入口 4
これ、今夢だってわかってるけど滅茶苦茶怖いな。
胸から下が全部きゅうん、ってなってて全然動かないし。
ガチガチだ。金縛りかな…金縛りだよね?って、怖いのに何呑気に自分を金縛り認定してるんだろう。
だんだんキタの気配が大きくなってきたような気がする。
美術室は朝の明るい光が入ってきているのに、むわぁぁぁぁっと黒い空気を全身で感じるのだ。叫び出したい。
桜井嘘つきやがって!
キタは実際私には何もして来ないって言ってたくせに。
あんな変な奴信用した私がバカだった…いや、全然信用なんてしてないけど。
「もう~~~~!桜井ぃ~~~~~!」
一人ぽっちの美術室で叫ぶ私だ。
声は出るんだ、良かったな。
「桜井ぃ!クソじじい!田代せんせ~~~~」
5人もいたくせに今一人も出て来てくれないなんて田代姉妹。
「もうやだ…桜井ぃ!」
「おい!」と背後で声がして、今まで生きてきた中で最大限の恐怖に一瞬で包まれる。
「いぎゃあっ!!」
「変な声上げんな」
そう言ってそこに立っていたのはヤグチだった。
ヤグチ!今頃やっと出て来た!
ヤグチがふふっ、と気持ち悪く笑っている。
「何で笑ってんの?私すんごい怖いのに」
「いや…お前、今オレを見たとたん嬉しそうな顔したから」
ヤグチはまだ笑っている。
「…ちょっと、笑うの止めて。私体動かないし」
ふん?とヤグチは小首を傾げ私に手を差し出してくれた。が、すぐに引っ込める。そして「違った」と言った。
「何が?」
「お前今、桜井呼んでたろ?何でオレじゃなくて桜井呼ぶの?わけがわかんねぇ。それから1回オレとバス乗りかけたのにその後消えて、オオツブと一緒に来たの見たやつがいるんだけど」
マジでか…夢じゃないのかコレ、っていうかそういうもんなのか?
ヤグチをじっと見つめてしまう。
美術室にいる私とヤグチ。夢の中の私たち。
ここにいる私たちは私たちであって私たちじゃないのか。
ヤグチも私をじっと見つめ返す。
「来てくれなかったから」
その私の答えに「はぁ?」とヤグチが聞き返す。
「ツブツブが来る前に来てくれなかったからヤグチ君が」
「オレのせい!」
「ごめん」
「びっくりするわ…まぁいいけど、もう1回言ったら許す」
「…何?」
「ごめんなさいってちゃんと言ったら許す」
え~~めんどくさ…
「今お前めんどくさいって思ってねぇ?」
「いや、思ってないけど」
まだ動けない私はもう一度ヤグチに手を差し出してもらうために言った。
「ごめん」
「心こもってねぇな!まあいいやもう」
ヤグチはもう一度手を差し出してくれた。
ヤグチの手に触れると私の体からふわ~と硬直していた力が抜けた。
「ありがとう」私は席から立ち上がりながら改めてお礼を言った。
が、ヤグチがそのまま私を美術準備室の方へ連れて行こうとするので拒むように足に力を入れる。
繋いだままのヤグチの手に私の手がぐん、と引っ張られた。
「何か!…そっち行きたくないんだけど」
「まぁな。でも行く他ない」
「なんで?」
「お前、美術準備室に入った事ある?」
「ないよ。1回もない」
「オレも。美術部の奴らだってほぼ入れないらしい。いつもキタだけが使ってる」
「っていうか今絶対キタがいるでしょ?さっきキタがいるような気配がした」
「気配?どんな?」
「何か暗くてどんよりとした塊みたいな」
「今は?」
「…しないかも」
でもそれはヤグチが来てくれたからかも。
「だろ?オレは朝職員室に寄って桜井たちが普通に来てんのか確認した」
そっか!ヤグチ頭良いな。
「そしたら高森が今日キタが学校休んでるって言うから。お前もそれでここに来てたんだろ?一人で探ろうと思って。あれほど単独行動は無しってオレが…」
私は大きく首を振る。一人で探ろうなんて絶対しないよ怖いじゃん。
「書いてあったもん黒板に。1、2時間目は美術に変更になりましたって」
「…そうか…オレが来た時には何も書いてなかった。オオツブは?一緒に来たんだろ?」
「ツブツブとバスに乗りかけてて、ヤグチ君がいないから目を覚まそうと思ったんだけど、もう次の瞬間バスに乗ってて、そいでその次の瞬間には教室にいたんだよ。それで黒板にそう書いてあったの見た次の瞬間、私ここにいた」
「次の瞬間、次の瞬間て、何かお前バカそう」
「バカだけど!」
「瞬間でパッと変わるように見えても、その影に隠れれてるところに大切な事が何か隠されてるんだって」
「そうなの?」
「何かそういうの映画で見たような気がする」
そっか~~…
「でも!ハヅキさんもいないし、コンドウハルト君だって私朝から1回も見てないし」
「いいじゃんハヅキは」
ヤグチが私の手をぐん、と引っ張るので私はつんのめりそうになる。
「取りあえずいつもキタが何してんのか探らないと」とヤグチが言う。
次の瞬間私とヤグチは手を繋いだまま美術準備室の中にいた。
「…ヤグチ君…」
言おうか言うまいか迷ってでも言ってみることにする。「私、美術室でヤグチ君とここに入るかどうか喋ってた次の瞬間今ここに居るんだけど」
声が小さくなった私をヤグチが残念な目で見る。
「つまりお前の夢の中では、オレが持ってた安全ピンでかかってた鍵を手品のように開けたとこは省いてるわけだな」
そうだったのか!
ヤグチにうっすらと尊敬の念を抱きながら、私はだいたいわかってきたような気になってきた。
この夢設定の世界で最も大切な事は深く考えない事なのだ。
面倒くさいくだりを私は夢の中ではパッ、パッ、パッ、と省いているに違いない。
なぜならそれは…面倒くさいから?
そんな呑気な考えは、入ってすぐのキタの机の横の、キタが道具入れにしているむかしおばあちゃんの家にあった大きな茶ダンスのような棚と、黄色くやけた古びたカーテンで隠されていた空間を見て消えた。
その床には2メートル四方のキャンバスが置いてあり、
そのキャンバスいっぱいに真っ黒な穴が開いていたのだ。




