私の目で見えるもの 2
「先生…」
私は桜井の顔の少し右を凝視しながら呼んだ。
「ふん?」と桜井は私のつぶやきのように漏れたその声に返事をする。
「山根は私が頼んだ仕事をしとらんよなぁ」
責める言葉を口にしながらも桜井はにっこりと笑った。
「…そうですね」
私はマジマジと桜井と桜井の顔の少し右を見る。
桜井は何にも変わらない。
4月に私達の担任になった時も、私が桜井に仕事を頼まれる前も、その説明の時も今も、桜井は変わらない。
それでも桜井は今本当にここに、私たちの目の前にいるのかな。
ヤグチを見るとヤグチは黙って桜井を睨んでいた。
桜井はヤグチの睨みなど全く気にせずニヤニヤと、わざとらしい哀れんだ目で私を見つめて笑いながら続けた。
「オオツブライが一緒に帰ろうって言っとっただろ、今日も。オオツブライと一緒に帰っとったら嬉しい進展もあったかもしれんのにな」
「桜井」目の前の担任をヤグチが呼び捨てにした。「あんたすげえ感じ悪いし、すげえクソじじいだな」
「こらこら」と桜井は驚いた顔をして見せた。「仮にも担任を目の前で呼び捨てするなヤグチ」
桜井の右肩には、灰色のずんぐりとしたフクロウがギョロ目を剥いて乗っていた。
桜井、というよりそのフクロウから私は目がそらせない。ギョロ目とその黄色く尖ったくちばしが怖いからだ。
もちろん桜井の肩にフクロウが乗っている、という奇妙さだけで十分に不気味だけれど。
今私達はどうなってるんですか?とか、ここはどこですか?とか、先生は何者なんですか?とか、そのフクロウは何ですか?とか、早くここから出してください!とか、私の言うべき事はたくさんあるはずなのに私が聞いたのは、「先生、高森先生は?」だった。
「見とらんけどな。理科の準備室じゃないか?」普通に答える桜井だ。
「高森先生消えたんです。化学室と生物室と、理科準備室まで全部つぶしてスケートリンクにして。それでハヅキさんたちをその氷の中に閉じ込めて…」
そんな事より、今自分の陥っている状況の説明を要求しなくちゃいけないことはもちろんわかってはいるのだ。
「山根?」
桜井がきょとんとした顔をする。すぐ横のフクロウもキョトンと首をかすかに傾けた。
怖いな。
「スケートリンクはわかるとして、何でそこにハヅキ達が閉じ込められないといけない?それを見たのか?山根」
「…」
「見てもいないのに、そんな、高森先生を…」
「桜井」とヤグチが言う。「聞きたくねぇけど、そのフクロウ何?」
「これは高森先生が出してくれてな、かれこれ1時間半くらい私の肩に乗ったままだ。結構重い」
ヤグチの言葉遣いがどんどんぞんざいになっていく。
「高森は何者なんだよ?てかお前もだけどな」
「高森先生はね」桜井はにっこりと笑って答えた。「手品師なんだよ」
「「へ?」」ヤグチと私が間抜けな声を出すと、その声に反応してフクロウが1回目を閉じてまた開けた。
「手品師」桜井がもう一度言った。「マジシャン。もちろんちゃんと教員免許も持ってるけどね」
手品師?魔法使いじゃなくて?
「このフクロウもね、すごいんだよ、このくらいの、」
と言って桜井は両手の指を使って3センチ四方の箱型を作って見せた。
「もうこのくらいのちっちゃい箱からボワン!て出したんだよ。いや凄いよね高森先生は」
『ボワン!』に合わせて桜井が両手をパッと広げて見せるので、フクロウが一瞬両方の羽を広げかけたから、私とヤグチはすかさずもう2歩程後ろへ下がった。
「うちのホームルームでも1回、高森先生に手品をやってもらおうと思ってるんだけど、君たちホラ、微妙なお年頃だから、素直な気持ちで目の前のものを普通に受け入れて普通に驚くっていう事がなかなか、な」
桜井はしたり顔で続ける。
「高森先生はね、本当にすごいんだよ。大学生の頃からプロとして活躍してたらしいんだけどほら、教師をやっているから、副業とかまずいだろう?
だから今は介護施設や児童施設をたまにボランティアで廻ったりしているんだよ。あんまり高森先生の技がすごいもんだから、お年寄りは高森先生の事を本物の魔法使いかと思うらしいよ」
私も本物の魔法使いだと思ってるよ。
「これも全部高森先生がやってるんですか?」
「これって?」桜井がすっとぼけた感じで聞き返す。
ちっ、とヤグチが大きく舌打ちをし、すっとぼけんなクソじじい!と私も心の中で苦々しく思う。
「今、すっとぼけんなクソじじい!と思ったろ?山根」
「思いました」
ハハハ、と桜井が大笑いしたので、肩のフクロウが体を倍くらいに膨らませ首を270度くらい回した。
「いや高森先生は普通の手品師だから」
高森が普通だという桜井の見解はもちろん素通りさせる。
「じゃあこれは誰がやってるんですか?」
「誰がやっているものでもないよ。君が君に見せているものだから」
「はぁ?」
イラっとして声を荒げてしまう。
「ところで山根?ヤグチもだけど足田先生を見かけんかったか?」
「足田って…」とヤグチが言いかける。
足田って誰だよと同じタイミングで私も思ったが、足田は美術のキタの本名だ。
「どこにも見あたらんのだけど」と桜井。
「これをな」と言って桜井は画用紙の束を取り出したが、私はそれを桜井が今までどうやって持っていたか、今どんな風にして私の目の前に出したか、まったくわからなかった。
桜井も手品師なのだきっと。どうでもいいけど。
それは画用紙の束だった。
クロッキー帳を1枚ずつ剥いでまとめたものだ。パラパラっと桜井が私達の前でめくって見せると、それは美術の時間に描かされた私の夢の絵だった。
パラパラ漫画みたいだ…




