7.僕たち、友だちッスよね
ひじ掛けのような物が足元についている椅子に足を拘束されたエディスは、もう何分も放置されていた。
じんじんと疼く折れた足の指の痛みに、時間の感覚がなくなりそうになる。
クレマときたら、エディスの横で見下ろしているだけだった。
「私の両親は奴隷商人でね、当然ながら私も彼らを手伝っていたんだ。ある年、両親に中央に連れていってもらった。大きな奴隷市に、勉強でな」
そこで幼いあなたに出会ったのだと、頬に手を添えられる。
エディスはふと顔を上げて彼を見て――後悔した。
彼は恍惚とした笑みを顔中に広げていたのだ。その狂気じみた笑みに血の気が引く。
「あの日も、何時間もあなたを見ていた。男がひしめき合っていて押されたが、それでも……一日中でも見ていられただろうな」
愛らしかった、笑う顔も犯してほしいと男を誘う歌を奏でる口も。そう言いながら近づけられた顔に、エディスは顔を背けた。
「賢人にならないかと誘いかけられた時、あなたの敵になれるのだと勃起した」
キシウ様はと嗤う男はなにを語るのかと、エディスは愕然としながらも彼の方に顔を向ける。
話を聞くのなら目を見なければという、誠実さを持っていたからだ。
「あなたの命も体も好きにしていいとおっしゃられた。だから私は誘いにのったのだ」
「……は? そんな理由で」
「王族と褥を共にする機会など早々ないぞ。私のような薄汚い身分では一生掛けても訪れん」
なにが面白いというのか、楽し気に目を細めるクレマは、エディスからすると心底理解できない人種のように思えた。
ハイデはよくこんな男を牛耳れているなと感心さえしてしまう。
「いやでも、ハイデの理念に心打たれたとか……ないのか」
「あんな性根の腐った男に心服などするわけがないだろう」
ふっと口元に笑みを浮かべたクレマに、違うのかと唸る。
だが、自分もハイデに従えるかどうかと言われれば、確実に付き合わないだろう。
「だが、苦はない。泥が泥とぶつかっても混ざり合うだけで痛まない」
どういうことだと問う前にクレマの手が伸びてきて、エディスは体を震わせた。腹を手で押されたエディスは目を見開いて背をのけ反る。
「ぁ……っ? あ゛あ゛あああッ」
腹部から煙が立つ。まるで焼き印でも押されたような熱さだ。
手が離されると、そこには悍ましい紋が刻まれていた。
「王子は知っておられるかな、ここがなんと言うのか」
ぐりっと腹を指で押さえたクレマが嗤う。
「今回は任務ではなく、私用で招いたのだ」
愛し合おうと正面から抱きしめられたエディスは、自由になる腕でクレマを突き飛ばした。
「下賤の者同士、慰め合おうではないか」
「断る。テメエみたいな奴と寝る程、俺の趣味は悪くねえよ」
足を外そうとしたエディスに、クレマは「事実だろうに」と呆れた顔を見せる。
「あなたは男と交じり合う為に作り出された。そうキシウ様や奴隷市の男どもに教えこまれたのだ」
これでもどうかねとクレマが持ちだした物を見たエディスは、カタカタと体を震わせた。
「私が特に気に入っているコレクションの一つだ」
クレマはその物に頬ずりをしながら、ブツの紹介を始める。
「この長大さと凶悪な返し……おや、どうしてそう怯えることが? ほら、近くに寄って見てくれ!」
見せつけられた物から顔を背けて目を閉じたエディスの顎を掴んで、さらに近づけた。
恐る恐る見たそれがあまりに恐ろしく、口を両手で押さえて涙を零す。
「ああ、なんて愛らしい。もっともっと、堕ちてきてくれ……」
べろりと長い舌に顔の側面を舐めてくるクレマは、体を小さく震わせているエディスの肩を抱き寄せようとしてくる。
その時、バンッとドアを開ける大きな音がした。
「なにしてるんスか!!」
放心していたエディスは緩慢な動作でドアの方に顔を向ける。
いつも眠たげな目をこれでもかと怒らせ、拳を握ったジェネアスの姿が目に映り込んできて、頭をゆっくり上げた。
「ジェネアス……? なんで」
腰に帯びたポーチから薬品入りの試験管を取り出そうとしたのを見取ったクレマが、エディスの後ろに回ってくる。
「ぐぅ……っ!?」
きゅう、と喉から音が鳴った。クレマの手で首を絞められたのだ。
「やめろ、やめろッス!!」
ジェネアスは手を引っ込め、奥歯を噛み締める。
