水槽 2
高森がやったのは魔法だろうか…
いや、と私は頭の中でブンブンと頭を振る。魔法だろうか…ってバカじゃないの私。
これはたぶん「暗示」だ。重いものを軽く思わせる暗示をかけられたんだろう…。
…ウソだな。私の本心は「これは魔法だ」と思っている。
そのままみんなで水槽を持ち、生物室の扉をゆっくりと出て廊下を進み、今水槽は水を張った洗面器1杯分くらい分くらいの重さで、そして実際一人でも軽く運べると思うのだが、私達はそろそろと水槽を運ぶ。化学室の脇を通り過ぎて理科準備室の狭い扉からゆっくりと水槽を入れる。
たぶんみんな、私と同じように中の汚い、どろんとした、黒い牛ガエルとその卵入りの水が、絶対にこぼれおちてこないようにという不安と配慮からなのだろうか、息を殺して運ぶ。
それか高森が施した、現実離れをし過ぎた暗示か、信じたくはないけどそうとしか思えない魔法を信じたり驚いたり喜んだりするのが嫌なのかもしれない。
軽い水槽を恐ろしく慎重に、仰々しくを運ぶ。
おかしいよね。どう考えたっておかしな状況なのにみんな騒ぎださない。力を合わせて水槽を運んでいる。
水は、ゆらん、ゆらん、と揺れ続け、水槽の縁ギリギリまで揺れるがそれでも決して縁を超える事はない。
準備室の窓際の、元、水槽があった場所までそのまま運ぶ。
また、せぇーの、と掛け声をかけて、私達は少し水槽を持ち上げ窓際の出窓の所へ設置した。
「ありがとう」と高森が私達を見回して言った。
「カエル見たいんですけど」ハヅキモエノが言う。
まだ言ってるよハヅキモエノ。
ていうか軽くなった水槽に対しては何も無しか!もういっそのことカエルの卵もらって帰りゃいいじゃん。そして恐ろしく繁殖させたらいいじゃん。
私は桜井の所にも行かないといけないし、図書館にも行かないといけない。
早くここから立ち去ろう。
「先生、」私は高森に聞いた。「図書の先生って先生の双子のお姉さんなんですよね?」
「あーうん」
私以外の子がみんな少し驚いた顔をしている。
「全然似てない!」アサイカイトが言った。
「あーうん」と高森はもう一度はっきりしない答え方をする。
「まぁみんなそう言うけどね。正真正銘の双子なんだよ」
高森は自分の机の引き出しを開けて、そこから茶色い紙箱を取りだした。
どこの国の文字だか私にはわからない外国の文字とビスケットの絵が載っている。ミルクチョコがコーティングされたビスケットだ。
「みんな一袋ずつね」
そう言いながら高森は箱を開けて、ミルクチョコビスケが3枚ずつ入った小袋を一人ずつ渡していく。
「ヤグチもいる?」高森がヤグチに言う。
ヤグチは高森を睨みながら「毒入りじゃねぇの?」と聞いた。
「毒は入ってないよ。毒は」と高森が答える。
そうか毒は入ってないのか…。
じゃあ何が入ってるんだ?
「じゃあお茶飲む人~~」高森がそう言って全員を見回す。
「先生!」と私は言った。「私図書の先生に呼ばれてるんで」
高森に飲まさせられた怪しいお茶の味がよみがえってきた。
「あーそう」と高森は気のないように答える。
「じゃあ山根以外でお茶飲む人~~」
「お茶は!」と私は思わず力んで口に出した。「…みんないらないと思います」
私とヤグチ以外の4人が、いや、高森含め5人が驚いた顔をしている。
何で高森までビックリしてるんだ?そんな青天の霹靂みたいな顔して。
それに、みんなもっと警戒してもよくない?水槽あんなに軽くなったでしょ?中の水もこぼれなかったし。
私は早く図書室に行きたいけれど、その後みんなが高森にお茶を飲まされたら大変だ。チョコビスケも絶対に食べない方がいいと思うんだけど…
あ、ヤマダ君がもう袋を開けて一枚食べてる!
ダメやばいよヤマダ君、フラフラして家に帰れなくなってしまうよ…
ていうか、あの水槽触った手をまず洗おうよヤマダ君。
ヤマダ君は帰りに気分が悪くなったら、タケシタ君に送ってもらうんだろうかと余計な事を考える。
あ~でもヤマダ君はハヅキモエノに送って欲しいはず…と本当にどうでもいい事を考えている場合じゃない。
「ヤマダ君!」
私が急に呼びかけたのでヤマダ君はびっくりしている。
「ごめん、言い忘れてたんだけど、ヤマダ君の担任の先生が後で職員室に来るようにって…」
私はヤマダ君にそれ以上ビスケットを食べさせないためにウソをついた。
「え?そうなの?」ヤマダ君が真面目に聞き返してくれる。
ごめんヤマダ君。何か私、すごく変な事に違うクラスのヤマダ君まで巻き込んでる感じがする。




