美術の時間 1
4,5時間目は美術だ。
また私はきっと、授業中に「山根?」呼ばれるに違いない。
美術の教師は『ゲゲゲの鬼太郎』の鬼太郎に似た30歳くらいの男だ。中肉中背。どちらかというともっさい感じで女子に人気がない。
鬼太郎に似ているのはその髪型だけなのだが私達はみな彼を鬼太郎と呼んでいる。
いや…呼んでいた、だな。最終的に今みんな「キタ」と呼んでいるから。
キタはいつもよれよれのコーデュロイのスーツを着ている。夏でもだ。そしてよれよれの割には、何着も色の違うコーデュロイのスーツを持っている。
今日はグレーだ。もう6月も半ば、私達生徒は半数がもう半そでなのにキタの上着はコーデュロイ。
衣替えをしないのかキタ。
それでもキタが、去年の真夏にどんな格好をしていたか私は全く思い出せない。きっと今年と同じようにコーデュロイのはずなのだが、去年のキタは全く思い出せない。
今でもなのだがキタの顔はいつもちゃんと思い浮かばないのだ。
たぶん髪型にばかり目がいっているせいだろう。
1週間に1回、2時間のこの美術の時間になってはじめて、ああ、キタはこんな顔してたんだなと思うのだ。
「山根?」
ホラさっそく来た!私はもうキタに呼ばれた。
まだ『始めます』の挨拶もしてないのにだ。
「はい」
私が椅子に腰かけたまま静かに返事をすると、キタは美術室中を見回してもう一度私を呼んだ。
仕方ない。私は立ち上がりもう一度返事をする。
「はい」
「ああ…山根、いるな」そうキタは言った。
どう言う事?
私が授業に出てないとでも思ったのか、それとも私の顔を覚えていなかったのか、どちらかだが、たぶん覚えていなかったんだろう。
美術は週に2時間しかないし、キタは全校全学年の美術を受け持っているのだ。副担任でもないクラスの生徒の顔なんか一人一人覚えられるわけがない。
それでも私を呼んだっていう事は、キタも桜井に私の事を何か言われているんだろう。
「山根?」
何度呼ぶんだキタ。
そして今度は手招きもした。「前に来て」
嫌だな!
動かない私をもう一度手招きしながら呼んだ。「山根」
この時間も呼ばれる事なんてわかっていたけどそれでも呼ばれ過ぎだし、前に出るなんて嫌だ。
美術室の机は横長で出席番号順に2人掛けだ。
私は一番最後で、クラスの人数が奇数だから、窓際の一番後ろの席に私だけ一人で掛けていた。
私の前にモチダタケトと席を取っているヤグチが、ホラまた呼ばれたな、と言わんばかりのしたり顔をして私を振り向いてきたので、私はもう躊躇なく先生のいる教壇の所へ向かう。
ヤグチにまた何かちゃちを入れられたくない。