どうして戦闘要員ではない彼がこんな所まで来たのか、今のエディスの頭の鈍さでは推理できない。
「人は同じ汁を吸って生きた者で群れる。奴隷と友だちごっこをしているのが、貴様が性奴隷であった証左だ」
「エディスは性奴隷なんかじゃね~ッスよ!」
バカッアホッ、なに言ってくれてんスかと地団太を踏むジェネアスを小馬鹿にするように、クレマがハッと息を漏らす。
「知識奴隷など、しくじれば主人の慰み者だというのはお前もよく知っているだろう。コイツは夜の指南を受けている」
「うちの……っ、うちの奴隷市はそんな所じゃ」
エディスが口答えをしようとすると、クレマが手に力をこめる。段々と景色が白じんでいき、指が痺れて頭が熱っぽくなってきた。
「キシウ様がそう公表すればどうなるのだろうか。この者を見る人々の目は変わるだろうな」
「あんなクソ色ボケババアの思惑なんか死ぬほどどうでもいいんスけど!」
クソ色ボケババア……とクレマが復唱する。
エディスでさえ薄ぼやけた頭の中で(今なんかすごいこと言ったな……)と考えた。
「僕は今、僕の友だちを馬鹿にするなって話をしてんスよ!!」
跳びかかってきたジェネアスの頬を、クレマが手の甲で殴った。だが、ジェネアスも負けじとクレマの腕を掴んでがぶりと噛みつく。
クレマはひょろ長いだけでそこまで筋力があるわけではない。
ジェネアスは近くに落ちていたペニスを模した玩具を拾い、それでクレマの頭を何度も殴った。
クレマともつれ合って床を転がり、猫のように引っ掻いたり、引っ掻かれたり。
むきになっているように見えるジェネアスに、クレマから解放されたエディスは衣服の乱れを正しながらもぽかんと口を開けて見やる。
「うちのとりさんの目が黒い内は、お前なんかに好き勝手させない。エディスを性奴隷扱いするなんて、許さね~ッスからね!」
怒りを原動に叫んだジェネアスが小さな筒の蓋を開けてクレマに向かって放つと、小爆発を起こした。
目くらまし程度にしかならなかったが、距離を取るには最適だった。
ジェネアスは息を荒く吐きながらもこちらに走ってきて、エディスの頭を抱えて床に低くしゃがみこむ。
彼の肩はクレマの爪が食い込んでいたのか皮膚が破れ、血が滲んでいた。
「……下に五、西に二ミリ修正。とりさん、お願いするッスよ――!!」
エディスの上に獣のように四肢をついて跨って、クレマを睨んだジェネアスの叫び。それを聞いたクレマの、濃くクマが浮き出た目が大きく見開かれる。
「お前、なにを――」
壁に線が入るのを見た。
《《外から》》飛んできた斬撃はしゃがんで避けようとしたクレマの髪を数本散らし、床の上へ落ちる。
震える手で頭に手を当てて確かめる彼の後ろで、壊された屋敷が横へとズレていく。
空が開け、風が吹き込んでくる。
エディスは空気を吸ってから駆け出し、クレマの横腹にローキックを食らわせた。ぐぅっと唸ったクレマの脳天に踵を落とすと、ようやく床に倒れ伏す。
エディスもまた床に崩れ落ちると、ジェネアスもはあ~~っと息を吐いて横に寝ころんだ。
「からだ、めっちゃいってぇ~ッス」
へへっと笑い掛けられ、エディスはじわりと浮かんできた涙を隠すために顔の前に腕を持ってくる。
「ありがとな、ジェネアス」
「なんのなんの、これしき。気にしないでほしいッスよ」
ころんできたジェネアスに手を握られる。
「だって、僕ら友だちッスよ」
はにかんで笑われたエディスは、わあっと彼に飛びついた。ジェネアスはエディスの背を撫でて、「ごめんッス」と言う。
「僕が不安にさせたせいッスよね」
でなかったら攫われるような隙できなかったッスよねと謝ってくるジェネアスに、首をぶんぶん振る。
「ずっとお前気にしてたのかよって言われるかなって、弱気んなっちゃって」
でもと鼻をつまんできたジェネアスに、エディスはなんだよと目を閉じた。
「エディスにこ~んな顔をさせちゃうくらいなら、言っちゃうッス」
「なんでも言えって」
へへ……と笑うジェネアスに頷くと、彼が見たことがないくらい真剣な顔になったので唾をごくりと飲みこむ。
「君が王様になったら、この国から奴隷制度を撤廃してほしいッス」
約束してくれるッスかと差し出された小指に、自分の指を絡めてエディスは笑った。
「ぜったい。約束する」




