助けは来ない 3
「僕の苗字知ってる?全校生徒の中の僕の本名知らない率結構高いよね。ほぼ全員、美術選択以外の生徒もキタって呼んでるからな~」
「知ってます」
「まぁね、美術取ってるからね。まぁホラ、僕『足田』だから、だいたい毎年名簿順で当てられる確率がものすごい高くてさ。嫌で嫌でたまらなかったんだけど、僕をほめてくれたその美術の先生はいつも、名簿の最後の方のヤツを当てたり何かを手伝わせたりしてたんだよね。それはまたそれで悔しくてさ。僕がいろいろ手伝ったりしたかったのに」
「…」
「そういう事もあって、僕はいつも名簿の最後から当てるようにしてる。気付いてた?」
首を振りながら、本当にと思う。
本当にキタなんてどうだっていい。
私がそう考えている今もペタペタ油絵具を塗り続けているけどどうでもいい。見ているとすごく哀しくなる。
「私、描かれたくありません」
ペタペタペタ。
「描くの止めて下さい」
ペタペタペタ。
「先生!」
「山根、好きな絵だけ描いていたいよ。それで、その僕が描いた僕の好きな絵を、みんなにうっとりと見て欲しい」
私はキタがどんな風な絵を描くのか知らない。キタの絵をちゃんと見た事がない。今だってただ黒で塗ってるだけだし。
「本当は教師なんてしたくないんだよ。中途半端な田舎の進学校なんてさ、美術なんて誰も本気でやらないしさ、美術系の大学に進学するヤツなんて毎年一人とか二人、それで本気でやるやつ、いたらいたでなんとなく僕の事バカにしてるような気がするしさ、美術部のヤツらだってさ、ほぼ漫画研究会みたいになってるし。オタク超キモい」
ペタペタペタペタ。
「朝礼とかさ、学年の受け持ちの仕事とかさ、あ~山根のとこの担任もな、うるさいし、いつも僕をバカにした感じで見てくるから嫌い」
どうしよう、立ち上がって出て行かなきゃ。
でもどこに?またあの真っ暗闇の中へ?
「山根、」と言われてハッと顔を上げる。
「ちゃんと上を向いて。穴が気になるの?」
「…」
「あんま、気にしない方がいいと思うんだけど」
「…」
ペタペタペタ。
べちゃ!
え?
べちゃ!べちゃ!べちゃ!
「っっ!!」
ガタンっ、と椅子から飛び上がった。
穴の縁から手が!!
べちゃ。べちゃ。べちゃ。
一つ、二つ、三つ…
そして黒い腕が伸ばされ、黒い頭も…一つ、二つ、三つ…穴から人が出て来ようとしてる!真っ黒な人たちが!次から次に!
「あ、山根」とキタが呑気に言う。「ちゃんと座っててよ」
ドアに駆け寄ってドアノブを回すがガチャガチャいうだけでドアは開かない。
体当たりをする。
ガンっ!ガンっ!
振り向くと穴から這い上がって来た人たちが四つん這いになって、
毛に付いた水を飛ばそうとするびしょぬれの犬のように、両手足の黒いべちょべちょを振り払おうとしている。
べちゃ、べちゃ、と床に飛び散る黒い塊。
私、教室戻らなきゃ!教室!教室へ!2年4組の!
サクラちゃん!ミノリちゃん!私教室に戻りたい!
一緒にお弁当食べたり、話したりしたい!
ドォーーーーーーーンっっ!!という大きな音とともに、バリバリと壁の裂ける音がした。
美術準備室と美術室の境目の壁にひびが入る。メキメキとひびは一瞬で大きくなって壁は轟音とともに裂け倒れた。
ドアが斜めに外れる。
やっとか!やっと来てくれたのか。オレンジ色のジャージを着た田代姉妹。
が、1、2、3…7人いる!
じゃなくて!
後の二人はサクラちゃんとミノリちゃんだ!
田代姉妹とおそろいのオレンジ色のジャージを着たサクラちゃんとミノリちゃんは、肩までの髪をこれまた田代姉妹と同じようにツインテールにしている。
「あ…」と言いかけた私の両手を二人が思い切り引っ張ったので
私は思い切りつんのめった。
「痛っ!!」
「『痛っ』、じゃない」と低い声で言ったのはサクラちゃんだ。
え?
「何やってんのこんなとこで」と同じように低い声で言ったのはミノリちゃん。
え?
…いや、ミノリちゃんとサクラちゃんこそ、こんなとこで何を。




