第三章:崩壊の足音(全速前進)
一方、アステリアを、ひいてはフェルゼン公爵家の助力を失ったサンクト・ベルシュタイン王国は、目に見えて衰退していた。
アステリアがいなくなった後、王国の財務はガタガタになった。元から周辺諸国よりも古い歴史ばかりを誇る王国の内情は、フェルゼン公爵家が主導する中央集権化の揺れ動く情勢の最中で王家がまさにその中枢として動いていたアステリアに最大限の侮辱をぶつけて国政から追放するという完全なる愚策のために基盤ごと崩れかけている。
さらに新たな第一王子妃となったリリウムは、派手なドレスや香水に湯水のごとく国費を使い、彼女を溺愛するカイル王子はその出費を「我が国の財政規模ならば問題ない、なんとかなる」と楽観視していた。
「殿下! フェルゼン公爵家からの融資が止まりました! さらに、我が国の主要産品である絹織物の価格が、帝国経由で輸入された他国の新製品に押されて暴落しています!」
王子の執務室で代わりに執務を捌いていた宰相の息子ヨアヒムが悲鳴を上げる。
「何だと!? フェルゼン公爵は何をしている!」
「それが……公爵家は、宮廷に出仕していた人員を引き上げ一族で領地へと戻った模様、タウンハウスには警備の人員しか置いていないようです」
「なっ……」
「それと、フェルゼン公爵家が主軸となっていた各部署が、帝国の『アステリア閣下』なる人物から、莫大な賠償請求を受けているとかで……。さらに過去、彼女が個人的に管理していた資産を王家が無断で接収した件について、国際法廷に訴えられました!」
書類を捲るたびに真っ青になるヨアヒムの言葉を半ば理解しきれず聞き流しつつも、アステリアの名は何とか拾い上げたカイルは耳を疑った。アステリア? あの、自分に冷たく当たっていた女か?
「彼女はただの追放者だろう! なぜ帝国で『閣下』などと呼ばれるレベルの高官になっている!?」
そのカイルの怒声と時を同じくして、騎士団長の息子グスタフも顔を青くして執務室へと駆け込んできた。
「殿下! 国境付近に帝国の軍勢が集結しています!」
「蛮族めが、目ざとく弱みに付け込んで……!そんなもの叩き潰せ、何のために軍を作ったと思っているんだ!」
「ですが、我が軍は給料の未払いで士気がどん底です。魔導具の燃料たる魔石も底を突きました……!」
「ならば騎士団だ!お前の父は騎士団長だろう、何とかしろ!出撃して帝国の蛮族を叩きのめせ!」
「騎士団とて状況は変わりません……!」
ちなみに軍については実は統制が取れており、上意下達が行き届いた上で足並み揃えてサボタージュの最中である。軍の士官は当然王立士官学校の卒業生であり、さらに中央集権化に賛同しフェルゼン公爵家の意を酌む貴族家の出身だ。
騎士団の士気は本気でどん底である。未だ王城の守りや王族の護衛に関する権限は軍ではなく騎士団が必死に保持しており、構成員は中央集権化に反対し既得権益を守ろうとする貴族家の者が中心になっているとはいえ、最も王のお膝元にある兵力であり個々の王族と王家には忠誠を誓っている。だが、その王家が男爵令嬢ごときを王位継承権トップの王子の妃とし、散財を許した挙句に皺寄せを騎士団や貴族らに押し付けているのだ。既得権益にしがみつくだけあって、彼らは己の爵位に対するプライドも極めて高い。仮にも貴族の一員である騎士団員が給与の未払いで食うに困ることこそなかったが、それでも自分達に払われるはずの金を男爵家出身の妃が使い込んでいるという事実そのものが士気と共に王家への忠誠を凄まじい勢いで削いでいる。
すべてはアステリアの計算が導き出した計画の通りだった。
彼女は帝国の潜在的経済力の一部を銀鉱山の採掘効率上昇という形で短期間で引き出して見せたこと、また未だ埋蔵している資源の豊富さを背景に周辺諸国から帝国経済基盤の信用を取り付け、さらにフェルゼン公爵家の資産を一時的に投入することで王国の借金を買い叩き、主要な利権をすべて差し押さえていたのだ。
いくらカイル王子の国外追放という言葉に強制力も正当性もないとはいえ、国王はそれを一切訂正せず、王家はアステリアへの謝罪も慰留も行わなかった。フェルゼン公爵家は家臣に下ったとはいえその王家の血が薄まったと見なされるほどの代は重ねていない。
王家を支えるために臣籍へと下ったものの、支えるに値しないと判断した傍流の王族による政変と帝国への帰属。売国であると口で非難できる者はいても、それを止められる者はもはや王国には存在しない。不当な征服であると帝国を責めるには、王家と同じ血を引くアステリアが帝国の政治の中枢へと取り込まれ、フェルゼン家が侯爵位を授けられたことで正当性の裏付けが出来てしまっている。またとうにフェルゼン公爵は派閥の貴族達への根回しを終えており、アステリアへの婚約破棄宣言をもって帝国への帰順を進めることは中央集権化に賛成していた貴族らの総意となっていた。
婚約破棄の宣言は、第一王子によって為された王国へのとどめの一撃に他ならなかったのである。
私「有能さに理由つけるのは大変だけど無能は単に無能なだけでいいから楽ちんだな……」




