仕方のないこと 2
最後に私はもう一度、『誰かの夢』について桜井に聞いた。
が、桜井はやっぱり言ったのだ。
「君ら次第だって。君らの見る夢の事をどうして私がわかる?」
そもそも私がうちのクラスで『山根』だったのがいけない。
私がクラスで出席番号が一番最後じゃなかったら、こんな事には巻き込まれてなかった。
…のだろうか。
私が『山根』じゃなくても私はこんな目に遭ったのかもしれない。どちらにしろ今の私は、2年4組31番山根薫だ。
帰り道、ヤグチが自転車を取ってきて、学校に家が近い徒歩通学のハヅキモエノもいるので、ハヅキモエノの家の近くまで歩きながら話す。
みんな、もう帰ってしまった後だし、夕暮れも迫ってきて、人通りのない道を帰っていると、なんだか「この世界」に、「ここ」に、私たちしかいない、みたいな気になるのは私たちが体験した尋常じゃない事が尾を引いているせいだ。
ハヅキモエノがメアドを交換しておこうと言う。
「え?薫ちゃんもヤグチ君のを知らないの?そうなんだ~。でもユウリのは知ってるよね?」
え?ユウリ?
ユウリってツブツブの事?
思っているうちにハヅキモエノがヤグチをからかう。
「あ~ヤグチ君~~、オオツブライ君に先越されたんだ~」
「うるさい」
今1回、確かにハヅキモエノはツブツブノ事をユウリって呼んだ。
恐る恐る聞いてみる。「…ハヅキさんて、オオツブライ君の事ユウリって呼んでるの?」
ヤグチが私を見つめている。
「お前知らないの?」ヤグチが静かに言った。
「しっ!」とハヅキモエノが人指し指を口の前に立てる。
が、ヤグチは続けた。
「こいつ、1年の時オオツブと付き合ってたんだって」
「マジで!!」大声を上げてしまった。
びっくりだ。
びっくりだっていうか、何だそれ。そんな事知らなかった。今日いろいろあったけど今の衝撃も結構大きい。
「今は普通に友達なんだって」ハヅキモエノが頬笑みながら言った。
「ユウリが薫ちゃん好きな事も別に普通に応援できるっていうか。私が一番最初に気付いたんだよね、たぶん。ユウリが薫ちゃんの事いいなって思ってるっていうの。何か…結構見てるんだもん、薫ちゃんの事。だから気付いちゃんたんだよね。ヤグチ君が後ろ向いて薫ちゃんに喋りかけてる時とか、見ないふりしてちょっと睨んでるし。たぶん本人よりも私の方が早く気付いたよ」
それはあれか…
ツブツブの事をいちばんわたかってるのは私よ、的な事か?
そうか…ツブツブはハヅキモエノと…
ハヅキモエノは私が現在94点を付けているくらい高嶺の花的な女子で、結構ハヅキモエノの事を気にしている男子も多いと思うんだけど、みんな気楽には声をかけられない感じなのだ。
気安いタイプの女子じゃない。
誰のものにもなりそうにない女の子だと思っていたのに、そのハヅキモエノと付き合うなんて…なんかツブツブを見る目が確実に変わってきそう。
もしかしたらすごく女の子の心に入り込むのがうまい人なのかも…
他の子からツブツブとかライライとか呼ばれるのが嫌で、ユウリって呼んでくれなんて私に言ってたくせに、ハヅキモエノにはもうずっと前にユウリって呼ばれたなんて。
何かちょっと嫌な感じがするのは私の心が狭いせいだろうか。違うよね?
「でもホラ、ヤグチ君が結構薫ちゃんの事ずっと好きだったでしょ?ユウリはやっぱキャラ的に負けちゃう感じだからね。やっぱり薫ちゃんはヤグチ君と付き合うと思ってたよ」
付き合ってないって!
「付き合ってねぇよ」とヤグチが淡々とした口調で否定してくれた。「まだな」
「そう?でも私から見たらもう付き合ってるみたいだよ」
ハヅキモエノはニッコリ笑って私とヤグチを交互に見る。
何でツブツブと別れたんだろう。聞きたいけど聞いちゃだめだよね。
「なんかさ」と私がちゃんと聞いてもいないのに、ハヅキモエノが説明を始めた。
「私とユウリって似てるんだよね、何か。」
やっぱり聞きたくないような気もする。
「だから自分の好き嫌いとユウリの好き嫌いがすごくかぶってて、ちょっと気持ち悪かったんだよ」
あぁそう、とか相槌も打てない。
ていうかどっちかが告ったのか?
