見えるもの消えるもの 2
…実はそんなに嫌じゃないけど。ヤグチの事。
だって今日ずっと私を助けてようとしてくれてる。
すごく嫌だっただら世界史の前の休みに口がぶつかった時に、ヤグチが知らんぷりをしていても激怒していただろう。
…私節操がないのかな。
今まであまり話した事がなかったツブツブの事だって、たいして本人の事をちゃんとわからないまま結構な感じで好きになっちゃってたし、ゴトウハルカの事だってツブツブが出て来て、想いは薄まったけど嫌いになったわけじゃなくてまだ結構気になってるし。
それでヤグチだ。
私の事を気にしてくれて、私の事を助けてくれようとしている。
たぶん人から好きだって言われた事がなかったからずいぶん浮かれてるんだ私。…恥ずかしい。
だからヤグチから目をそらして首を振った。
「なに?」と今度はヤグチが聞く。
「…ヤグチ君の事が嫌いなんじゃないよ」困ったが本当の事を言う。「ありがとう今日はいろいろずっとついててくれて。…だからお願い!ハヅキさんたちのとこ、いっしょに行って!」
ちっ、とヤグチが結構大きく舌打ちした。
「ごめん」と私は言う。「そうだよね。ごめん。勝手な事頼んで」
そりゃあこんな状況だったらヤグチだって気持ち悪くて、これ以上つきあいたくないだろう。
「やっぱ私だけ行って来るよ、理科の控室」
が、ヤグチは急に私の頭を片手でがしっと掴んで自分の肩に押し当てた。
痛っ…。
もう片方の手は背中に回されていて、私はぎゅううっと抱きしめられる。
もちろんビックリしている。そして苦しい。
「じゃあ…」ヤグチが力を込めたまま言った。「今日は仕方ねぇからほっぺたな」
次の瞬間私の頬にヤグチの唇が…
うわわわわわわわわ~~と心の中で叫ぶ。
騒いでいるうちに唇は離れ、ヤグチは小さく「くそっ」と言った。
え~~?何で「くそ」?
私に対して舌打ちと「くそ」呼ばわり。それなのにほっぺにチュウ…
「仕方ねぇなもう。ホラ」ヤグチが私の体を離し腕を掴んだ。「行くぞ高森んとこ」
だめだ…頬にチュウされた余韻で恐ろしくそわそわする。
図書館がなくなってるんだから、ほっぺたにチュウくらいどうだっていいはずなのに。ていうか、そういう状況でヤグチは何でチュウなんか…
「そこまで恥ずかしがんなよ」ヤグチが言った。
そうだよね。
私本当はすごく怒った方がいいんじゃないの?
「なぁ?」とヤグチは私の顔を覗き込む。
「恥ずかしいって事は別に嫌じゃないって事なんだよな?」
そうかそうなのか?私がヤグチの事を嫌がっていないのは事実だけど…
「…まぁいいや」とヤグチは嬉しそうに笑って言った。「急ぐぞ」
引っ張られて走りながら私は聞いてみる。
「じゃあさ、…ヤグチ君は私の事好きなの?」
本当はそんな事聞いてる場合じゃないのもわかってる。
なにしろ図書館が丸ごとなくなってるんだから。
「お前!今頃」
それでもヤグチは立ち止まらなかったので私も立ち止まれない。
まぁいいや。早く行かなくちゃ。
「スケートリンクって!」
絶句する私達。
嫌だ…
何かそんな気もちょっとはしたんだよね…
生物室と理科の控室はなくなってた。化学室もだ
「ヤグチ君…ヤだな私すごく帰りたい…でもダメだな。捜さなきゃ。ハヅキさんたちを捜さなきゃ」
正確に言うとなくなってはいなかった。生物室と化学室と理科控室があった場所は、ぶち抜きで巨大なスケートリンクになっていた。
「すげぇな…気持わりぃくらい」
そう言ったヤグチと私の体をリンクからの冷えた空気が通り過ぎて行く。
スケートリンクは生物室、化学室、理科控室があった空間の枠を大きく超え、体育館くらいの広さがあった。
全く、広さも十分な本物のスケートリンクだ。
そうかスケートリンクになっていたか。夕べの夢にも出てきたな。スケートリンク。そして私は今走ってきたみたいに、ヤグチに手を引かれて校舎中を走り回った…
「やだっ!!」急に悲鳴を上げた私にビクッと体を震わせたヤグチ「何!」と聞く。
私が指差した先を目を凝らしたヤグチが「え?何?」ともう1回聞いてくる。
「ヤダ!ヤダヤダヤダヤダ」
「いいから。何か言え」
「…緑色の、見えない?」
「あ、見える。何あれ、草?」
「…私、あれ、藻だと思うな」
「モ?え?何?モって」
「高森のカエルの水槽に入ってた藻だよ。このリンク絶対あの水槽なんだって!高森が…」
おかしな事を口走ってるのは重々承知だ。ホラ、ヤグチだってまじまじと私を見つめている。
でもこれは絶対に高森が魔法を使ったのだ。
「お前すげぇな」とヤグチが言った。
バカにした顔はしてないので少し安心する。しかもヤグチはこう言った。「そうかあの水槽か!」
いやヤグチ、頭おかしいのか。
目の前に広がり、すでに私たちを包みかけているファンタステックワールドを、とんでもなく信じられないバカみたいな光景だとも認識しながら私は、ヤグチを残念な目で見返してしまう。「バカじゃねえの」とか「ないわコレ」とか言って欲しいのだ。
そしてこの場から私の手を取ってどこかへ抜けださせて欲しい。




