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助けは来ない 2


 「山根はね、僕の高校の時の美術の先生にちょっとだけ似てる。僕はその先生がほめてくれたから今でも絵を描き続けてる。すごく優しくほめられたのなんか、それが最初で最後だったから」

そう言った後キタは大きく舌打ちをした。

「すごく良い先生だったんだよ。地方の賞も受賞するくらいのうまさもあったし。でもさ、僕が2年の終わりに結婚して止めていった。すごくさ、清楚な感じの先生だったんだよね。綺麗でさ、明るくて上品な感じもあって。だから山根に似てるって言ったけど、似てるのはほんのちょっとだけなんだよ?だってその先生はすごく清楚な感じで、すごく綺麗なんだから」

ね?と真っ黒なキタが小首をかしげるが私はイラっとする。



 「でもなんと!」キタはおかしそうに笑って続けた。「絵の事なんてとうていわかりそうもない、性欲だけはすごくありそうな年下の体育教師とできちゃった婚で結婚することになって、あっさり教師を辞めたんだよ。まぁいいんだけどさ」

全然、『いいんだけど』、と思ってない感じで、キタは吐き捨てるようにそう言いながら首を振った。

「そういうのってないよね?すごい裏切られた感あったし、学校中がびっくりしてたけど僕がいちばんびっくりしたよ、ねぇ山根。うまくいかない事だらけだよ。面白くないことばっかり。絵でも全然うまくいかなかった。ほんとのところ誰にも何とも思われなかった。美術の教師にしかなれなかった」



 ああ、そうだった、とキタの話を聞きながら思い出す。

 ヤグチの事は今一つ信じきれないけれど、ヤグチが言った、「信じたいものだけ信じる」っていうのを私は信じることにしたんだった。

 ここは所詮夢。今のところここから出られないけれど、私は絶対ここから出て行ける。

 行ける。

 行ける。

 絶対。


 「先生あの…何かいろいろよくわかんないんですけど」

ビクビクと切り出す私にキタが、ふんふん、とうなずく。

「私はあの…何ていうかここから出て行きます!」

ふんふん。

 で?どうしたらいいんだ?私。

 ドアに後ずさろうとする私に、もう一度キタが、ふんふん、とうなずいた所で私は気付いた。

 さっき自分がここにいるんだと認識できた洗い場の脇の柱の鏡に真っ黒なキタが映ってはいない事を。



 鏡には汚い顔をした私だけが映っている。ゾワッと鳥肌が立つ。

「あぁ」とキタが私の視線に気付いて言った。「映らないよ僕」

キタはそう言い私の腕をむんず、と掴んだ。

 ぬちょっ!

「やだ、触らないで!!」

叫んだのにその次の瞬間、私は椅子に腰かけていた。

 真っ黒なキタが私の絵を描いているのだ。


 ここは美術室ではなく美術準備室だ。

 私の前にはキタがいて、キタは大きなキャンパスにペタペタと、太めの筆で絵具を塗っている。私を等身大で描けそうくらいの大きさのキャンパスだ。

「『触らないで』とか言うからな~」とキタが私をなじるように言う。

ペタペタペタ。

「女子ってすぐそういう事言うから。カッコいいヤツにはすぐ触らせるくせに」

声を低くしたキタが怖い。

 キタの筆も真っ黒、パレットも真っ黒だし、パレットに乗っている絵具も黒だけ。

「…すみません」怖いし気持ち悪いので不本意だが謝る私だ。「いえ、あの、先生の手が油絵具まみれだから」

「ああ、そうか、ごめん」

 そして椅子に腰かける私とその私を描くキタの間には、直径2メートル程の真っ黒な穴が空いていた。



 キタは鏡に映っていなかった。

 じゃあ今、目の前にいる真っ黒なキタは、私には見えていても本当はここにはいないんじゃないか?

 だって夢だもん…ここは私の夢の中じゃなくてキタの夢の中?

 それとも私でもキタのでもない、ここは誰かの夢の中で、鏡に映っていた私もここには本当はいないよね?

 だって夢だもん。



 「先生、あの…」私は目の前の黒い穴に目を落としながら言う。

「しゃべらないでよ」ペタペタペタ。

 今さらだけど美術なんか取らなきゃ良かった。

 「先生!いろいろ…その、良くないと思います」

 本当はどうでもいいと思ってる。

 キタの事もどうでもいい。キタなんて穴に落ちたまま出てこなくていい。

キタがどんなに真っ黒でも私はぜんぜん構わない。ここが私の夢の中でも、キタの夢の中でも、誰かの夢の中でも。けれど問題なのはキタが私たちの学校の唯一の美術教師だということだ。


 「山根、僕のこと、先生なんて呼んでないくせに。みんなが僕の事キタって呼んでるのは知ってるよ。ていうか君らが中3の時から呼ばれてるから」

「はいすみません。でも先生…」

「何?」

「…」

何をどうしたらいいんだろう。キタに対して何をしたら有効なんだろう。

 ぐるっと穴の周りを廻って、キタが描いているキャンパスを分捕り穴の中に投げ入れてみようか。

 勇気いるな、それ。


 「先生…」

「女子高生に『先生』って呼ばれるのはいいね~、山根みたいな愛嬌のない女子にでもさ」

キモ…

「私は確かに可愛げがないですけど、でも…確かに暗い性格かもしれないですけど、でも…でもこういう目に遭うのは嫌なんです」

ペタペタペタ。

「先生も!先生もそんなに…」

真っ黒にならなくていいのにキタ。


 本当にキタなんかどうだっていい。いい大人なのにこんな風になって…

こんな風になって私たちまで真っ黒にしようなんて許される事じゃない。

 全く!職員朝礼にだって遅刻するくせに!


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