見えるもの消えるもの 1
「図書室閉まるぞ」とヤグチが言った。
私はハヅキモエノと、その他4人に告げる。
「ごめんね。何か私のせいで手伝いする事になったっぽいのに」
ハヅキモエノがニッコリと笑いながら「ううん。大丈夫。ね?」、と他の3人を見るから他の3人は当然、「「「うん、全然構わないよ」」」と声を揃えて答える。
「お願いみんな、お茶は!」と私はもう一回みんなに言う事にする。「飲まないで、お願い」
「こらこら山根~、失礼だぞ~~」と高森がおかしそうに笑うのが怖い。
「そうそう」とヤグチが言った。「さっきオレ、先生が中庭の雑草をヤカンに入れてんの見たから」
ヤグチはそう言いながら私の腕をぐいっと引っ張った。
「こらこらヤグチ~~」
高森はまた余計おかしそうに笑いながらヤグチに注意する。
「ほんとにもう~ヤグチ、変な事言わない!」
「ほら!行くぞ図書室」ヤグチがもう一度私の腕を引いた。
ごめん、みんな…私はヤグチに手を引かれ、そして高森の目が本当はどんな風なんだろうと、高森の眼鏡の奥の目を見ながらみんなに言う。
「しつこいけどみんな!絶対にお茶飲まないで!出来たらチョコビスも食べたらダメだから!」
理科控室の中に投げ捨てるようにそう言っても高森の目は優しいままだ。非常に怖い。
その代わり、え?と言う顔でチョコビスケットを食べたヤマダ君が私を見ている。
ヤマダ君にもう一度心の中で「ごめん」と言いながら、私はそのままヤグチに手を引かれた図書室へと向かった。
3階にある図書室。
あるはずの図書室。
けれど私とヤグチが向かった、私達2年4組の教室がある校舎の3階の一番端には図書室はなかったのだ。
図書室は消えていた。
私とヤグチは図書室のドアがあったはずの所へ立ちはだかる真っ白い壁を見つめ、そして後ろを振り返り顔を見合わせる。
私達は校舎を間違ったりはしていない。
確かに図書室のあった場所に来ているのだ。
どうしよう、何か足にちょっと力が入らなくなってきた。ものすごく怖いんだけど。
「帰ろう」ヤグチが言って私の手をまた引っ張ってくれた。
校舎全体が静まり返っていて、帰ろう、と言ったヤグチの声が3階の廊下をゆるく響きながら向こうの端へ走って行く。
私達よりも先へ。
ヤグチが走るので手を引かれている私も当然走るが、不気味さに囚われて足が浮ついていて、転びそうになるのを私は必死で耐えた。
ダメだこのまま帰っちゃ!
「ヤグチ君!生物室!生物室に行かなきゃ。みんな高森にお茶飲まされてきっとおかしくなってるよ」
階段を降りながらそう言うとヤグチのスピードが一瞬緩む。
「なぁオレさ…、お前を助けたいんだけど、ほんとはどうしたらいいかわかんねぇな。何かいろんな事が全然よくわかんねぇ」
「うん私も全然わかんない。でもとにかく生物室に戻らないと。私のせいでみんな手伝いすることになったんだもん」
こんな図書室なんて来なくて良かったのだ。
どうせなくなってんだもん。
みんなお茶を飲んで倒れてたりしたらどうしよう。私はクラスメートを助けるべきだったのだ。
「お前のせいじゃねぇだろ?高森がお前だけに手伝わせようとしたのがまず悪い」
「うんそうなんだけど。だからなおさら巻き添えくらわせて…」
階段の踊り場でヤグチが立ち止まった。「わかった。だから泣くな」
言われて驚く。
ほんとだ。目が涙でかすんでる。嫌だな、人前で泣きたくない。
私はヤグチに繋がれていない方の右手で、ごしっ、と涙をぬぐった。
「なぁ」とヤグチが私に向けていた目を少しそらして言った。
「お前さ…」
「何?」
「いや、なんでもない」
「…」
「やっぱお前さ、…ちょっと目ぇつむってみ?」
「なに?もう泣いてないよ」
「いいから!」
私は目をつむらない。
「もう~」とヤグチが言う。
「なに?」
「ちょっと…チュウしとく事にした」
「はぁ!?」
私の大くて素っ頓狂な声が階段の上と下に、ぼわん、と広がった。
「ホラ、目」
「え、…それはちょっと…嫌…かも」
私はやんわりと断る。だって今は助けてもらってるし、あんまり強くこばめないけど…、ていうか世界史の前の休み時間に、廊下でほんの一瞬だったけどヤグチの唇と私の唇が…
ヤグチはゲラゲラと笑って、そのゲラゲラも階段の上と下にゲラっと広がった。
「まぁ嫌かもしれないけどな!ていうか、思っててもそんなはっきり言うなっつの」
「だって…」
「だってじゃねぇって。オレらこんなわけわかんない事になってて、この先どうなるかわかんねぇのに…いいじゃん」
だからって…
「なぁお前さ…そんなに嫌?てかどんくらい嫌?オレの事」