「1回委員が一緒になって喋ったらやたら共通点多くて、嬉しくていろいろ映画とか一緒に出かけたりするようになって、でも…だんだんユウリの事も彼氏とかって感じで好きじゃなかったんだなって思って。2年になってさ、私、クラスの中で一番好きなの薫ちゃんだと思ったんだよ、すぐに。薫ちゃんは違うんだよ。私と似てるとことかはあんまないけどでも好きな感じ。薫ちゃんの事しょっちゅう見てたら、ユウリも結構薫ちゃんの事見てるって事に気付いて、ほんとキモかった」
そうなんだぁ、とか相槌も打てない。
見られてたんだ、ハヅキモエノに。全然気付かなかった。
巻き添えくらわすような感じになって、ハヅキモエノに申し訳ない気持ちになっていた私だが、『夢に出る3,4人』にハヅキモエノを選んで正解だったようなな気がする。
何かやらかしてくれそうだもん。
やらかさないまでも楽しんでくれそうだ。
「ねぇヤグチ君、あの箱見せて。フクロウの入ってるやつ」
ハヅキモエノが言う。「あのフクロウ、超かっこ良かったよね!」
何でお前に?っていう顔をヤグチがしている。
ヤグチはなんだかハヅキモエノの事が苦手なのかもしれない。今のところ94点のハヅキモエノなのに。
しぶしぶヤグチがポケットから箱を取り出すと、その箱をトントン、とハヅキモエノが指先でつつく。
が、箱は微動だにしない。
「薫ちゃんに一大事がないともう箱から出てこないのかな。私もこれ欲しいな。でも良く考えたら私、ビイの卵もらおうと思ってらからフクロウはダメだな」
ヤグチがサクッと箱をまたポケットにしまった。
「高森先生すごいよね」ハヅキモエノが話題を変える。「すごい手品師。
私、水槽運び終わって薫ちゃんたちを待ってる間にも1個手品見せてもらったんだよ。あの水槽が軽くなるのもすごかったけど」
恐る恐る、いちばん聞きたかった事を二人に聞く。
「田代先生たちと手を繋いでる時の事なんだけど…何が見えた?」
二人の答えはこうだ。
光の中の所はほぼ私と同じような感じ。でも私が闇の中にいた時二人は違うところにいた。
ヤグチは海の中にいると感じたらしい。それは結構深い感じのする海なのに、暗くはなくて光の届いている海らしい。普通に魚がいる。けれど自分が濡れている感覚はないし、海の中で泳いでいるわけでもない。普通に歩いていたのだそうだ。
が、ずっと下の方、底の底の方が真っ暗なのが分かったのだという。光の届く海の中にいながらずっと下の方にある暗い、どうしようもないほど暗くて深い海の淵が見えたのだと言う。
ハヅキモエノは白い霧の中にいたのだと言った。
どこまで進んでもどちらに進んでもただ真っ白く濃くかすむ霧の中。ただずっと漂い続けたという。
「怖いっていうより虚無感がすごくて。けど急に何か出て来そうで怖くて
途中から凹んであるけなくなってうずくまったら、背中から霧が重みを増して私にかぶさってきて、私はそれでも這うようにして前へ進もうとするんだけど、ちっとも進まないんだよね。霧が重くて」
海の中も怖いし、まっ白い霧も怖いけど、何だか私が一番グロテスクな目に遭っていたような気がして哀しくなる。
私の心が一番暗くてどうしようもない、と太鼓判を押されたような気になる。結構な衝撃だ。
それでも私は自分が味わった暗闇の事も二人に正直に告げた。ヤグチが痛々しい目で私を見るので、見るな!、と思う。
「そのさ、犬みたいなヤツがすごいね」ハヅキモエノが言った。「でも私も何か見えたよ。鳥みたいな。たぶん鳥。フクロウじゃあないんだよね。たぶんすごい派手な色の結構大きめの鳥。何か赤い羽根とか黄色い羽根がたまにすいっ、すいっと霧の中で見えたよな気がしてキョロキョロするんだけど
やっぱり真っ白いだけ、みたいな感じだった。あんまり白ばっかりの所にいたから目がおかしくなったのかもね」
今思い出しても気持ちが悪い。
私の闇の中にいた腐った息を吐く赤い目の巨大な犬。
ヤグチにも何か見なかったのかと聞くと
「普通の小さい魚だけ」と答える。
「けど何かずっと感じてた。背中の方に。結構大きそうな感じの何か」
気配を感じてパッと振り向くけど何もいない。
たまにそれを感じていたらしい。何も見えないけれど何かの気配を感じるなんてすごく怖い思うけど。




