穴 4
「私」とデガワさんが話し始める。「体育館で昨日話した事は嘘じゃないんだけど」
デガワさんが話したのは、双子の妹が自分より可愛い感じで今は違う高校に通っていて、それを良かったと思ってるけど妹も実はこの高校に来たかったんじゃないか、自分もやっぱり同じ学校の方が良かったんじゃないかって思ってる、そんな内容だった。
「あれは取り繕った話で」とデガワさんが続ける。「…もっと私、嫌な事いっぱい思ってる。ていうか本当は嫌な事ばっかり考えてる。昨日美術の時間にヤマネさんの夢の絵を描きながら私、その事考えてたらすんごい嫌な気持ちになってきて…」
その告白を聞きながら、私がデガワさんを嫌な気持ちにさせてしまったような気になって私もすごく嫌な気持ちになる。
「私は妹の事が本当は自分で思っている以上に嫌いなんだと思う」
デガワさんはそう言った後少し首をかしげて続けた。「…違うな。そういうの、汚い言い方だよね」
デガワさんはそう自分で反省する。
「自分はそういう気持ちはないのに、何か本能で嫌ってる、みたいな言い方。中学の時に私が好きだった男の子が、私がその子を思ってるっていうのを誰かからが聞いて、『オレ、妹の方だったら、まぁまぁ付き合ってもいいけど』って言ったらしいの。すっごく嫌な感じでしょ?今思うとホント、バカな男の子だったんだよ。全然たいしたヤツじゃないのに、っていうか逆にホント、嫌な感じのヤツだってわかって良かったはずなのに、私はそれで妹の事が嫌になった。前から妹の方が可愛いって言われてて嫌だなって思ってたけど、それがものすごく強くなった。だって私が好きだった大した事ない嫌なヤツでも、妹の方がまだましだって言ってるんだから。別にそれは妹のせいじゃないのもわかってる。そして妹とは普通に話せるし、妹もずっと変わらず普通。成績も同じくらいで、スタイルもほぼ一緒。友達もカブってて二人一緒に誘われることも多かった。それだったらみんな、妹の方がましって言った男子みたいに妹の方を選ぶのが当然だと思う。私は双子なんかじゃなかったらってずっと思ってる。私の方が可愛かったらってすごく思ってる。これからもずっと思い続けるんだろうなって確信がある。だって歳とるごとにその気持ちがどんどん強くなってる。妹なんかいなくなればいいのにって思ってる。きっと双子じゃなかったらここまで嫌に思わなかったかもしれない」
私は返事が出来ずにただ曖昧にうなずいた。それはデガワさんの話を肯定するという意味ではなくて、ちゃんと聞いてますよ、という意味の相槌。
デガワさんがそんな私の目をじっと見つめて言う。
「私、ヤマネさんの夢の絵を黒く塗ってしまった。そして夕べ夢を見たんだよ。真っ黒な夢。真っ黒な中に私がいる夢。目を開けても瞑っても真っ暗で、自分の手も足も見えない暗い真っ暗な夢」
デガワさんの瞳が、どよん、としていて私はとても悲しくなる。
その瞳から逃れるようにデガワさんの後ろを見た時だ。後ろに並んでいた机が突然消えた。
教室の床に出来た大きな黒い穴に。音もなく消えた。
穴は美術準備室にあったものより少し大きい。デガワさんがすぐ後ろの穴の方へよろけそうになるのを、腕を捕まえて自分の方へ引っ張った。
コンドウ君がドアまで後ずさり、大人びて綺麗で静かなムラヤマさんは穴の際まで行って中を覗き込んでいる。
そしてムラヤマさんのすぐ近くには車いすのに乗った女の子。今の今までいなかった女の子。
それは痩せて身体の小さい、でも顔は結構大人びた、そう、ムラヤマさんに似てるような気がするけど…
ムラヤマさんは身体に障害がある双子の妹がいるって話してた。じゃあ、あの車いすの子はムラヤマさんの妹だ。
車いすの妹は手で車いすを漕いでムラヤマさんの近くへ寄る。そしてムラヤマさんを横から見上げるようにして見つめてから、そのまま穴まで車いすを漕ぎ、そのままためらいもなく穴に落ちた。
「いやだっ!」声に出したのは私だった。
でも身体が動かせない。
コンドウ君がドアから走り出てどこかへ消えた。ムラヤマさんは両手で口を押さえている。叫び声を止めようとしているんだろうか。
そして口を両手で押さえたまま私とデガワさんを少しだけ見つめまた穴の中に目を戻して、そして…そしてムラヤマさんも、穴の中へ自分から落ちて行った。
「「ムラヤマさん!!」」デガワさんと私は叫ぶ。
穴の縁がうごめいている。
まるで今飲み込んだムラヤマさん達をのどの奥へ流し込んでいくように。
嫌だ…本気でゲロ吐きそう…今朝、ミノリちゃんとサクラちゃんが来てくれて嬉しかったから、おにぎりたくさん食べてきてしまった…
あんな幸せな朝にこんな展開が待っているなんて…
どうしよう…どうしたらいい?
ゆっくりと穴に近付く。
穴は底抜けに真っ暗で何も見えない。私が見た暗闇と同じだけ暗い。
ムラヤマさんとその妹を助けたいけれど、私には穴の中へ入る勇気は微塵もなかった。
「ムラヤマさん!!」
穴に向かって叫んだ私の声はただ、すぃっ、と穴の奥の奥の、ずっと奥の方へ消えていった。
立っていられない感じがするんだけど、穴が怖くて座りこむ事も出来ない。




