心の準備 2
食事を終え、引き出しの中に開きかけのフクロウの箱をそのまま入れほったらかしにしていた事を思い出し部屋に戻る。
引き出しを開けると、あの時箱から覗いていた羽根は消え、箱は元通りになっていた。
薄い灰色の羽が一枚、箱の横、引き出しの中に落ちている。
私はその羽根をつまみ、フクロウに悪い事をしたなと思いながら、むかし読んだ何かの魔法使いの絵本のまじないであったような気がして、それが何に効くまじないかも思い出せないまま、その羽根を枕の下に忍ばせた。
そして風呂に入ろうかと思っていた21時過ぎ、ケイタイの着信音が鳴った。
そうだ、忘れてた。ツブツブにメールの返信しなきゃ、と思いながら電話に出るとヤグチだった。
初めて電話から聞こえるヤグチの声だ。
「薫」といきなり呼ばれてドキッとする。
「…」
「もしもし?」
「うん」小さな声で答えてしまう。
「薫!」
「はい!」
「なんですぐ返事しないの?不安になるじゃん」
「ごめん」
「今何してんの?」
「これからお風呂入るとこ」
「そっか…」
「何?」
「何って、どうしてるかなって思っただけ」
「ありがとう」言いながらお母さんから聞いた話を思い出してしまう。
ヤグチは私の事が好きなんだよね?そうなんだよね?
そう思えば思うほど何でかなと思う。おかしいのかなヤグチ。変わってんの?
普通の男子ならやっぱり可愛くて誰にでも愛想のいい、うちのクラスで言うとソノダユイちゃんみたいな女の子が好きなんじゃないかと思う。
でもソノダユイちゃんは残念ながら74点だ。なぜなら本当に誰にでも愛想が良過ぎるから。私が男の子なら、好きになったとしてもちょっと不安になってしまうかも。本当に自分の事だけ見てもらえるかどうかって。
他の男子にも優しくしてるのを見たらきっと嫌な気持ちになると思う。
…そうか、ヤグチが私の事を好きかも、っていうのを私が信じられないのは、ヤグチが誰にでも調子良い感じで接したり話したり出来るからだ。
実際ヤグチの事を好きな女子も多いと思うし。
ツブツブはヤグチみたいに誰とでも仲良くならないからすぐに受け入れられたのかもしれない。
実際はハヅキモエノと付き合っていたわけだけど。
そして今でもメールをし合っているらしいけど。
私が黙っていると「なぁ」とヤグチが言った。
「何で黙ってんの?」
「ヤグチ君て変わってるよね?」
「お前に言われたくない」
え~~~。
「オオツブにメール返したの?」
「…まだ」
「へ~…何て返すの?」
「…わかんない」
ちっ、と舌打ちしてヤグチが言った。「気になって眠れなくなるから教えてみ?」
そんな事言われても私だってまだ、何て返すか考えてないのに。
「なぁ?オレ、…もう!言うの恥ずかしいけど、お前の事すげぇ気にしてんの!わかんねぇの?」
「…」
「何黙ってんだよ?聞こえなかった?」ヤグチの声がイラついている。
「…わかるよ。気にしてくれてるの。…本当にありがとう」
「ありがとうじゃねぇよ!お前はオレの事…」
ヤグチが言い淀む。「本当のとこオレの事、どう思ってんの?」
「私…ヤグチ君が同じクラスにいてくれて良かったと思ってたよ。
ヤグチ君は私にも普通に他の男子や女子と同じように、話しかけて来てくれたし」
「そんな事ねぇよ」と言われて一瞬胸がズキン、としたがヤグチは続けた。
「他の奴と同じようには声かけてない。結構ドキドキしながら話しかけてた」
「…」
「おいって!聞いてんの?今すげぇがんばってオレはオレの気持ちを…」
「ほんとうに!ありがとう。今日も一緒にいてくれて一緒に帰ってくれて、うちに寄って行ってくれて」
「あぁ」
「私、今日ヤグチ君がずっと一緒にいてくれて本当に良かったって思ってる。…ヤグチ君と同じ学校で良かった」
「…もしかして…お母さんから何か聞いた?」
「え、何も!何も聞いてないよ」
「まぁいいや…じゃあ今夜寝る時さ、」
「うん」
「…まあいいや、じゃあおやすみ」
ヤグチが何を言いかけたのかすごく気になる。
気になるからちゃんと言って欲しいと言うと、少しまた言い淀んでからヤグチが言った。
「今夜寝る時、オレはお前の事だけ考えて寝るから
お前もそうして!じゃあおやすみ!」
そう言ったとたんにヤグチは電話を切ってしまった。
うわ~~と思ってケイタイを握りしめている所にメールが鳴った。
サクラちゃんだった。
サクラちゃんは酷く私の事を心配してくれていた。
そしてサクラちゃんのメールを呼んでいる途中にもう1件メールが来て、それはミノリちゃんからだった。
二人のメールの中身はほぼ同じで、しかもお互い相手にはメールの内容を黙っていて欲しいと書いてあった。
それはこんな内容だった。
まず私の事を心配だと書いてあって、それは私があんまりいろんな事を話さないから。そしてそれはサクラちゃんとミノリちゃんが元々仲良かった事にすごく気を使って、二人に対して何か思う事や一緒に楽しみたい事があっても気軽に話したり誘ったりしにくいんじゃないか。
今日の事も本当は私の雰囲気が朝からすごく変だったから、問い詰めたかったけど、私が嫌がって二人と行動を共にしなくなったら嫌だと思ったから出来なかった。
もっとちゃんと無理矢理話を聞けば良かった。
毎時間、教科担当に呼ばれててそれもすごく気になったけど、結局ヤグチが助けてくれて自分たちは見守るだけだった。それを帰ってからすごく後悔してる。これからはもっといろんな事を話したり、もっと3人で遊びに行ったりもしたい。そして、こんなメールをした事は他の人には秘密だって。
私は泣いた。
すごく嬉しくて。ちょっと笑いながら泣いた。




