私の目に見えるもの 3
私は自分の絵とヤグチのとハヅキモエノのしか見ていないけれど、それは私とヤグチの手の絵だ。
私達がキタに描かされた私の夢の絵。
オレンジ色の私の手が画用紙の右端からにゅうっと出て来て、左にあった青いうずまきが少しずつ大きくなって、その渦巻から青い手が出てきて真ん中で繋がって…繋がった所から黄色い光が出て来て…
あれ?今一枚途中に黒くて大きいカエルが見えたけど…
ハヅキモエノが書いていたはずのフクロウの入った絵も一瞬見えた。
…フクロウか。だから今桜井は肩にフクロウを乗せてるの?そう思ってフクロウと桜井を見ると桜井はニッコリと笑った。
フクロウは無表情だ。超気持ちが悪い。
「28枚しかないんだよね」桜井がもう一度パラパラさせながら言った。
「足田先生が3枚、どっかやっちゃってるみたいだから」
「先生」私が言うと、「なんだ?山根」と桜井が返す。
「後の3枚の事を知ってるのか?」
「いいえ、そんなの知るわけないです。先生!図書室も消えてたんです。私、先生が借りるように図書の先生に言っといてくれた本をまだ借りてないんです。あの3冊の本ていったい…」
「あ~昼休みに借りんかったのか?」
「チャイムが鳴ってしまって。あの本を見たら何がわかったんですか?どういう意味があったんですか?何か手掛かりとか…」
「いや~」と桜井は気まり悪そうに言葉を濁した。
「別にこちらが意図する意味はないんだよ。なんか途中でそういうのがあったら面白いかと思って。謎が謎を呼び、みたいな感じで。手掛かりかと思ったらさらにわけが分かんない事に…みたいなね、山根が勝手にいろいろ憶測して、手掛かりなんかないのに手掛かり探して、みたいな感じで、私の頼んだ仕事に、山根がもっと興味を出すと思ったんだよ」
「じゃああの本はただ気を持たせてふざけただけ?楽しいですか?そんなクソつまんない事をして」
「コラコラ山根、女子がクソとか言ったらいかんぞ。ヤグチもせっかくの恋心が冷めてしまう。なぁヤグチ?いや、まぁ本とか、わけわかんない暗号で書かれた手紙とかね、実際にないものが書かれてる地図とかね、考えた時はそこそこ楽しかったけど。手紙とか地図とかはさすがにやり過ぎだと思って自粛したんだよ。ごめん山根。今言ったように山根がね、それで楽しんでくれたらと思っただけから」
「…じゃああれは先生がふざけただけだったって事なんですね?」
私の声は冷たく、きつくなっていくが仕方ない。
私はそれだけの悪ふざけを桜井にされているのだ。
「私がそういうのを楽しみそうな人間に、先生には見えてるって事ですか?」
「いや…そういうわけじゃ…山根、本当にごめん。出来心だよ。もう絶対しないから。でもあの本、3冊、読んだ事があるか?…そうか!読んだのか。
山根は良い子だね。面白い本はたくさん読んだ方がいいよ。本ていうのはね、面白いかどうかっていうのが一番大切な事なんだから。いや、本だけじゃなくてね、全てだな。この世の中の事全てがね、面白いかどうかっていうのが一番の重要なポイントだから。歴史とかね、傍から見たら面白いかも知れんが、その時その場所にいた普通の人たちにとっては面白くない事ばっかりだよ」
はああああ!とヤグチが盛大に嫌味なため息を付いた。
「今の状況も」とヤグチが桜井を睨みながら言った。「面白いっちゃあ面白いけどな」
そうだよねヤグチ。私達は当事者だから。おもしろがれるのも元に戻れるかどうかによる。
元に戻れたら「変な体験をしたな~あの時」で済むかもしれない。何にしろ今のところ私自身は特に被害を受けてはいないし。
そりゃあ、ここから帰れるかどうかわからないし、ハヅキモエノ達はスケートリンクの中に固められてるかもしれないけど…
…やっぱりダメだよね。
絶対に面白がれない。だってクラスメートが氷の中に固められてるかもしれないのに。
そんなに呑気な事が思えたのはきっと、桜井のいつもと変わらない飄々とした態度のせいだ。
「桜井」とヤグチが静かに言った。「面白くねぇっつったら、もう全然面白くねぇ」
桜井がわざとらしい困った顔をして私に笑った。
「て、これを言ってもね…ん~信じてもらえないと思うんだけど」
桜井が言い出した言葉に、もうずっと信じられない事ばかりだよ、と思う。
桜井は続けた。「今まで君たち足田先生の事怪しいと思った事はないか?」
いや、キタよりあんたや高森の方が断然怪しいんですけど…
「足田先生はたぶんね、普通の人間じゃあ、ないんだよね」
そう言って桜井が私とヤグチの顔を交互に見た。
私達は時間差のある「「…え?」」を桜井に返す。
普通の人間じゃない、と心の中で桜井の言葉を反芻して、何言ってんだ桜井、と思う。
高森は普通の手品師で、キタは普通の人間じゃない。
普通の人間じゃなかったら何?宇宙人かなんか、って事?
お母さん、と心の中で思う。やっぱり家に早く帰っておけば良かった。
サクラちゃん、ミノリちゃんと食べたお昼が遠い遠い昔の出来事のようだ。
ヤグチが私も思っていた事を言う。
「オレにはあんたも全然普通の人間じゃないように思えるけど?」
「そうか?」桜井の返事はそれだけだ。「でも…あれ?驚かんのか?
それか『何バカな事言ってんですか先生!』、も無しか?」
いや、もちろん思ったよ。何言ってんですか先生、と思ったけど…
そんなの放課後に呼ばれてからずっとだ。
ヤグチがキレる。「全然オレの聞いた事には答えてねえな。お前ら何者なんだよ」
「お前ら?ヤグチ、仮にも担任に向かってお前らとか…」
桜井が呆れた顔をして見せる。
「めんどくせぇ」ヤグチが言った。「もうそういう面倒なノリはいいから」
それでも私は確かに思ったのだ。
今日の美術の時間にも。
キタの事を、何かよくわからないけど違和感があるって。
全身にぞぞっと鳥肌がたったが、急に生温かい風が吹いて来てヤグチがまた手をぎゅっと握ってくれたので、鳥肌はすぐに引っ込んだ。




