私たちのやる気 3
部屋が微妙に散らかっているのが恥ずかしい。
が、部屋に入るとヤグチは、まるで何回も来た事があるかのように、何のためらいも断わりもなく、私のベッドに腰掛けた。そしてあろう事かそこに背中からドサリと身を倒した。
椅子に腰かけた私に、ベッドに寝転んだままのヤグチが言った。
「あ~~今日は疲れたよな」
そりゃあ私も疲れたけど。私のベッドに普通に寝転ぶな。
が、ヤグチはごそごそと動いて私の枕に頭を乗せた。
うわ、…
何か…何かものすごく恥ずかしい。
寝転んだまま私の方へ顔を向けてヤグチが聞く。
「なぁハヅキの事どう思う?」
「どうって…ちょっと変わってるのかな…美人で頭がいいと思うけど。変わってるっていうか、ちょっと個性的な女の子っていうか」
ひとまずツブツブとの事には目をつむる。
「何かあいつは、」ヤグチが少し眉間にしわを寄せて言った。私の枕に頭を乗せたまま。「すげぇ喜んでるように見える。今回の事。お前声かけて正解だと思うけど。それでどうなの?オレもまぁしつこいとは思うけど、オオツブの事、どうなの?」
「ハヅキさんとツブツブの事?」
「お前、ツブツブって呼んでんの?昼間名前で呼んでたよな?」
「…自分の中では他の女子が呼んでるみたいに呼び始めたんだけど、実際には呼んだ事ないよ」
「何で?」
「その後ツブツブから、女子にツブツブとかライライとか馴れ馴れしく呼ばれるのが嫌だって聞いたから」
「ちっ」とヤグチが舌打ちをした。
「まあな、それはオレも嫌いだけどな。勘違いしてる女子に馴れ馴れしくヒカルって呼ばれんのがすげぇ嫌」
そうなんだ。
「それでもヤグチ君は嫌な顔しないで答えてあげてんのが偉いよね」
「…何かそういう言い方ムカつく」
え~~褒めたつもりなのに。
「それで?」とヤグチ。「だからあいつを下の名前で呼んでるわけ?」
「…それは…呼んでって言われたから」と答えたらヤグチがさっきりより大きく舌打ちをした。
「なぁ?オレが呼んでって言ったらオレの事も名前で呼んでくれんの?
バカじゃねぇのお前…ったく。何かあいつすげぇな。本当は結構女慣れしてんじゃねぇの、それ」
ヤグチは憎々しげに言う。
自分だって女子に人気があるって自分から言ってたくせに。
「ダメだから」とヤグチが言った。「もう呼ばなくていいから。だいたいちょっと送ってもらったぐらいで急に仲良くなり過ぎじゃね?お前普段はコミュニケーション能力ねぇくせに」
ひどっ!!
ドアがノックされて、お母さんがお茶を持ってきてくれている。
「すいません、ありがとうございます」
ノックが聞こえた時点で瞬時に床に座りなおしていたヤグチが、お母さんに軽く会釈をしながら言った。
「ねぇねぇ」お母さんの顔が輝いている。「よく一緒に帰ってきたりしてんの?」
「してないよ」意外に冷静に答える私だ。「今日が初めて」
「そうなの?」ちょっと残念がる母さん。
「はいオレ自転車なんで」とヤグチが言う。「すみません。今日は突然」
早くお茶を置いて出て行って欲しい。
ヤグチはまともだった。自分でも言っていたけれど。母さんの印象だってまぁまぁ良かったと思う。まぁ…他の男の子を連れてきた事がなかったから比べられないけど。
母さんがお茶を置いて出て行くとまたヤグチはベッドに寝転がった。
「明日はオレんちな」
「…」
「…なぁ…まさかオオツブ、もうここに来た事あったりしねぇよな」
「しないよ!男子はヤグチ君が始めてだよ」
「そっか」ヤグチが起き上がった。すごく嬉しそうな顔をしている。
「オレの部屋に入るのも女子はお前が初めてだな」
「…あれ?ヤグチ君中学の時とかいろいろ彼女いたじゃん。その子たちは?」
「入れてねぇよ。家に入れてもいない」
ヤグチの声が急にまじめな感じになる。
「それにいろいろとか言うな。だいたい彼女じゃねぇし。ただオレの事好きだって言ってきた女子とちょっと仲良くしてただけ。それも中学のちょっとの間だけの事で、誰の事も彼女にしてない」
ちょっと仲良くってどれくらいな感じなんだろう…
「…まぁいいや、」そういう事詮索したらいけないよね。「それより言ってた計画ってどんな事考えてるの?」
「まぁいいやとか言うな。今いい感じで告白に入ろうとしてたっつの」
告白って私に?
