。駅から近いけど、アパートとはまったく逆方向だ。
あんな遠くに一人で行くかな。迷子になって、方向もわからないだろうけど、なんとなく見たことある道に行っちゃうことってあるかも。
頼朝の墓に向かう十字路を曲がる。
角に公園があって、ここにも観光客らしい人達がいる。木が多いので、木陰で休んでいるようだった。ブランコに座ってる人もいる。遊びに来た子どもが使えないじゃん。
コンクリート製の三角の滑り台があって、土台の下に土管みたいなトンネルが通してある。小さい子しか通れないな。
トンネルを覗き込んでいる男性が目の端に入った。子どもを遊ばせているのか。トンネル内に向かって手招きしている。
「小川?」
そうだ、小川だ。文化祭の時に持ってたボディバッグをつけている。ピンク色のお守りを付けていて、彼女にもらったのかと聞かれていたけど、妹にもらったって言ってた。お守りがゆらゆらしている。
トンネルから出てきたのは健ちゃんだ。一回しか会った事ないけどわかる。だって小川によく似てる。あの時は気づかなかったけど。
「小川」
僕は声をかけた。
「おう」
小川は驚いたようだったが、健ちゃんを立たせながら、ズボンの膝の汚れをはたいてやった。
「健ちゃん…」
健ちゃんは僕を見あげ、すっと小川の後ろに隠れた。
「あのさ、今、健ちゃんいないって大騒ぎになってて…」
「えっ⁉︎」
驚くよ、そりゃ。
「とりあえず、健ちゃんいたって連絡させて」
僕は父に電話した。
その間も健ちゃんは小川の手を引っ張り、遊ぼうとする。小川は明らかに戸惑っている。小川が連れ出したのか?
そもそも、健ちゃんがいなくなった状況を知らなかった。家にいて、いつの間にかいなくなったのか、沢田さんと外出先ではぐれたのか、まさか留守番させてたなんて事はないよね…
沢田さんと父が公園に来た。沢田さんは健ちゃんを抱きしめて、大泣きしてしまい、公園内の人々の注目を浴びた。
「とりあえず、よかった、無事で」
と父が言い、沢田さんは何度もうなずいた。
「小川くん?俺、達彦のオヤジです」
と父が小川に言った。小川はうなずき父に向かって
「あの、すみませんでした」
と言い、
「沢田さん、すみませんでした」
と深々と頭を下げた。
沢田さんは何も言わずにいた。“小川”と聞けば誰かわかっただろう。健ちゃんが手を伸ばし小川の頭を撫でた。
沢田さんは小川が誰なのかわかっていただろうけど、何も言わなかった。
小川は、ただなんとなく、沢田さんのアパート近くに行っていただけだった。駅に戻る途中、公園に健ちゃんが一人でいるのを見つけた。一人で遊びに来たと言ったらしく、少し遊ばせて送ろうと思っていた。
どうして健ちゃんとわかったかというと、やはり校外学習で僕が声をかけられた時に気づいたらしい。
あの時、小川自身も体調が悪かっただろうけど、僕が適当に誤魔化したのもなんか申し訳ない。それで余計に具合悪かったのかも。
父は沢田さんに、息子の友だちで悪意はないみたいだから、自分に免じて許してやって欲しいと言った。沢田さんもそう言われるまでもなく、そのつもりだったようだが、複雑な心境だろうなとは思う。




