心の準備 1
ヤグチがポケットからフクロウの入っているはずの箱を取り出した。
「あずかっとこうと思ったけど、やっぱ置いて帰るわ。何か遭った時に助けてくれるんじゃねえ?」
「どうやって出すのか聞くの忘れた!!」
「あ~~~~」
渡された箱を机の上に置いて指先でちょん、と触ってみると、コトっ、と箱が揺れる。
もう一度、ちょん、と今度は少し強めに小突いてみると、カタカタッと、箱が揺れた。
んん~~~、と唸って念じてみる。出ろ、出ろ、出ろ…
フクロウ出ろ~~~~!
出ない。どうしよう、どうするんだろう。
そして再度ドアがノックされてお母さんの声が聞こえた時に、その黒い箱から、その箱の5倍くらいありそうな灰色の羽根の先がガサッと覗いた。
慌てて、羽根を覗かせているのもおかまいなしに無理矢理箱を机の引き出しに突っ込む。
「あら?」とお母さんはちょっと笑っている。「何慌ててるの?」
「何も慌ててないよ!」
「そう?ヤグチ君夕ご飯食べて帰る?」
まさか、お母さん。初めて来た人に、しかも男子にご飯まで…
「いえ」とヤグチが断わってくれてほっとする。「またぜひ今度ご一緒させてください」
お母さんがニッコリと笑い、ヤグチもニッコリと返す。
閉めた引き出しから、ゴトッ、と音がして私はビクリ、とする。
「あの、お母さんすみません」ヤグチが言った。「遅くなるといけないので今日はこれで失礼するんですが、委員会の打ち合わせがなかなか終わらなくて、明日うちで他の委員も一緒に続きをするんですが、薫さんにも来てもらうので。少し遅くなるようなら僕がちゃんと帰る時は送るんで」
「そうなの?ありがとうヤグチ君」
またお母さんがニッコリと笑い、ヤグチもまたニッコリと返す。
そしてお母さんは私にもニッコリと笑ったが、私は笑えはしなかった。
ヤグチが帰ってしまうとやっぱり寂しい。
寂しいし、そわそわする。
今日遭った事が全部気持ち悪くてたまらなくなったので、部屋に一人でいるのは止めてお母さんがいるリビングで宿題をする。
こんなバカげた目に遭っているのに、素直に宿題をしている自分も変だと思う。だって明日も取りあえずは学校あるもんね。
お母さんのいる所で宿題をするなんて何年振りだろう。
お母さんがにやにやしている。
お母さんの言いたい事はわかる。なので「本当に委員会なんだから」と余計な事を言ってしまう。
「ヤグチ君て中学の時同じ学校だったでしょ?」
「…知ってんの?」
「知ってるっていうか、小学校も一緒だったでしょ?目立つ感じの子だったから覚えてる」
「…そうなの?」母親層にも人気なのか?
「ふふ…、本当は秘密なんだけど」
「…何?」
「本当はね、お母さん、ヤグチ君に話しかけられた事ある」
「へ?!」
「中学の終わりごろの話だけど、薫さんの志望校どこですか?って」
マジで!!
「あの頃とは印象違うね。前はもっとやんちゃな感じだったよね」
「教えたの?」
「教えた教えた」とお母さんは悪びれず笑った。
「やんちゃな感じだったけど、言葉づかいはちゃんとしてたし、目が優しい感じだったし、かっこ良かったから。でも聞いたことは薫に黙っててっていうから」
それで黙ってたと?
ヤグチは同クラの子に私の志望校聞いたって言ってたのに。
お母さんに聞いてまで私の志望校を調べたって事は、やっぱり私の事を好きなんだよね?
「あれから見なかったし、あんたの口から名前が出てくる事もなかったから
もうあれで終わりだったのかと思ったんだけど…今になって一緒に帰ってくるなんてね~~」
すごく恥ずかしいんだけど。
「付き合うの?ヤグチ君モテそうだよね」
私はゆっくりと首を振った。「…違うよ。そういうんんじゃないよ。今本当に一緒に仕事してるだけ」
「あそう」
お母さんはやっぱりニヤニヤしててムカつく。
お母さんが入れてくれたほうじ茶を飲みながら聞く。
「ものすごくさ、信じられないものを見て、もうそれがさ、普通だと考えられないような信じられないもので、さらにこの先自分が出来そうもない事をしなきゃいけないって、無理矢理そんな感じにされたら、お母さんならどうする?」
「…。え、全然わかんなかった。もう1回言って」
私は母さんにもう一度同じ事を言う。
「う~~ん」とお母さんは唸る。「やっぱよくわかんなかったけど、そうだな…嫌だなぁと思っちゃうけど、最後にはどうにかこうにかやってみようと頑張ってみるかな。だってどうしてもしなきゃいけない事なんでしょ?そういう事を避けて通るとたいていはもっとヤバい事になるからね」
そうだよね。そうだけど…
「お母さん、今まで見た中で一番変な夢って何?」
「私はいつも変な夢見てるよ。夢なんて現実と違う変なものでしょ?え?あんたはどんな夢見てんの?」
「…ん~と…変な夢?」
「だよね。起きたらさ、夢で良かった~~て思うの、多いよね」
そうだ、今日ヤグチと迷った校舎の中も、田代姉妹から見せられていた闇の中もそうだった。
現実の世界に戻れてどんなに良かったと思ったかしれない。
「じゃあお母さんはこんな夢見よう!と思って、見れた夢ってあった?」
「いや~ないと思うけど、覚えてないだけかもね。夢って覚えてないとこすごく多いでしょ?」
「じゃあ、誰かと同じ日に同じ夢見た事とかあった?」
「ないよ。ないっていうか、そんなに夢の話って、そうそう人としないでしょ?見た夢の話とかしたってそんなに面白くないじゃん。そんなすごい夢見たって、それ夢だからでしょ?みたいな感じになって。夢の話とか人にされてもほぼ面白くないでしょ?あ、でも今日とか薫」
お母さんが嬉しそうに言ってくる。「ヤグチ君の夢見るんじゃないの~」
ドキっとしてしまう。
そうなのだ。私はヤグチの出てくる夢を見なくちゃいけないのだ。
…いや違うな。ヤグチと夢に出なくちゃいけない。
「もしかして薫、他に好きな子とかいるの?」
いたけど…
「いたけど今はいない」
「ヤグチ君の事は?」
「…わかんない。前は苦手だったけど、でも今はいい人だと思う。私の事をすごく助けてくれてる」
「そっか!」お母さんは私にニッコリ笑う。
が、やっぱり私はニッコリとは笑えなかった。