思わずヤグチを見つめてしまった。ヤグチも私を見つめている。
「私…」
「何?」
「私の見た暗闇の中、結構へビィだった。そこにいたらもう何もかもすごく嫌で、何もかもがどうしようもない、どうでもいい気持ちになった。
すごく怖かった。実際のキタの事も気持ち悪いと思うけど、そのキタの暗い気持ちと繋がっている私の中の暗い所が怖くて気持ち悪い。私…自分の夢でももうあんなの見たくない」
「あぁ」
ヤグチは私があそこにまた入り込んでも助けに来てくれるんだろうか。
「きっと、あれを一緒に見たら、ヤグチ君も気持ち悪くなるよ。嫌になる。あ、てゆうかそこは何も見えない真っ暗闇なんだけど」
そんな所になんか誰だって行きたくないはず。
「うん」ヤグチは笑っている。
「何で笑ってんの?」
「うん」
嫌だな。
それでもヤグチは言った。「でも一緒に見るから。一緒に行くし」
うわ~~~~~~と心の中で大騒ぎする。顔が熱くなるのが分かった。
本当は一人で帰るのは嫌だった。
家に帰って、今日遭った事をお母さんにも言えない。そしてたぶん今一人で家にいたらきっと、怖くてたまらなくなっていたと思う。
「おかしいとは思わないの?全部が全部おかしいって。あんまりおかしな事だから、私たちの方がどうかしてるんじゃないかって」
「まぁな。全部おかしいし、とても信じらんねぇけど。それでもオレら一緒に見たからな、スケートリンクとか、5人の田代とかな。見ても信じられないけどそれでも一緒に見たから」
「うん」
「オレは実は桜井も高森もそんなに信じてない。田代たちが普通の人間じゃないっていうのは信じられる。オレは自分が見た事はだいたい信じるけど
それでも自分がそうとう嫌だと思うもんまで信じなくていいと思ってる。それは誰かに何かの影響を受けて見させられてるものかもしれないから。見えたものは見えたものと思って、それでもオレは自分が信じたいもんだけ信じる」
「うん」
そうか、そうだよね。ヤグチすごいな。
「本当はオレ、ここに泊まりたい。心配だから」
「…うん」
「何かあったらすぐ電話して」
「うん。…ありがとう。ほんとに。何かほんとにいろいろごめん」
ヤグチが立ち上がって私に近付き頭をわしわしと撫でてくれる。そしてゆっくりと私に顔を近付けてきて、また私が心の中でうわ~~~~と叫んでいる時にメールが鳴った。
ハヅキモエノだ。ヤグチが舌打ちした。
メールはこうだ。
「 あの時いたフクロウって
私が美術の時間に薫ちゃんの夢の絵に描いてたフクロウだよね?
なんか私すごくない?
今ヤグチ君そこにいるの? 」
私はそれをヤグチに見せる。
「今頃フクロウの事、遅くね?し、何かあいつオレの事嫌ってねえ?嫌なタイミングでメールしてくるし」
「嫌ってはいないと思うけど、明らかにヤグチ君の周りにいるような女子と違うから、そう思えるだけだよ」




