私の目で見えるもの 1
5メートルくらい渡り廊下を歩くと、ヤグチがフッと笑うのでビクリとする。
「何?何で笑ったの?」気持ち悪いんだけど。
「いや」とヤグチは恥ずかしそうだ。
「え、何なに?ねぇ怖いからちゃんと言ってよ」
「いや…言うと引くかも」
「え~…いいから言ってよ、気になるじゃん」
「いや…この先さ、例えば大学とか行ってオレら離れ離れになったとしても、連絡とかしなくなっても、またたどこかで会うんだろうなって思って」
ヤグチの顔をまじまじと見つめてしまう。
何言ってんだろう。この先って…ここから出られるかどうかもわからないのに。
私達にはもう未来なんてないのかもよ?
「まぁ離れ離れにならないようにオレは頑張るけどな」
「…」
「そんなに見んなよ」
ケラケラとヤグチが笑ったので余計気持ち悪くなる。
「まあな」とヤグチが言った。「ここから出なきゃな。ここから出たら、約束通り今日はこの後お前んちな」
美術の時間の事をまだ言ってんのか。
あれはエダノノカを牽制するために言ったんじゃないの?
…ていうかヤグチもエダノノカと帰ってたらこんな目に遭わずにすんだのに。
「…ごめんヤグチ君、ヤグチ君こそエダさんと帰ったら良かったんだよね?
一緒に高森の所に来てくれたからこんな目に遭って」
「バカかお前」ヤグチが笑った。「オレはこんな目に遭うためにここにいんの。…恥ずかしい事言わすなよ。オレが決めて、ここにいんの!エダノノカは全然関係ぇねえよ。し、エダの事はぶっちゃけあんま好きじゃねえ」
「なあ」とヤグチが優しい声で言う。「オレは消えないから。そいでお前も消えない」
「何を根拠に言ってんの?」
「根拠はねえよ、ネガティブだな。そういう心持で臨めってこと!」
「ダメだよ私。ほんっとにネガティブなんだから」
ヤグチが笑う。ヤグチが笑うと、こんな所でこんな目に遭ってよく笑えるなと思うけれど、笑ってくれてありがとう、とも思う。
渡り始めた長い長い渡り廊下は今15メートル程進んだ。
強い風が吹いているわけでも、廊下自体が揺れているわけでもないのに、足元のコンクリリートがふわふわしているような感覚。
「ねえ」と私はひそひそ声で聞く。
声をひそめる意味はないかもと思いながら。
「足元揺れてないよね?」
「う~ん…視覚的には揺れてねぇっぽいけど、でもふわふわしてるような気がする」
「私も私も」
はるかかなたにあるはずの渡り廊下の先、うちのクラスがあるはずの校舎は霞んでいてよく見えなかったが、ここに来て霞み具合が酷くなったように思う。
私はヤグチと繋いでいない方の左手で目をゴシゴシと擦る。
「どうした?」ヤグチが私の顔を覗きこむ。「泣いてんの?」
いや、今更泣けない。
何だろう…やたら清涼感だけは半端ないのに水が流れていない荘厳な滝、みたいな感じなんだけど私の涙腺。
それをヤグチに今ここで言ったところで、「?」な感じになるだけだろうから私は黙って首を振った。
進む先を指差して言う。
「何かさっきより霞んできて見えてんのって私だけ?」
「いや、オレにもそう見えてるけど」
やっぱり駄目だ。
しゃがみ込んでしまう。
ヤグチにも私が見ているものが見えているとして、それは私が見ているものと同じなんだろうか?
私が見ているのと同じくらいに渡り廊下は長くて、私が見ているのと同じくらいに先は霞んでいるんだろうか。
ホラ、と言ってヤグチは私の腕をつかむ手に力を入れる。
「行くぞ」
無理だって、と思って見上げたらいきなり抑え込まれるように抱きしめられ尻もちを着く。
「ぎゃあああ!」
「ぎゃああって…お前」
「や、止めてよ、びっくりするじゃん。怖いし!急に…」
「お前がすがるような目で見るから」
「見てないって!」
私はヤグチを睨みつけた。
「2人で今こんな目に遭ってるって事は、この先の人生でも何かしら絡んでくるんだってオレら、な?」
さっきと同じようにそう言うヤグチが、やっぱりちょっと気持ち悪い。
変な風にテンション上がってるな、この人。
「それにもしこの先オレら絡む事なくても、こういう目にあってたら年寄りになっても、ていうかいつどんな時でも、この記憶だけはなくなんねえでずっとオレの事、お前覚えてるよな?」
「…」
「じゃあ行くぞ」
またヤグチに手を取られて歩きだすと10メートルくらい先に人影が現れた。
それはまさに降って湧いたように。
「ヤグチ」
サンダル履きで少しずつ近付いてくる桜井が言った。
「ここ!と思って抱きしめたのにな。山根に悲鳴上げられたな」
桜井はおかしそうにヤグチをバカにした。
ヤグチはそれに対して悪態はつかず、繋いでいた私の手を強く引いて少し後ずさる。




