仕方ないこと 1
私たちはキタに、私の夢を描かされた。
桜井が持っていた、パラパラ漫画みたいになったみんなの描いてくれた「私が見た夢」の絵。
あのパラパラは、みんながそれぞれ描いたにしてはうまくまとまり過ぎていた。
怖いな…それに桜井が持っていたソレは今どこにあるんだろう。そしてキタが持って行ってしまった3枚は、誰の、どんな絵だったんだろう。
「同じ夢なんて見るわけがない」と桜井はヤグチが言った事を繰り返す。
「でもそれはちゃんと覚えてないからだとは思わないか?自分の夢を最初から最後まできっちり覚えている人なんかいない。こういう感じを君らは味わった事がないか?こう…昼間何かしらしている時に、それと関係ある、
あるいはそれとは全く関係ない、その前の夜に見た夢をふと思い出す。結構きちんと思い出したり、ほんの一瞬の事でまたすぐ忘れてしまったり。私の夢と、私の奥さんの夢は、お互いの忘れた部分が繋がっているとは思わないか?」
鳥肌が立った。
嫌だ。桜井の話は怪談話みたいに体の隅っこと脳みその真ん中がゾワゾワする。
夕べヤグチは私が夢に出て来たとと言った。迷路みたいなところをグルグル走り回ったって。
私の夢にもヤグチが出てきた。
校舎の中をやたら走り回る夢だ。今日の放課後のように、今日の放課後のようにスケートリンクのある校舎を。
ヤグチの夢と私の夢はもう、繋がっていたんだろうか。
「山根の夢の絵でさっき無くなったと言っていた3枚の絵を描いたのは
10番のコンドウハルトと、16番デガワナナミ、そして28番ムラヤマミキの分だ」
コンドウ君はツブツブと仲の良い子だ。後デガワさんとムラヤマさん…
そうか!保健の時間に『双子がいる人』で話をさせられてた3人。
…結局双子だ双子だって言っていた田代姉妹は双子ではなかったけれど。
「双子ちゃんばっかり」とハヅキモエノが言った。
「何か関係あるのか?」とヤグチ。
桜井はただ笑っている「私は君らを信じてるよ」
そう、信じていなさそうな顔で言う。
「関係があるのかないのかわからないが、キタが持っていったのはその3人の絵だ。健闘を祈るよ」
いやいやいやいや、それじゃ何にもわからないままだし。
私は3人の話を思い出そうとするがすぐにきちんとは思い出せない。
「キタは今どこにいるんですか?」
わけのわからないキタの存在は不安だ。来週の美術の時間に普通でいられる自信がない。
「さぁ帰ったのかな。あいつはな、すぐ帰るよ。残業だってした事がない。部活の面倒だってろくに見てない。まぁでもとりあえず普通だよ。君らも普通に出来る。そういう意味でも君らを信じてるよ。君らは素晴らしい生徒だよ」
ふんふん、と桜井がうなずきながら言うのがムカつく。
「キタはこの先どういう事を私にしてくるんですか?」
「さぁ、取り立てては何もして来んよ。でもな、気を抜いたらいつの間にか心に闇は広がる」
私はさっき味わった、暗い暗い、そして冷たい何もない真っ暗闇を思い出す。
そしてあそこにいたモノの気配と匂いを思い出す。
「山根?顔がブスになっとるぞ」と桜井は笑った。
「私たちはキタの夢に出るって事ですか?それかその双子の兄弟のいる3人の夢に」
どうやって出るかもわからないけど。
「キタの夢にも出るかも知れんがわからんな。君ら次第だ。山根の代わりに、キタに穴を広げられそうになっている子をどうにかして助けてやらんといけない。クラスメイトとしてな」
「それがその3人て事?」
「んん~~まぁ持っていったのがその3人のだからね」
あいまい過ぎるな。
「まぁな、あいまい過ぎる」桜井が言った。「が、仕方ない。この世にはな、山根、仕方ない事はどうしようもないほどあるんだよ」
わかるけど。
「キタはね、…絵で何年か前に賞を取ったらしいんだけど、それでパリに留学したらしいんだけど、帰ってまた教職に就いた辺りから怪しくなったらしいんだよね。うちの学校に来た時、まぁ君らがここへ入ってくる前なんだけど、その時からまぁ変な感じではあったけどね。遅刻が多いしね、休みも普通の教科の先生だったら支障が出るくらい休んだりするしね、早退も多いし。遅刻が多いから職員の朝礼にも出ないしね、酒臭いしね、校長が彼に賞を出した、どこかの偉い人たちが名を連ねる協会と繋がってるらしくてちゃんと注意しないしね、遅刻はあり得ないよな!ヤグチ」
急に振られたヤグチがびっくりしている。
「ああ、まぁな」とヤグチはやっと相槌を打つ。
「生徒に示しがつかないからね!」と桜井。
いつもの飄々とした桜井からは想像がつかないくらいの憤慨ぶりだ。
キタも授業の時に腹を立てていた。
あれは普段と違う絵を描いて、賞を取ってフランス留学に行った元同級生の話をしていた時だった。
「そんな大した絵描きじゃない」と桜井はさらに毒づく。「私はキタの絵を見たけどね、確かにすばらしいんだろうけどだから何だっつうんだよな!暗い絵が多いし。芸術家の前に教師のくせにな、あり得ん。遅刻ばっかりするんだったら教師を辞めて絵描きで生活してみろ、なぁ、ヤグチ」
え?またオレ?って顔をヤグチがしている。
「絵描きだけじゃ生活できないから教師をやって、税金で給料もらってんのに意味がわからん芸術家きどりだ。私はな山根、詩人とかも嫌いなんだよ」
はあ?と思う。今私たちが聞きたい事は桜井の好き嫌いじゃない。
「まぁいいから聞きなさい。詩人と言うのは、他人から賛辞として呼ばれるべき肩書なんだよ。なのにたまにいるだろう?自称詩人ていうヤツが。自分の感性を恐ろしく過大評価しているヤツがいるだろう?それで誰もわかってくれない、みたいな感じになってるヤツがいるだろう。私は大嫌いだからそういうの。キタは絶対そういう感じだから」
キタの事がどんだけ嫌いか伝えたかったのか?
「山根、何かを感じる事が出来たら、それをまず感じている事自体が素晴らしい事だし、それを絵にしたり、言葉にしたりして他人に伝えられたらより素晴らしいだろう。だがね、その伝えられる事がまず出来る、って事を幸福だと思わんといかん。それを見て他人が賛同してくれても賛同してくれなくても、それはその他人の心次第であると言う事はきちんと認識せんといかん。まず自分が表現できる幸せを感じずに他人の受け止め方を非難するなど言語道断だ、なぁハヅキ」
「先生はキタが大嫌いなんですね?」ハヅキモエノが笑いながら聞いた。
「あぁ大嫌いだよ!教師をして生活の糧を得ているからこそ絵を描き続けられているのに、教職をなめてるよね。教職なめてるって事は生徒をなめてるって事だからね。教師としての自覚がなさ過ぎる。それなのに山根を狙うなんてな、山根、なめられたな」
なめられてないわ!
「なぁ桜井」ヤグチが言った。「正門閉まるんじゃねぇのかよ」
「あぁ、閉まる閉まる。じゃあ気を付けてな」
いつの間にか高森もいない。がらん、とした校舎。
私たちは桜井に見送られ、急いで2年4組の教室に戻り、鞄を取って正門に走った。




